第10話
どうやらそういう事は無いらしく、聡は不意に壁を指さした。
「ファミレスでもここでも、話す内容は同じだと思ってるだろ」
これには私とよっちゃんが頷くが、それを見た聡は首を振る。そして改めて、壁へ指を向けた。
「防音ではないけど、この部屋には壁がある。対してファミレスにしろ学校にしろ、オープンスペース。聞こうと思えば、他人の会話を聞く事が出来る。これは何を意味するか」
「この部屋での話はクラスのグループチャット。ファミレスでの話は、オープンなSNSって事」
「写真のチョイス以外については、勘が良いな」
褒められた。ただ、違う意味では褒められてない気もするが。
「ただクローズドな空間だから何でも話せるかと言えば、案外そうでも無い。誰が話したか丸わかりだから、逆に気を遣う。クラスのグループチャットはその典型。基本当たり障りの無い話ばかりだろ」
「なるほどね」
「当たり障りの無い話ばかりと言ったが、クラスとは別に友達同士でもチャットはやるだろ。つまり裏で、「今の発言ってないよねー」みたいな事をやってる訳だ。つまりもう一段階、クローズなコミュニティが存在する」
そんな事無いよとは言えず、よっちゃんと顔を見合わせる。私達も「いいね」を送りはするが、その後でチャットなり直接なりで感想を言い合う事はあるからだ。
「そういうクローズな環境。特に男女が所属する環境で良くある話なんだが」
また語り出す聡。私も例により、大人しく耳を傾ける。
「例えば仲間内でたわいも無い会話をしていると、妙に挙動不審な奴が出てくる。そいつらは何をやってるかと言えば、二人だけでチャットをやってたりしてる訳だ」
「本当、とんでもない話ね」
「全くです」
深くうなずき合う、よっちゃんと熱田君。何だかなと言う話だな。
「つまるところ、ネットで男女が絡むとろくな事が無い」
「よっちゃんと熱田君は良いんでしょ」
「この2人がイチャつこうとネトつこうと、俺は構わん。ただ大して親しくもないのに、メールを送ってくる奴は要注意だ」
何の意味かと思っていると、聡がマウスを操作してパソコンの画面を切り替えた。そこにはメールの文章が表示され、プリンタが稼働してそれが印字されてきた。
「……どこに住んでるの? 俺、東京の医大生でさ。タワーマンションを借りてて、関東なら迎えに行くよ。……聡が男って分かってるんだよね」
「声もそうだし、配信でも男だって何度も言ってる。男女が絡むとろくな事が無いと言ったが、男が絡んでくるともっとろくでもない。インターネットを、今すぐ廃止しろ」
極端と言いたいが、このメールを見ていると彼の気持ちも分からなくは無い。しかしこの人の身元が全て嘘という可能性もあるし、逆に全てが本物でもそれはそれで怖い話ではある。
全員の雰囲気が少し沈んだところで、それを払拭するように少し大きい声を出す。私もこの話題を、これ以上想像したくはないし。
「結局どうすれば良いの」
「オープンだろうとクローズドだろうと、発言には気をつける。男女の関係には気をつける。オフ会なんてもってのほかだ」
「僕はオフ会好きですけどね。アメリカは遠かったですけど」
「マジで?」
思わずよっちゃんと声を合わせてしまう。私は市内から出る事も希で、海外などもってのほか。パスポート自体、持ってない。
「向こうは、結構気楽に会ったりするらしいですよ。僕は魔狼の代理として参加したんですけどね」
「よく行ったね」
「良くも悪くもアメリカって感じの豪快なオフ会でした。普通に実銃持ってきてる人もいましたからね。さすがに実弾はなかったですが」
「こういうのを面白いかと思うか怖いと思うかは人それぞれで、俺は出来るだけ接触したくないタイプだ」
どうも瑞樹君は何事も前のめりになりやすく、その意味で聡とは正反対。だから瑞樹君が色々代行しているのかも知れない。
「大体オフ会なんて、名前を名乗るんだぞ。本名ではなくて、ゲーム内の名前を。初めまして、魔狼ですって。どの面下げて、そんな事言えるんだよ」
「中川君が自分で付けたんでしょ」
「考えた時は格好良いと思ってたし、今でも後悔はしてない。ただ、面と向かって名乗れる程の物では無いのも分かってるんだ」
「だったら、どういうのが良いの。ユーザーネームが石井忠夫でも、それはそれで逆に変じゃない?」
よっちゃんの台詞に、なんとなく頷く聡と熱田君。確かに、それは一体誰なんだと突っ込みたくなる。
「熱田君は、どういう名前だったの?」
「zpeuiです」
「何、それ。フランス語とかスペイン語とか、そういう事?」
「適当にキーボードを押して決めました。大抵の名前は登録されてたので、いっそこれでもいいかと思って」
……結構雑だな。ただ私も投稿用のアカウントはyasai2890。yasaiが登録出来なかったので、それに数字を足して付けたためだ。つまり人の事を、あれこれ言えはしない。
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