第3話
どうして俺は、こんなことを……。
自分で自分の行動が理由が分からず、紫門は混乱していた。
「あ、こんなところに新しいスイーツショップ出来てますよ⁉ 知ってました⁉ えー、いつから出来たんだろー? 今度、お店が開いてる明るい時間に、また来てみません? 守本さんは、甘い物とか好きですか? あたしって、普通の食べ物とか必要ないんですけどー。それでもスイーツだけはどうしても食べたくって……って、あ、『食べ物必要ない』っていうのは、ひ、比喩的なアレです! も、もちろん、ご飯は食べますよ⁉ カルボナーラとか、牛乳が入っている料理が好きですねー。って……さすがのあたしも、牛乳と『アレ』を間違えてるわけじゃないですから⁉ ふ、普通に味が好きっていうか……必要以上にニンニクいれると、精力が高まってギンギン……って、あたしがギンギンになってどうするー⁉」
隣で、コロコロと表情を変えながら一人で喋っている女――確か名前は、舞咲女々子、だったか。
「羨ましいな。俺は、ニンニクが苦手だから。それだけで、食べられるものがかなり限られてしまうんだ」
「えー、そうなんですかー⁉ あ、でも、たしかに! 守本さんって、体臭が全然しなくて無臭だなー、って思ってたんですよー! それってやっぱり、ニンニク食べないのと関係あるんですかねー……って⁉ こっそり体臭かいでるのとか、気持ち悪いですよね⁉ す、すいません! あたし、男の人とこんなに長く近くにいることって今までになかったから、『これを逃したら、次はいつ男の匂いかげるか分かんないぞ!』って思って、メス豚みたいについクンクン匂いかいじゃってて……って、これじゃフォローになってなーい!」
「……ふふ」
これは、いつもの愛想笑い……のはずだ。
ターゲットを油断させて、殺しを円滑に進めるために表情筋を動かしているだけ……のはずだ。
だが……。
やはり、よく分からない。
ターゲットと会話を楽しむこと。
ターゲットの名前を覚えていること。
そもそも……昨日「食事」と「仕事」を済ませたばかりなのに、今日、彼女に接触していること。道を歩いていてぶつかった、という偶然を装って彼女と知り合い、デートに誘ってしまったこと。
どれも、紫門の長い人生の中でも、珍しいことだった。
デート……これは、デートなのだろうか?
どんな殺し屋にも、多かれ少なかれ、仕事に取り組むときのこだわり――守るべきジンクスのようなものがある。例えば、殺す前に必ず相手の好物を聞いて、殺したあとでそれを食べるとか。ターゲットに自分と同じ武器を与えて対等な状況を作ってから、実力で圧倒して殺すとか。
紫門の場合それは、「相手の家に招待されて、室内に入ってから殺す」ということだった。
それはもちろん、「家主に招待されないと家に入れない」という吸血鬼の制約にちなんだものだが……紫門なりの、殺す相手に対する憐れみの表現でもあった。ただ殺すだけなら、夜道を一人で歩いているときを襲うことだって出来る。だからこそ、「家に招待される」――「相手とそれだけの関係性を構築する」という面倒なひと手間を自分に課すことで、その殺しに少しでも意味を持たせる。命を奪う相手に対して、敬意のようなものを向けていたのだ。
だと、すれば……。
いつまでたっても、女々子の家に行こうとせず。彼女から家に招待されるように、促すこともせず。ただ一緒に夜道を歩きながら、楽しそうに喋る彼女を眺めている今のこれは……やはり、人間たちの言葉でいうところの、デートというやつなのだろう。
「あー、さっきからあたしばっかり話してて、うるさいですよね? ごめんなさい。実は、最近仕事で嫌なことがあって……仕事? ま、まあ、仕事か? 魔法少女……じゃなくて! 魔法アラサー……で、でもなくて! あえて言うなら、アスリート的な……というか、ちょっと特殊なサービス業みたいな、仕事なんですけど…………うぇっ⁉」
そこで紫門が女々子の腕を引いて、彼女の体を引き寄せ、抱きしめるような状態になった。
その直後、さっきまで彼女がいた場所に陶器の植木鉢が落ちてきて、激しく砕け散る。直撃していたら、命はなかっただろう。
「突然、すまない。それが落ちてくるのが見えたものだから」
「い、いえ……。あ、ありがとう、ござい、まふ……」
紫門たちはちょうど、二十階以上はあるマンションのそばを歩いていた。だからその植木鉢は、その高層階のどこかから落ちてきた……ということにしたいのだろう。だが、見上げてもそれらしい人影はなかった。つまり、プロの仕事だ。
殺し屋アプリに「殺したい対象」を登録したクライアントが、同時に複数の殺し屋とマッチングされるのは、よくあることだ。
女々子を殺したいクライアント……確か、サボルゾーとか、サボローとか、そんな名前だったが、随分と報酬額が高かった気がする。「成功したら世界の半分をくれてやる」なんて、冗談めいたコメントも書かれていた。
それに釣られた他の殺し屋が、彼女を狙っているということだ。
つまり自分は、その高額な報酬を他の殺し屋に渡したくない、自分の手で殺して報酬を受取りたい、ということなのだろう。だから、「食事」の必要がないのに彼女に近づいたのだ。
混乱した気持ちにそんな言葉で無理やり蓋をして、なんとかいつもの冷静な自分を取り繕う紫門だった。
それから、一時間ほどあと。
酔っ払ったようにぽうっと顔を紅潮させながらも、さっきにも増して感情豊かに一人で喋り倒していた女々子が、急にその場に立ち止まった。そして、言葉を詰まらせながら、
「守本さん……よ、よかったら今夜……うち、来ませんか……?」
と言った。
「……ああ」
そこで紫門はようやく、ずっと保留にしていた死神アプリの「回収承諾」ボタンを押した。
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