第3話
席に戻ると聡は午後からの授業の準備をしていて、スマホは相変わらず時計の代わり。ゲームをする事も無いようだ。
「戻ったか。吉田さんはなんて言ってた」
「ドングリは無いって反応だった」
「それが世間一般の反応と思ってくれれば良い。とにかくやっていけば、色々分かる。まあ、ドングリも悪くないさ」
それは当たり障りが無いという意味か、私にはドングリがお似合いという意味か。ドングリがお似合いというのも、よく分からないが。
「……アップロードした。いつ反応が来るかな」
「来ないよ」
「どうして」
「誰も怜のアカウントをフォローしてないし、SNSでドングリを検索する奴なんてまずいない。今のドングリは、ネットの海に深く沈んでいくだけだ」
言い方としては格好良いが、つまりは私のドングリは誰にも相手にされないという事か。実際今のところ全く反応は無く、ドングリの写真がただただ画面に映っているだけだ。
「……分かった、分かった。まずは俺がフォローするから」
彼もすぐにアカウントを作成し、私のアカウントをフォローする。しかしフォロアーは増えたが、「いいね」が増える気配は無い。
「送ってよ」
「フォローはするが、いいねと思わない限りは送らない。それはクラスのグループチャットと同じだ」
そういう訳で、待てど暮らせど「いいね」が送られてくる様子はみじんも無い。自分が発言して何の反応も無いというのは、結構虚しいな。
「これ、寂しくなるんだけど」
「それがSNSの怖さだ。結局いいね目当てに発言や写真がどんどん過激になって、最後は破綻する」
「松ぼっくりの方がよかったのかな」
そう呟いてみるが、表情1つ動かさないと来た。結構本気で言ったんだけどな、今。
放課後。よっちゃんにもフォローしてもらい、ようやく「いいね」が送られてくる。しかし彼女の場合は機械的に送っているので、実質的な「いいね」は0だ。
「本当、全然来ないんだけど」
ファミレスのメニューとスマホを交互に見つつ、1人で唸る。しかし正面に座る聡は宿題をやっていて、よっちゃんは枝毛をいじっている所。そういう意味でもフォローが無い。
「来ないんだけど」
「さっきも言ったように現状のアカウントで、来る訳無いだろ。それといらいらし過ぎだ。甘い物を食べろ」
「いらいらはしてないんだけど」
それでも呼び鈴を押して、やってきたウェイトレスさんにレアチーズケーキとガトーショコラを頼む。レアチーズケーキは私の分で、ガトーショコラはよっちゃんが良く頼む物だ。
「どして、パンケーキ頼まなかったの」
「なにが、どしてなの」
「この手のSNSで一番受けるのって、パンケーキでしょ。取りあえずパンケーキをアップしておけば間違いないってイメージだよ」
「だったら」
「俺はそんなの食べないぞ」
宿題が終わったらしい聡は筆記用具をリュックへしまい、コーラを一気飲みした。まあ、美味しそうにパンケーキを食べる聡というのもあまり想像は出来ないが。
「……パンケーキをアップロードしても、女子って事にはならないよね」
「女子だけの食べ物でもないし、流行を追うのは構わん。むしろ追うべきだろ」
「分かった。少しは追ってみる」
野菜ジュースを一口飲み、2人に嫌な顔をされる。単品ならともかく、私がドリンクバーで世よく飲むのは野菜ジュースだ。
「美味しいよ、これ」
「ドリンクバーで飲むものでも無いよ」
そう指摘したよっちゃんはホットのミルクティで、確かに「いいね」と言いたくなるチョイス。いや。ミルクティ自体は定番の飲み物だけど、ネットにアップロードするなら野菜ジュースよりもミルクティだろう。
「中川君も、色々教えてあれば良いのに」
「教える理由が無い。そもそもSNSへの投稿なんて、やる意味が無い。誰1人として得をしないからな。この世の中の、誰1人として」
「ふーん」
なんだか意味ありげに笑うよっちゃん。そして彼女は「お花を摘みに言ってくる」と告げて、席を立った。私の肩に軽く触れ、視線をトイレへと向けて。
私もそのくらいの察しは付くので、すぐに彼女の後を追ってトイレに入る。するとよっちゃんは洗面台で手を洗いつつ、鏡越しに私を見てきた。
「中川君の反応は、良くないね」
「よっちゃん、何か知ってるの?」
「もう一度頼んでみなよ。魔狼に」
また出てきた、まろうという単語。私が首を傾げると、よっちゃんは「良いから」と言って私の背中を押した。
「教えてくれないと、魔狼の事をみんなに話すって言えばいい」
「まろうって言えば良いの」
「いいね」
やはり鏡越しの、サムズアップ。意味は分からないが、このままではドングリの写真がネットの海に沈むだけ。ここは彼女のアドバイスに従うか。
席に戻るとチーズケーキとガトーショコラがすでに配膳されていて、私はそれにフォークを突き立てた。
「まろうに教えて欲しいんだけど」
「……あ?」
今まで聞いた事の無い類いの甲高い声と、妙に赤い顔。よほど彼のナイーブな部分に触れる内容のだったらしい。まさかと思うけど、条例とかカウンセリングとかそういう話ではないだろうな。
「いや。教えてくれないなら、それをばらすって。人前では出来ない話?」
「……人前では出来ない話だが、想像してる事とは全然違うぞ」
それは一安心だ。とは言えない表情を、聡は依然として私に見せている。だとしたら、一体何の話かという事だ。
「……吉田さんか」
今2人でトイレに行ったばかりなので、逆にそれ以外の可能性があったら怖い。ただ聡の動揺は相当な物で、空になったグラスをコーラで満たしてきたと思ったらすぐにそれを一気飲みして空にした。
「ただよっちゃんはよっちゃんで、少し変なんだよね。あの子に弟なんていないのに、弟から聞いたって言ってるし」
「……女優や声優のSNSで良くある話なんだが」
唐突に語り出す聡。私も姿勢を正し、彼の話に耳を傾ける。
「今日は弟が訪ねて来て、一緒にワイン飲んでまーす。みたいな投稿が、たまにある」
「姉弟、仲が良いんだね」
「その半年後。その女優や声優が結婚の発表をする。つまり何が言いたいかっていうと、弟っていうのはフェイク。彼氏の事を、弟って言ってるだけなんだ」
「どういう事? ……そういう事?」
戻ってきたよっちゃんを見上げると、彼女は「たはは」と笑って私の肩を叩いてきた。別に面白い事は言ったつもりはないが、私もなんとなく釣られて笑う。
「中川君とその「弟」が友達で、中学校の頃の話を色々聞いてるの。魔狼伝説の話を色々とね」
「その、まろうって何」
「魔狼のまは、魔法の魔。魔狼のろうは、狼の音読み。つまりは魔狼」
「なにそれ、中二病?」
聡は改めて持ってきたコーラを噴き出し、紙ナプキンで口元を拭いた。さっきから、ふいてばっかりだな。
「俺は、俺はだな」
「なに」
「……何でも無い。俺から言う事は何も無い」
「仕方ない。「弟」を呼ぼう」
よっちゃんは良い笑顔を浮かべ、手慣れた動きでスマホの画面をタッチした。弟、つまりは彼氏を呼び出すという訳か。
少しして、可愛らしい感じの男子生徒が駆け込んできた。彼は聡の隣に座り、距離を詰め、聡が距離を開けると、さらに距離を詰めた。
「吉田さんの隣に座ってくれ」
「駄目だよ中川君。せっかくの、瑞樹君の好意を無碍にしたら」
「僕、本当に尊敬してるんです」
瑞樹君と呼ばれた男子生徒は、きらめくような瞳で聡を見つめている。対して聡の方は、お地蔵様の親戚かというくらい微動だにしない。
「あ、済みません。僕は熱田瑞樹。1年です」
「1年って、私達より年下だよね。……年下、年下、年下ー?」
「ちょっと」
さすがのよっちゃんも照れ気味に顔を押さえ、もう片手で私の顔をぐいっと遠ざけた。ふーん、年下か。
「熱田君は、どこで聡と知り合ったの?」
「魔狼……。中川さんとは、ネットのゲームで知り合いました。正確に言うと、配信していた動画のファンだったんです」
「配信、動画。聡が?」
聡をじっと見るが、やはりお地蔵様並みに動こうとしない。ただ止める事はもう諦めているようで、ここはあまり刺激しない方が良いだろう。
「僕と中川さんはFPS呼ばれる、オンラインゲームをプレイしてたんです。内容としては戦場で撃ち合うタイプのゲームですね」
「ああ、なんとなく見た事はある」
「その時どういうタイプで戦うか選べるんですが、中川さんは援護兵を選んでたんですよ。その名の通り戦闘より、援護向きの兵隊です」
熱田君が説明している間も、聡は一切変化なし。少しずつ、グラスのコーラが減っていくくらいで。
「援護兵でも戦闘は出来るんですが、中川さんは殆ど戦闘に参加せず味方の援護。つまりは弾薬や回復アイテムの補給だけしてたんですよ。でもって、それを配信してたんです」
「随分マニアックだね」
「だからちょっと珍しくて、僕はその動画が好きだったんです。人気がある訳では無かったんですが、他とは違う事をやるのも配信のセンスですからね」
なるほどなと思い、ポケットからドングリを取り出す。これも人がやってていないという意味においては、センスがあるのでは無いだろうか。
「それは違うからな」
ようやく発言したと思ったら、これ。ちょっと傷つくな。
「ただ戦闘に参加しなくても、弾薬を補給してくれる兵士は敵からすれば嫌な訳ですよ。だから結構狙われて、すぐ殺されるんですよね。それでも絶対にゲームを止めないし配信もするから、ちょっとずつ人気が出てきたんです。そんなある日の事なんですが」
「なんですが?」
「いつもみたいに中川さんが前線に弾薬を運んでて、その時はもう僕も知り合っていて一緒に戦ってた時の事でして」
炭酸水のグラスに手を伸ばし、喉を潤す熱田君。その間の取り方に、こちらもつい引き込まれる。
「5対5の戦いで、残っている味方は僕と中川さんだけ。敵は5人全員揃ってる状態。後で分かったんですが向こうは世界的に有名なプレイヤー達で、そのプレイヤー達が一斉に攻めてきたんです」
「それで?」
「僕は弾薬もないし体力も殆ど残って無くて、もう立て直しようも無い状態。それでも中川さんは僕の所に来てくれようとはしてたんですが」
軽く息を整える熱田君。私も思わず、野菜ジュースを一気飲みする。
「僕は完全に周りを囲まれて、もう駄目だと思った時。中川さんが僕達の真上から現れたんですよね。今思えば多分、道に迷ったんでしょうけど」
「それで?」
「援護兵だから向こうも全然焦らなくて、中川さんは狙い撃ち。上のフロアから、僕達のフロアへ落ちてきましてね。爆弾を山盛り抱えて」
熱を帯びる熱田君の口調。聡はやはり変化は無く、コーラが少し減っただけだ。
「中川さんは僕達全員を巻き込んで、大爆発。最後は僕の体力が本当に少しだけ残って、僕達が勝ったんです。初めから特攻するつもりではあったんでしょうけど、迷って撃ち落とされたのが逆に効果的だったようです」
「へー」
「そこから魔狼の名前が一気に有名になって、配信もすごい人気になったんです。中川さんも海外向けにと思ったのか、英語を話し始めたんですよね。英語と言っても単語ですけど」
少し小さくなる、熱田君の言葉。聡は若干眉間にしわを寄せ、ようやく変化を見せる。
「焦るのかなんなのか、ちょっと品が無い言葉を言うんですよ。よく言ってたのが、Fで始まる単語とか」
「え」
「ただ謝る時にもFで始まる単語を使うから、それが妙に受けましてね。I’m sorry,f○uk.みたいに」
……色々ひどいというか、自分こそ下品じゃない。というか、どういう意味なのよ。
熱田君は改めて炭酸水を口にして、にこりと笑った。
「それでも配信の人気はどんどん上がっていって、そのゲームをプレイしている人で魔狼の名前を知らない人はいないくらいのレベルまで行ったんですよ。ただ、ある日の事なんですが」
「なんですが?」
「普通に配信してたら。ドアを開けるような音がしまして。多分誰かが部屋に入ってきたんでしょうね。そうしたら中川さんが、「お母さん、お米は重いから俺が買ってくるよ」って言ったんです。配信で」
ここで言う配信は多分、ライブ配信。それも全世界に向けての、ライブ配信だ。人ごとながら、想像しただけでも手の平に汗がにじむ。
「普通ならそこでゲームを止めるんですが、中川さんはそのミッションを最後までやり遂げたんです。ただその日以来、魔狼は引退。今日の今日まで、復活はしてません」
「親孝行の、良い魔狼なのにね」
「そうなんですよ。今でも魔狼といえば、ゲームは下手だけど親孝行なクレイジー野郎で通ってるんですよ」
「いい話だね」
思わずホロリとくるが、魔狼。ではなく、聡はそうでは無かった様子。苦いお茶でも飲むような顔で、コーラをすすっている。
「これがあの、魔狼伝説って訳。私も動画を見た時は、涙が止まらなかった。笑いあり笑いあり、笑いありの感動巨編だよ」
「……俺の事はどうでも良いんだ」
「そんな事無いですよ。みんな、魔狼の帰還を待ってるんですよ。あのdead or deadも、魔狼のプレイをまた見たいって言ってますし」
「dead or deadって、トップランカーの? そんな人が俺の事なんて……」
ちょっと嬉しさがよぎった顔になり、しかし聡は大きく首を振ってそれを否定した。
「俺はネット配信の面白さも知ってるが、同時に怖さも知ってる。もし身バレしてたら、俺の家には世界中から米俵が届いてたんだぞ」
「ああ、当時ありましたね。魔狼の家に米俵を送ろうぜキャンペーン。ありがた迷惑な、あの企画。結局住所が分からなくて、各国の被災地に寄付したんですけど」
「ネットなんて、自分から参加する物じゃないんだ」
魔狼が言うと、言葉の重みが違う。とにかく私のドングリとは、大違いだ。
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