第14話
半分寝たままのよっちゃんを家に送り届け、聡と2人で水族館へとやってくる。その前に、例の絵は神社に無理矢理……。ではなく、丁寧に納めてきた。
海沿いにあるため潮の香りを含んだ風が時折吹き抜け、独特の湿気が体を包み込む。大きな水族館の先に建物は何も見えず、ただ空が広がるだけ。なんとなく胸の奥が涼しくなり、少しの切なさを覚える。
「結構高いね」
チケットは聡が魔狼資金から出してくれたのだが、2人分だと私のお小遣い一ヶ月分に近い額だ。何というのか、違う意味で切なさを感じてしまう。
「怜は何が見たいんだ」
「ブタバナガメ」
「……もう一度言ってくれ」
「ブタバナガメ。スッポンモドキとも言うんだけどね。昔やってたアニメで、可愛かったのを覚えてるの。それが、この水族館にいるんだって」
聡はそれ以上何も言わず、水族館の中に入っていった。聞かれたから答えたんだけど、どうやら彼が思っていた答えとは違っていたようだ。
「おっ」
そんな彼が珍しく声を上げる。その理由はおそらく、入ってすぐの位置にある水槽だろう。その大きな水槽にはイルカが泳いでいて、ぐるぐると反時計回りに回っている。
「イルカだぞ、イルカ」
「そうだね」
「……案外淡泊だな」
「イルカと魚の違いが、いまいち分からないんだよね。ほ乳類なのは知ってるけど、どうして頭の上に鼻があるの。頭の上に花が咲いてるなら、まだ分かるんだけどさ」
まさに、「何を言ってるんだ」という顔をする聡。
勿論私も世間的に、イルカが一般受けするのは知っている。ただ私の中では結局の所、大きい魚でしかない。
「聡は好きなの、イルカ?」
「カレーが好きかって質問と同じだと思うぞ」
聡の答えに、周りにいた親子連れが小さく頷いている。どうやらイルカを見て無関心なのは、あまり一般的ではないようだ。
「描いてみたらどうだ」
「分かった」
リュックからノートを取り出し、鉛筆を走らせる。結構動くので、敢えてラフに描いてみるか。
「……こんな感じかな」
「上手いな。というか吉田さんが描くと、どうなるんだろう」
「魔物が召喚されると思うよ」
上のフロアに行くと今の水槽を上から見られるらしく、私と聡はエレベーターで移動した。そして言霊の存在を、まざまざと思い知った。
「……魔物がいるね」
「いるな」
私達が見たのはピスタチオを黒くしたような顔の魔物。ただつぶらな瞳は案外可愛らしく、良い魔物かも知れない。
「コビレゴンドウ。鯨の仲間だって」
「イルカと鯨の違いってなんだか知ってるか」
「食べられるか、食べられないか?」
そう答えた途端、周りからすごい目で睨まれた。確かに、水族館で言う台詞では無かったな。
「5m以下がイルカ、5m以上がクジラに分類されるらしい。とはいえ5m以上のイルカもいるから、あくまでも人間が勝手に決めてるだけだ」
「イルカなだけに?」
「イルカなだけに」
お互い何を言ってるのかはよく分からないが、この魔物チック生き物がクジラなのは理解出来た。
猫みたいな鳴き声を上げる浅黒いイルカを眺めていると、足下に水族館のチケットが飛んできた。風に吹かれて、どこかから来たようだ。入場した時点でこれは不要になるため落とし主を探す必要は無いが、ゴミを放って置くもよくはない。
「落ちているゴミは、拾っていこう」
そう言って写真を撮り、それをアップロードする。深い意味は無いが、水族館に来ている事は伝わるだろう。
「案外ゴミに厳しいよな」
「だってここにも書いてある」
プール前には、「イルカが誤って口にする恐れがあるため、パンフレット等が風に飛ばされないようお気を付け下さい」とある。海洋生物のプラチック製品誤飲は世界的に問題になっていると聞いた事があるし、実際の飼育現場では、それがより切実なのだろう。
「海外の自転車チームが、シャチやイルカの誤飲を防ぐためにキャンペーンをしたんだって。その写真を見たら、ユニフォームにシャチの絵が描いてあった」
「プラスチックのストローを無くしていこう。みたいなあれか」
「それ」
私はそこまで高い志でゴミを拾っている訳では無く、落とし物が無いか探した結果。「いいね」に見合う物は見つからないが、町の美化には役立っていると思う。
「その時知った話なんだけど。ツールドフランスってレースは1日に200kmくらい走るから、水もすごい飲むんだって。でもって空になったボトルは、どんどん捨てるらしいよ」
「贅沢な話だな」
「だから分かってる観客は、それを拾い集めてコレクションしてるらしいよ。ある意味、私がやってる事に通じるね」
「フランスまで行くのなら、旅費を出すぞ」
さらっと言ってくれるが、私もそこまでの度胸は無い。というかボトルを拾うためにフランスへ行くのは、かなり常軌を逸してると思う。
「フランスって、当たり前だけどフランス語だよね。英語も話せないのに、行動のしようが無いよ」
「人間は面倒だな。でもこいつら、明らかに別種なのに一緒に入ってるな」
私達の前にあるプールには普通のイルカと、その半分くらいのサイズのイルカが同居している。どちらもイルカはイルカだが聡が言うように別種で、ただ仲良く一緒に泳いでいるのを見ると何らかのコミュニケーションは成り立っているようだ。
「言葉があるから振り回されるのかな」
「その分通じれば、何かと便利だ。分かろうと努力するのも、分かって欲しいと思うのも楽しいし」
「真面目な事も言うんだね」
「俺はいつでも真面目だよ」
普段は劣情とか言っているのでその台詞はおおよそ疑わしいが、色々深く考えているのは間違いない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます