第12話

 今日はファミレスにも集まらず、そのまま自分の家へと帰る。小学校の頃なら授業後は毎日一緒に遊ぶのが当たり前だったが、高校生にもなればそれぞれの予定も都合も存在する。

 ちなみに私自身の予定は特になく、宿題と予習復習にその時間を充てる。

「……難しいな、これ」

 数学の復習で少しつまづき、マグカップを口元へ運ぶ。しかしすでにお茶は無く、私の部屋に冷蔵庫は無い。また今はホットを飲みたい気分で、ドリンクバーも無い。

 無い物ばかりだなと思いつつ、台所で温かいお茶を入れて部屋へと戻る。

「これも無いか」

 マグカップを撮影しようとも思ったが、落とし物でもないし今までの投稿との関連性も無い。またよく分からない小躍りする狸がプリントされていて、さすがにこれは恥ずかしい。

 ただSNSにおいて、飲み物の投稿はオーソドックスな部類。お洒落なカフェなら、なおさらに。

「……よっちゃん?……いや、ちょっと聞きたい事があって。……そうじゃなくて、呪文を唱えて注文するあれ。……マシマシじゃない方ね。……そう、お洒落なカフェの方」

 スマホの向こうでよっちゃんがあれこれ言ってくるが、その内容が全くもって分からない。私がイメージしているカフェの事なんだけれど、彼女が呪文を唱えてくるからだ。

「いや、私が聞きたいのは呪文じゃない。……とにかく、今時間ある?」


 結局駅前まで出かけ、よっちゃんとカフェの前で合流する。

「ごめん。熱田君とデートじゃなかったの?」

「全然。学校に用事があるとかいって、引き返していったから」

 案外いちゃいちゃしないというか、独特の距離感があるな。あまりいちゃいちゃされても、目のやり場に困るけれど。

「ご飯前だし、飲み物だけでいいよね」

「いいよ。それと私、電話でも言ったけど頼み方が分からない」

「任せな、任せな。さ、入るよ」

 よっちゃんのエスコートで店内に入り、シックなお洒落空間にちょっと気圧される。また夕方のせいか店内は学生服姿の男女が多く、正直彼らが輝いて見える。

「馬鹿にされない?」

「されないされない。怜は何飲みたい?」

「紅茶か、お茶。あまり甘くないのがあれば、それで」

 カウンターの向こうにメニューもあるがよく分からず、私1人では絶対来ないはず。最悪指を差せば済むのだろうけど、そこまでして飲みたいという訳でも無い。

 私が1人で焦っている間に、自分達の順番が回ってくる。ただここは悪いが、よっちゃんに全てを委ねよう。

「店内でお召し上がりですか? それともお持ち帰りでしょうか」

「持ち帰りでお願いします。私は緑茶ラテのショートをデカフェのエキストラホットで。彼女はアッサムのホットをトールで」

「承りました」

「会計はこれで」

 よっちゃんはそう言って、スマホをレジ横の小さな機械へかざした。すると「シャリーン」という小さな音がして、店員さんが彼女にレシートを渡してきた。どうやら電子マネーで決済したらしく、ただただ感心するしかない。

「では隣のカウンターで、商品をお受け取り下さい」

「ありがとうございます」

 慣れた調子で隣へ移動するよっちゃん。私もそそくさと、彼女に倣う。

 そしてすぐにそれぞれの飲み物が提供され、私は飲むより前に自分のカップを凝視した。

「無いね」

「ミルクや砂糖なら、そこにあるよ」

「そうじゃない。いや、それはいるけどそうじゃない」

「ああ。店員さんが書いてくれる文字の事」

 よっちゃんはスティックシュガーを手に取り、緑茶ラテへ注いだ。そんな彼女のカップにも、何も書き込まれてはいない。

「店内が空いてたら書いてくれる率が増えるとは、聞いた事がある。確かにカップに何か書いてあるなんて、SNS向きっちゃ向きだね」

「それ」

 ミルクと砂糖を入れ、アッサムティーを飲む。茶葉の違いは分からないが、この甘さと風味は気持ちが和む。


 いや。まったりと和んでる場合では無い。

「……これ、自分で書いても良いんだよね」

「そういうのは聞いた事あるよ。中川君じゃないけど、自虐的なのもネットの売りでしょ」

「なるほど」

 店の外にあるベンチへ座り、念のため持ってきていた油性のサインペンを取り出す。書かれていなかった事は想定済みで、だったら私も描いてみるか。

「下手な絵も自虐的……、自慢か」

「え」

 私が描いたのはアライグマ。写実的なそれではなく、ある程度デフォルメした内容だ。具体的にはアライグマが後ろ足で立って、カップを両手で持っている構図になっている。

「普通に上手いね。というか、上手いのを初めて知った」

「いや、普通でしょ。よっちゃんも描いてみてよ」

「描くって、この丸っこい部分に? 私が? 描くって?」

 露骨に拒否反応を示しつつ、ペンを走らせるよっちゃん。でもってそこに描かれたのは、ホラー系のゲームに出てきそうな生物だった。

「いや、そういうのは良いから」

「本気で描いたんだって。大体、怜が上手すぎるんでしょ。自覚が無いのも困るね」

 よっちゃんは私とコップを交換し、いかにも自分が描きましたという感じで通りがかる人に見せている。というか私は、何故この謎生物と向き合っているんだろうか。

「分かった。怜、分かったよ」

「この生物の名前? 異世界系だよね、これ」

「……アライグマだっての、それは。そうじゃなくて、SNSへアップするの。怜の絵も」

「え?」

 思わず自分のコップを見つめ、謎生物と視線を交わす。この生物が、本当にこっちを見ているかは分からないが。

「でもアライグマをアップロードしても、ますます訳が分からないでしょ」

「題材は知らないって。でもこういうのって、受けるんじゃないの」

「受けるだろうね、題材が良ければ」

 この謎生物の方が受けるような気もするが。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る