心の声と沼に隠された米

藤泉都理

心の声と沼に隠された米




 普段より匂いが甘いような。

 白、桃、赤の躑躅の花畑の常とは違う違和感に、河童、勇利いさりはしかし些細な事だと気にせずに突き進む。

 目的はこの先の躑躅の花畑に守られるように存在している沼。

 表面上は青緑色の水草が生い茂ってはヘドロ化しているが、奥下には澄み切った綺麗な水が循環しているのだ。


(今日の盗みは上々だったな)


 世界最高級の銘柄、金芽米。

 六合、一万八百円。

 二千十六年には世界で最も高級な米としてギネス記録に認定されている。

 今やコメの値段が上昇し続けて留まるところを知らず、金より米だと盗みに働く者が絶えない。

 かくいう、勇利も米泥棒であり、盗みを働いてはこの誰も近づかない沼に隠して、外国の金持ち共に大金を吹っ掛けるのだ。

 腐るほど金を持っているやつらである。

 吹っ掛けただけ容易に金を支払ってくれるとてもとてもいいカモであった。


(さあって。今回はどんぐらい吹っ掛けるかなあ)


 しめしめとほくそ笑んでは躑躅の花畑を過ぎて目的の沼に到着。変化を解いて元の河童の姿に戻り沼に足を浸からせた時だった。


 成敗してくれるわ。

 心に直接投げつけてくるような声が聞こえたのである。

 まさか白蛇がやって来たのか。

 勇利は顔を蒼褪めさせた。

 噂が、流れていたのだ。

 米の盗みを働いている妖怪を捕縛する為に白蛇が動き出したのだと。


(ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバイッ!!! 早く逃げねえと!!!)


 勇利は素早く沼から足を引っ張り上げては、米を抱えて逃げ出そうとした。

 が。


(っぎゃあああああ!!!)


 声ならぬ悲鳴を上げた勇利は片足を勢いよく揺り動かした。

 足首を掴んでいるなまっちろく小さな手を振り払う為であるが、小さいくせにやたらと力強く振り払う事が叶わなかった。


(このまま絞め殺されるんだっ!!!)


 勇利は最悪の状況を想定しながらも、勢いよく足を揺り動かし続けた。

 それでも、小さな手を振り払う事はできない。

 蛇じゃなくて蛸じゃないかと疑いたくなるくらい、がっしりと掴んで離さない手を掴んで無理やりにでも引き離そうとした時だった。


「成敗してくれるわっ!!! この米泥棒めっ!!!」


 勇利が掴む前にその小さな手が足首から離れたかと思えば、突如として水草の大群が襲いかかり、そして、その中から小さな人間の少女が姿を見せたのである。


「………にん、げん」


 勇利が呆けたのは刹那の事。

 人間はいつの間に沼に棲むようになったのかとの疑問を抱えたまま、しかし、貧弱な人間であれば妖怪の自分の方が身体能力が高いと弱腰から強気へと変換。少女に背を向けては、背に負う甲羅を天高く投げつけては勇利自身も飛翔しその甲羅に乗ったのである。


「ハハハハハッ!!! 俺の勝ちだざまあみろっ!!!」


 勇利が鼻高々になったのは、しかし刹那の事であった。

 また、心に直接投げつけてくるような声が聞こえたかと思えば。


「成敗してくれるわと言ったであろう」

「ッギャアアアアア!!!」


 勇利の眼前に少女が出現したのである。

 思わず両の手を高く上げてしまった勇利は、しかし米袋だけは手放さず確りと持っていた。











「貴様。人間のくせに。何故こんな桁外れの力を、」


 河童の皿を剥ぎ取られてはなすすべもなく。

 沼の前へと引きずり下ろされた勇利の疑問に、待っていましたと言わんばかりに少女は目を輝かせては胸を張って答えたのだ。


「それはわたくしが白蛇様の花嫁「ではないだろう。嘘を言うな。皐月こうげつ


 突如として少女、皐月の後方に出現した人間の青年に、腰を下ろしていた勇利は咄嗟に沼へと飛び込みたくなったが、視線で以て射止められて敵わず微動だにできなかった。

 妖力が桁違いだった。

 分かる。

 人間ではない。

 これは、


(白蛇)




 神を名乗る事を許された妖怪。




「さて。わしの言いたい事は分かるな。勇利」


 名前まで抑えられている事に冷や汗が止まらない勇利は、カラカラになってへばりついてしまった唇を引き剥がしては僅かな血を垂れ流しつつ座を正したのち、盗んだ金芽米を白蛇へと両の手に乗せて差し出したのであった。


「わたくしの手柄だな。そうだな。つまり、わたくしはもうおまえの花嫁も同然。早く祝言をあげて、早くおまえの名前を教えてくれ」

「何度言えば分かるのか。ただ身寄りのないおまえを世話しているに過ぎない。おまえを花嫁にする気は毛頭ない。いくら悪事を働く妖怪を捕まえようが変わらぬ」

「っふ」

「何だ。その無駄に煌めいた笑みは」

「っふっふっふっ。いいさ。すぐに気持ちが変わるとは思ってはいない。これからバンバンバンと悪事を働く妖怪を捕らえまくって、わたくし以外におまえの花嫁は相応しくないと思い知らせてやるから覚悟していろ」

「………好きにしろ」


 縄で雁字搦めに縛られては白蛇に俵抱きされつつ、皐月に皿を返された勇利は、心の声を聞いちゃったなあとぼんやりと思ったのであった。


(素っ気ない態度を取っても、この娘っこには通用しないんだから観念して花嫁にすればいいのに)


 哀憫を多分に含んだ微笑を浮かべた勇利はしかし、その言を少し時間を置いて覆す事になる。

 そう、白蛇から皐月のお目付け役に任命されては。

 皐月を花嫁にしたら、白蛇の身が持たないと。


「勇利の裏切り者っ!!! わたくしを応援すると言ったではないかっ!?」

「何を言っている。俺は最初から白蛇様の味方だっ!!!」

「………さらに騒がしくなった」











(2025.4.28)



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