第9話
少し気分がよくなり、コンビニで買ってきた野菜ジュースを一気に飲む。今日はいつも以上に、美味しく感じられる気がする。
「フォローした方が良いかな」
「まだ早い」
聡と、熱田君が同時に声を上げた。この2人はネットの投稿に対して詳しいので、私とは違う考えがあるようだ。
「五目並べとサッカーボールにいいねを送ってくるような奴だ。相当にイカれた奴の可能性もある」
「同感です」
結構失礼だな、この2人。その横で、深く頷いているよっちゃんも。
「でも私は、選べる立場なの?」
「今はフォロアーが少なくても、将来どうなるか分かりませんからね。むしろ初めが肝心ですよ」
「ふーん。……別に変な内容は投稿してないけどね」
「いいね」を送ってくれた誰とも知れない人の投稿を確認するが、不審な点は特にない。健康に気を遣って、アクティブなタイプという印象を受ける投稿ばかりで。
「これはあれだな。BOTだ」
「何それ」
「決まった内容を、機械的に投稿するアカウントだよ。大抵の場合は宣伝目的で、要は人間じゃない」
「何それ。AI革命みたいな話?」
「そんな大げさな事でも無いが、迷惑メールって言った方が分かりやすいかな。つまりは、無視する対象だ」
聡の言葉に、熱田君も小さく頷いた。どうやら私のファン1号は幻で、人間ですらなかったという事らしい。
「……一気に虚しくなってきた」
「止めても良いんだぞ、止めても。というか、無理してやる事でもない」
「そうだけどさ。なんか納得いかないな」
うなり声を上げたと同時に、スマホが通知を告げた。画面を見ると「いいね」がサッカーボールの画像に送られていた。また、それだけではなく。
「……寂しい感じって、コメントが来たよ。これはその、ボットじゃないよね」
「感想を書いてあるから、十中八九人間だろ」
「これは多分、女の人ですね。それも若い。……ああ、僕達の学校の生徒ですよ」
熱田君が過去の投稿を確認し、私に見せてくれる。
それを見て私は、思わず口元を押さえて声を漏らした。
「この人、アライグマ」
「どういう事?」
よっちゃんと熱田君が、同時に私の顔を覗き込んでくる。
私はお弁当箱を洗っていた件を説明し、即アライグマさんをフォローした。
「どうしよう。学校で話すべきかな。黙っておくべきかな」
「吉田さんは、そのアライグマさんの事を知ってる?」
「悪い子ではないよ。見た目は派手だけど、変な噂を聞いた事は無い」
「……取りあえず、フォローだけする」
これは聡の許可をまたず、自分で決断をする。そして彼もそれについては、口を挟もうとはしない。
「向こうも、フォローしてくれた」
思わず声が弾み、よっちゃんの肩をぺたぺたと叩く。自分が認められた、理解されたという喜び。それがこれほど嬉しい事とは知らなかった。「……でも、待てよ」
「どうしたの」
「いや。結局この人は知り合いだから、純粋に全くの他人という訳じゃない」
「案外、己に厳しいんだね」
「そこまでの事でも無いんだけど」
喜びが半減はしないし、彼女はこの投稿主が私とは知らないはず。その意味では全くの他人と言えるが、私が彼女を知っている以上少し違うような気もする。何が違うのかは、全くもって説明出来ないが。
「でもアライグマちゃんは、どうやって怜の投稿を知ったんだろう」
「瑞樹のゲーム画面と、そのタグ。これは、分かる奴は分かるんだよ。なぁ」
「ええ。レアな装備とレアなステージ。単体では珍しくないんですが、この組み合わせは珍しいという内容です。ただ女性のプレイヤーはかなり少ないので、アライグマさんのお兄さんか弟経由かも知れませんね」
爽やかな笑顔で語る熱田君。ただここで言う兄弟が血縁のそれを差すかは微妙で、これはこれでもやもやするな。
それでも「いいね」が送られてきた事に変わりは無く、スマホの画面を見て1人ニヤニヤ笑う。
「怜の闇が深いのは分かったんだけど、わざわざ魔狼の家に集まったのには意味があるの?」
「魔狼復活記念に僕達を呼んだとか?」
「まず一つ。俺を魔狼と呼ぶな」
少し震え気味に釘を刺す聡。よほどこの名前にはトラウマがあるようだ。
「さっきの俺の話。やばい奴からのメールみたいな、ファミレスでは話せない事もあるだろ。俺だけではなくて、みんなにも」
「私は何も無いよ。恥じる事は、何一つとしてないからね」
「ドングリを全世界に公開する人間は、言う事がでかい」
「それほどでも無いよ」
よっちゃんが「褒めてないよ」と呟くが、それは無視。聡が自室の冷蔵庫から出してくれたお茶を飲む。そういえばこれは、普通の高校生の部屋にはない物だな。
「この冷蔵庫、魔狼資金で買ったの?」
「ああ」
もう面倒になったのか、聡は訂正もしない。私は1人用サイズの冷蔵庫を開け、なんとなく中を物色した。入っているのは飲み物ばかりで、後は冷凍庫にアイスがあるだけ。冷蔵庫自体はともかく、その使い方は男子高校生らしい。
「……と」
ドアを閉めた途端、扉に貼ってあったマグネットが床に落ちた。家の冷蔵庫に貼ってある水道工事や便利屋さんの宣伝用の物では無く、アニメかゲームのキャラクターっぽいデザインだ。
「これ、何のキャラクター?」
「Goden deerの懸賞で当たった、ゲーム内の有名なキャラだ。このゲームと言えばこのキャラというくらいの知名度はある」
「これ、良いんじゃないの。ジャンルとしてゲームに関連するし、私の部屋でも無いから身バレするリスクも無い」
「俺が身バレするリスクはどうなんだよ」
いつもよりも1オクターブくらい高い声で語り出した。私からすると、露出狂の女の子にしか見えないが。
「戦場に袖無しのニットセーターとホットパンツって、これは大丈夫なの」
「急に普通の感性を示されても困る。それにゲームは結局の所フィクション。何より、見栄えが大事なんだよ。もっさいジャガイモみたいな男より、ハリウッドスター並の美女の方が何かと注目されるだろ」
「身もふたもないね」
取りあえずホットパンツ。ではなく、可愛い女の子を撮影し、アップロード。聡と熱田君に教えられたキャラクター名のタグもつける。
「これは本当にレアで、ネットオークションに掛ければ何万円という値が付きますよ。特に腰に下げている銃が最初期のモデルですから」
「瑞樹君って、聡より詳しそうだね」
「僕はあれこれと調べるのが好きなんです。今度、魔狼ペディアを作ろうかとも思ってるんですよ」
「思わなくて良いし、作らなくて良い。みんなから話す事が無いなら、俺からもう一つ。瑞樹は分かってるだろうが、ネットというかSNSの投稿に関してだ」
なんだろう。またこのホットパンツ美少女について、熱く語るつもりかな。
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