第4話

という訳である意味先輩の聡に、改めて尋ねてみる。

「聡から見て、ドングリは何がいけないと思ったの」

「ドングリ?」

「瑞樹もフォローしてやってくれ。そしてこの女子高生の、最先端を行く投稿を褒めてやってくれ」

「それほどでも無いんだけど」

 「皮肉だよ」と呟くよっちゃんを無視して、熱田君にも私のアカウントをフォローしてもらう。

 すると彼はスマホの画面を見て、私を見て、よっちゃんを見て、聡を見て。改めて私を見て、小首を傾げた。

「アナグラムですか? リグンド? いや、グドンリ? それとも最近流行の、地下アイドルの愛称と関係あるとか」

「ドングリはドングリ。それ以外の何物でも無いよ。強いて言うならドングリって木は無くて、ナラとかクヌギ。シイの木の実だね。強いて言うだけに」

「へー」

 至って平坦な反応をされて、少しの後に「いいね」が送られてきた。これほど嬉しくない「いいね」も、あまりないな。

「つまりはこれが、世間一般の反応だ」

「だったら聡はどうなのよ。いいねをもらえるような投稿が出来るの?」

「俺も、自分の動画配信がどうして受けたかはよく分かってない。ただ、このメンツでもらうのなら大して難しくはない」

 まさかと思ってるとスマホが、着信を告げる。そして表示された文章を見た途端、私はすぐに「いいね」を送った。

「こんなの送るに決まってるじゃない」

「まあね」

「確かに」

 よっちゃんも熱田君もすぐに「いいね」を送り、聡はまさにドヤ顔をする。

 ちなみに内容は非常に簡潔で、「いいねを送ってくれた人の会計は、俺が払う」という物だ。ドリンクバーとケーキだけなら1000円も行かないが、高校生の財政からすればやはり負担。それが0になるともなれば、「いいね」を100回送っても余りあるだろう。

「中川君大丈夫なの? 全員分だと、それなりの額になるでしょ」

「全然平気ですよ、吉田さん。魔狼……。中川さんは動画配信で、相当稼ぎましたからね。今でも定期的に、結構な額が振り込まれてると思いますし」

「どのくらい?」

 全員が聡を見て、彼の手招きで顔を寄せ、そのささやきを聞き、至近距離で顔を見合わせる。そしてすぐによっちゃんが呼び鈴を押し、ウェイトレスさんを呼んだ。

「済みません。この丼鉢のパフェ下さい」

「デラ盛りデラックスパフェでございますね」

「それね」

 よっちゃんが普通に注文をするが、聡が止める気配は無い。確かにあれだけ稼げば、このくらいなんて事は無いんだろうな。

「怜は頼まないのか」

「この丼鉢パフェがあれば十分でしょ」

「デラ盛りデラックスパフェでございますね」

譲らないな、このウェイトレスさんも。実際、それが正式名称ではあるが。

「頼みな、頼みな。普段絶対頼まない奴を頼みな」

 よっちゃんが無責任な事を言い、メニューを私に見せてくる。だけど、普段頼まない物って何だろうな。

「……済みません、私はこれで。えーと、そもそも頼めます?」

「割増料金を頂ければ、大丈夫ですが」

「では、丼鉢パフェとこれをお願いします」

「デラ盛りデラックスパフェと、お子様ランチ1つでございますね」

「はい、ありがとうございます」

 全員が一斉に私を見てくるが、これこそ絶対頼まない奴。というか、頼めない奴だ。

 多分チェーン店なら初めからNGで、ここはファミレスだが個人店だから大丈夫なんだろう。

「よし、次の写真はお子様ランチだ」

「ほぅ」

 ようやく聡が、私の意見に興味を示した。お子様ランチは、彼的にもそれなりに評価が高いようだ。


 結果として、写真のアップロードは失敗。運ばれてきた途端自分のテンションが上がってしまい、つい手をつけてしまったからだ。

「怜らしいっちゃ、らしいね」

 お店を出たところでよっちゃんは私の背中を軽く叩き、熱田君と一緒に歩いて行った。褒めてのかな、今。多分違うだろうな。

「俺達も帰るか」

「そだね」

「吉田さんかよ」

 ちょっと笑う聡。私も一緒になって笑い、スマホをポケットにしまう。SNSの面白さはまだよく分からなく、私はやっぱりこういう空気が好きなんだと思う。

 たわいも無い会話と、軽い笑い声。夕闇を走る車のヘッドライトが私達を照らしては暗闇に変え、また彩られる。

「聡はもう、動画配信はやらないの?」

「恥もかいたし、それなりにやりたい事もやった。SNSや動画配信が面白いのは認めるが、もう十分だ」

「良い事もあったんでしょ?」

「まあな。お金はともかく、自分の配信に反応があるのは嬉しいよ。とはいえ俺が恥をかいた時のようなリスクもある。現実の方が正しいとは言わないけど、今更リスクに飛び込む理由もない」

 聡はそう言って、車道を走り抜けていった軽トラを指差した。今の彼にとってネットへの投稿はそう見えるようで、だとしたら私を止めようとするのも無理はない。

「後は中毒性だ。良い評価がもらえると、嬉しくてテンションが上がる。だからそれを求めて、次へ次へとなる。その結果が大炎上で、全てを失う」

「極端だね」

「そういう事もあるって話さ。とはいえ炎上狙いって投稿もあるから、ネットは怖いんだ」

 自分で言ったように彼の発言は極端だが、ネットへの投稿にリスクがあるのは私もよく分かっている。また過去それで、トラブルに巻き込まれた事もある。

 とはいえ全くネットと関わりなく生きていく事も、出来はしない。だとしたら、多少のリスクを覚悟してでもネットと関わる意義を見つけたい。


 家に帰り、夕食後に魔狼の配信動画を見てみる。

 なんと言っても彼は、この世界における先輩。私よりも、「いいね」の意味は理解しているはずだ。

「これか」

 まずは魔狼の名を世に知らしめたという、伝説の自爆回を見る。自分が実際に動いているような視点なので画面がぐるぐる回り、こっちの目も回りそう。

 それに慣れてきたところで、画面の下から一斉に銃口を向けられた。これが敵チームの頭上から、颯爽と登場した場面か。

 次の瞬間に銃撃を浴び、一気に落下。でもって画面が炎に包まれ、「ありゃ?」という少々間の抜けた台詞が聞こえる。

 これは聡の声で、自分でも予期しない死に方だったようだ。

 同時に画面には台詞が溢れ返り、英語を単語レベルで読む限りだと賞賛の嵐になっている。言ってみれば世界中から、「いいね」を送られているような物。

 相当高揚しているかと思ったが、聡は意外に冷静な事を淡々語り続けている。興奮の裏返しかとも思ったが案外そうでもなく、「世の中、何が受けるかよく分からんですね」とか言っている。

 その次に見たのはもう一つの伝説回である、例の「お母さん」事件の配信だ。ただこれも聡のアカウントから配信されているので、消すのも残すのも彼の自由。

 しかしそれを敢えて残しているところに、色々と考える部分がある。

「ぶはっ」

 思わず、お米を買いに行くというくだりで吹き出してしまう。しかしこれもすさまじい量のコメントで溢れ返り、基本的には高評価ばかりだ。

 最後に、「配信を終わります」と聡が言ったところで終了。あの台詞を言い放った後でもプレイする勇気は、正直感心をした。


「むーん」

 他の配信も見たが援護兵という役割もあってかプレイ内容自体に派手さは無く、基本的に援護物資を運んでは死んで運んでは死んでの繰り返し。総じて地味で、伝説回を除けばプレイ経験がある人以外には何が面白いのかも分からないと思う。

 ただそれは私のドングリに対して、皆が思っている事なのかも知れない。

「難しいな」

 自分が面白いと思う事、楽しいと思う事。それに対しての共感、「いいね」が送られるのが理想。

 聡が何のために動画配信をしたのかは知らないが、彼の場合は共感よりも自分が楽しいと思う事を配信しているだけのような気もする。

「……よっちゃん?……そう、例の動画を見た。……面白いのは例の2つで、後はよく分からなかった。……そうだよね」

 よっちゃんと通話するが、彼女も私と同じ感想。熱田君ならともかく、あのゲームのプレイ経験者以外だとこんな感じになると思う。

「よっちゃんなら、何を投稿する?……まあ、そうだよね。……いや、特に意味は無いけど。……はい、また明日」

 投稿するとしたら食べ物メインになるという回答で、ただ自分はやらないとも返ってきた。私もその辺は彼女と大差なく、今は少し無理をしている気はする。

「とはいえ、か」

 まだ始めたばかり。すぐに投げ出しはせず、深く考えていこう。

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