第5話

 翌朝。これはという物を見つけたので、それを撮影。すぐにネットにアップロードして、反応を待つ。

「……全然、送られてこないんだけど」

 私より先に登校して、器用にペンを回していた聡の机に手を付く。相変わらず彼のスマホは時計が表示されているだけで、それを触ろうという素振りはまるで無い。

「送られてきてるだろ、吉田さんと瑞樹から」

「聡は? それ以外の誰かは」

「……松ぼっくりは違うと、俺は言ったからな」

 私が取り出した松ぼっくりを指差す聡。ドングリよりはインパクトがあると思ったのだが、今回はちょっと失敗したようだ。

「だったら、何が良いの」

「それが分かれば誰も苦労しない。……明日は天気が悪いな」

 ようやくスマホに触れたと思ったら、天気予報を見て終わらせた。聡は生活情報を読み取る手段としては使っているが、SNSやゲームをプレイしようとはしない。よほど魔狼時代の出来事が、トラウマになっているのだろう。

「ヒント、ヒントだけでも」

「俺も世間一般的な事しか言えないんだが。定番なのは食べ物で、後は動物か絶景。ただハプニング動画なんて、大抵やらせだからな」

「言い切るね」

「自然災害ならともかく、都合よくスマホを構えた目の前で大爆笑の出来事が起きる訳が無い。出来事が起きた後で構えても遅いんだから」

 聡は器用に回していたペンを握り、それを不意に床へ落とした。何事かと思い、少しして彼の意図を理解する。

「まずスマホを取り出して、アプリを起動して、出来事が起きている方向へ向けて、動画なり画像を撮影する。これに何秒かかると思う」

「なるほどね」

「それにピントが合うまでの時間もあるし、誰かが自分の前に入り込む可能性もある。簡単じゃないんだよ」 

 本当にネットの事になると懐疑的だな。とはいえ今の説明を聞く限り、決定的瞬間を撮影するのは少なくとも私には無理だと分かった。

「でもドングリも松ぼっくりも、やらせじゃないよ」

「面白くも無いだろ」

「だったらどうすれば良いの」

「何もせず、大人しくしてるのが一番だ」

 聡は合掌をして、目を閉じた。ただそこまで悟りきっているとは到底思えず、どちらかと言えば諦めの境地のような気もする。


 授業が終わる度にスマホを確認するが、「いいね」は2のまま。減りはしないが、増えもしない。

「難しいな、これ」

「あのな。ドングリとまつぼっくりだけでいいねがもらえたら、ネットニュースになるレベルだぞ」

 聡はスマホこそ机の上に出しているが、相変わらず時計代わり。クラスのグループチャットに対しても既読こそするが、「いいね」を送ろうとはしない。

「私は送るよ。送られない悲しさを知ってるからね」

「一般的なSNSと、こういう少人数でのグループチャットは少し意味合いが違うけどな。反応ありきが前提で、お互いの腹の探り合いみたいな部分もある」

 クラスメートのほぼ全員が「いいね」を送っていても、彼はやはり送ろうとはしない。ただそういうキャラがすでに確立されているため、表だって彼を非難するクラスメートはいない。

「陰で何か言われてるか、気にならない?」

「魔狼時代にさんざん言われてきたから、今更気にする事でもない」

 ただ聡がクラス内の評判に無頓着なのは、彼の性格もだがそのイメージも大きいと思う。勉強はそこそこ出来て、格闘技をやっている事を知っているクラスメートもいる。また基本大人しく、誰かを貶めるような発言もしない。  

 勿論文句をつけようと思えばいくらでもつけられるが、そこまでして彼に構う必要性も感じないのだろう。

「やっぱり、そのくらい偏屈じゃないと駄目なのかな」

「信念と言ってくれ」

「ふーん。……あ、また来た」

 グループチャットに発言があり、内容としては囲碁部のクラスメートが小さな大会に出るから応援に来て欲しいという物。普段自分からは発言をしないタイプで、私もかろうじて名前と顔が一致するだけだ。


「え」

 そんな発言に、すぐ「いいね」が送られる。他の誰でも無い、聡から。

「俺にだってマイナー競技の悲哀は分かるし、結構勇気を持って発言したんだろ。だったら間違いなく、いいねだ」

 ぐうの音も出ない正論で、私も彼の次に「いいね」を送る。

 その後もぽつぽつと「いいね」は送られるが、サッカー部のイケメン男子のようにほぼ全員という事にはなかなか至らない。

「……いいねを送るとの、応援に行くのはまた別だよね」

「それがネットの怖いところでもあり、面白いところだよな。無責任に何でも発言出来る。と、思ってる」

 最後の台詞は少し怖い笑顔と共に放たれ、彼の闇が垣間見えた。魔狼時代に、一体何があったのかな。

「囲碁のルールって知ってる?」

「陣地を取り合う、くらい程度の知識しか無い。分かるのは、せいぜい五目並べだな」

「それ、やってみよう」

 聡が普段肩を叩いている鉄の定規を借りてノートに線を引き、適当なところに○をつける。●は書くのが手間なので、聡には×をつけてもらう。

「これって、勝つためのセオリーがあるんだよね。先手と後手の、どっちかが有利とかどうとか」

「らしいな。俺は知らないけど。負けたら罰ゲームってなのは知ってるけど」

「聡は×だから、罰ゲーム確定じゃないの」

 話しつつ五目を目指し、さらには相手のそれを阻止する。これって簡単なようで、案外難しいな。

「……ゲームしながら実況って、難しくないの」

「俺は思った事を話してただけだから、それほどでも無かった」

 さすがにこの会話は小声でしていて、周りには聞かれないレベル。それは聡の方が、より分かっていると思う。

 結果としては勝負付かずで、ノートの端まで来たところで取りやめとなった。敢えて言うなら、お互い○と×を大きく書きすぎたのが敗因だ。

「それで、これは何か意味があったのか」

「これをアップロードする」

「……まあ、こういうセンスもありと言えばありか。無い中でのありって奴だ」

 褒めてるのか馬鹿にしているのか分からないが、まずは五目並べが書かれたノートを撮影。そしてそれをアップロードする。

 例によりよっちゃんはすぐに「いいね」を送ってくれて、私の方を見て寂しい笑顔を浮かべながら手を振っている。少しして熱田君からも送られ、「いいね」は2になった。

「無理しなくても良いんだよ」

「義理で送るのは良くないだろ」

 再び正論を吐かれ、それ以上頼むのは止める。このままだと私は、一生2つしか「いいね」をもらえないのだろうか。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る