第7話

 家へ戻り、制服を脱ぎながらなんとなくお腹をさする。最近あのファミレスへ良く通うため、ジュースやケーキを食べがち。太ったとは思わないが、夕食前だし少し動くとするか。

 ジャージに着替え、母屋から続く渡り廊下を歩いて行く。自宅に渡り廊下があるのは、少し珍しいかも知れない。

 扉の前で一礼し、道場に足を踏み入れる。ただ床は畳では無く、フローリング。鹿島神宮や香取神宮の神札も無く、代わりに地元だからか熱田神宮の神札が神棚に飾られている。

「……何してるの」

 スマホ片手に拳を振るっている自分の父親を、じっと見つめる。まさかと思うけど、動画配信とかしてないだろうな。

「フォームのチェックだ」

「自分で持ってたら分からないでしょ。沙紀さん、ちょっと」

「私は、そういうのには疎い」

 黙々とサンドバッグを叩いていた美少女が、ぽつりと呟く。彼女は聡のお姉さんで、華の女性大学生。しかしおおよそ若者らしからぬ台詞しか出てこないので、お父さんスマホを受け取り自分がお父さんを撮影する。

「こういうのは配信しないよね」

「勧誘用にやってもいいが、いい年したおっさんの動画は誰も喜ばないだろ」

「だったら、沙紀さんは? 大会だと、テレビが入る事もあるんでしょ」

「別に構わないが」

 案外あっさり了承された。という訳で改めて、きらめく女子大生を撮影する。

 鋭いジャブと威力あるストレート。膝から肘打ちへとつなぎ、抱え込んでのショートアッパー。

 一般的な打撃ルールだと肘打ちは反則を取られるが、自主開催している大会では正当な攻撃として認められている。ルールが無いのがルールと言われる事もあるが、先人達はそれを力でねじ伏せてきたらしい。

 それはともかく、沙紀さんの撮影に集中をする。

 荒い気遣いと、ほてった頬。そこを汗が伝い、艶めきが増す。

「……近い」

「え」

 気付くと沙紀さんの顔ばかり取っていて、コンビネーションも何も無くなっていた。これって、被写体によっては色々と良くないな。

「駄目だ。なんか、違うのになっちゃう」

「怜は写らなくて良いの?」

「私はパス。そんなに見栄えもしないし、人前に出る勇気も無いから」

 はっきりと言われた訳では無いが、この流派は沙紀さんが継ぐ事になっているはず。実力や熱意を考えればそれが当然で、彼女もそれを受け入れるだけの自負があると思う。

 私はそこまでの自信も覚悟も無く、むしろ肩の荷が下りたと思うくらい。将来を深く考えた訳では無いが、両親が経営しているジムの裏方をするのが性に合っている。


 撮影は無しで、サンドバッグと軽く戦ってみる。とはいえ向こうは何もしてこないので、こっちが一方的に攻めて立てるだけなのだが。

 フリッカージャブを連打し、ストレートと見せかけてフリッカージャブ。時折フェイントを入れつつ、フリッカージャブだけを見舞う。

 サンドバッグは若干揺らぐが、打撃の威力としては大した事は無い。ただそれは、相手がサンドバッグだから。仮にこれが人間なら、皮膚は相当に腫れているだろう。

「っと」

 最後にローキックから肘へつなぎ、ダウンさせる。そういうイメージで、サンドバッグとの戦いを終える。もしくは、私の一方的な暴行を。

「何かあった?」

「色々とね。女子高生は、色々と悩みが多いのよ」

「SNSの事? 聡から少し聞いたけど」

 沙紀さんの問いかけに、少しは慣れたところで木刀を振っていたお父さんがこちらの様子を窺ってくる。聞いてないようで聞いてるな。

「それもある。全然、いいねが来ないんだよね」

「来ると何か良い事があるの?」

「特には無いよ。ただ、反応が何も無いのは寂しい」

「何を投稿したの」

 こういう反応は予想済み。というかここに彼女がいるのは想定していたので、あらかじめ持ち込んでいたスマホの画面を彼女に見せる。

「……ドングリ、松ぼっくり、五目並べ。ゲームの画面。お店の床。……ドマゴゲオ?」

「いや。頭の文字を並べても、何もならないから」

「だったら、どういう意味」

 これを聞かれると答えようが無く、お父さんもついにこちらを凝視し始めた。娘が悪い遊びを始めたかと思ったら、訳の分からない行動に走っているのだから致し方無い。

「自分で良いなと思ったのを投稿してるだけ。ゲームの画面は、聡に言われて客寄せ用」

「こういうのに興味あった?」

 どうしてもこの質問につながるが、私も同じ事を繰り返し説明する。

 沙紀さんはただ頷き、改めてスマホの画面を見つめた。

「良ければいいね、良くなければ送らない。それだけでしょ」

「まあね。でも私は、どうもこれが気になるんだよね」

「女子高生は難しい」

 なにやら年寄りめいた事を言ってくる、女子大生。この人もついこの間までは、女子高生だったんだけどな。




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