9.早速行きましょう


 「ところで、そのファイルは一体?」



 事務所に帰った宇喜多は、持ち帰った資料を観山に手渡しながら、問う。



 「まあ、関係者各位の連絡先みたいな、そういう感じです」


 「ふーん。関係者と言えば、血縁関係者とか、勤め先とか、そういったところか?」


 「ええ・・・・・・てか、見てなかったんですね」


 「何がだ?」


 「この資料ですよ。別に見ても良かったのに」



 成程。見ても良かったのか、と宇喜多は思い返す。



 秘匿義務のある特殊部隊に、数年所属していたことも手伝ったのか、こういう重要そうな書類を勝手に見るというのは、どうしても憚られた。



 「まあ、次からは見ることにするよ」


 「なんか、その言い方は、凄く良くないような・・・・・・」



 そして宇喜多は、近くのデスクに座り、観山に言う。

 

 

 「しかし、これからは一体どうするんだ?見当がつかないわけではないけれど、ものすごく漠然としていると言うか、やるべきことが多すぎるように思えると言うか」



 この仕事について、知識の浅い宇喜多のため、特異事件の解決のため重要な事柄というのが、判然としていなかった。


 「まあ、今はまだキッザニア期間中ですから、宇喜多さんはそう深く考えず、肩の力を抜いて、僕に着いてくれば良くってよ」



 だが、観山はその答えを明示せず、表情とは裏腹な口調で、彼女に諭す。



 勿論、釈然とせず、蟠りの残る宇喜多ではあるが、彼の言葉を信じてみようと、自分自身を無理やり納得させた。



 「・・・・・・まあ、分かった。しかし、これからは核の露出を達成するために動くのだよな?」


 「ええ、まあ」


 「襤褸の特異現象を相手にしたときは、大量の雪を用いたが、やっぱり、そういうキーアイテム的なものを探すのか?」


 「いえ、あれは特異現象の中でも特に特異なケースです」


 「・・・・・・と、言うと?」


 「対象者が、感受性の豊かな子どもでしたから、彼が妄執の気を見せていた、雪を大量に放ってやるだけで、怨嗟が消え、核が露出したのですが、しかし、今回のように、対象者が立派な大人の場合は、そうはいきません」



 つまり、あの日の特異現象が核を露出したのは、怨嗟の元を解消したからでなく、大量の雪が降ったように見せかけて、その意識を恨めしさから感動へと移したからだ、ということだろう。


 しかし、それは対象者の感性に依るものであるらしく、長い人生経験を経て、現実を知り、極稀にしか心を動かさない、大人の場合だと、通用しない手段のようだ。



 「では、どうするんだ?」


 「直接怨嗟に関係する事柄を解消してやる必要があるんです。例えば、その特異現象の目の前で、恨みの大元となる人物に、心からの謝罪をさせたりとか、ですかね」



 成程。しかし、殺気に満ちた、明らかなる異形の目の前で頭を下げるというのは、随分とシュールと言うか、珍奇な感じがする。



 「それは・・・・・・随分とアナログな感じがするな」



 宇喜多はできる限り失礼のないよう、そのように言葉を噛み砕き、観山に伝える。



 ところで、彼女には気がかりがあった。



 それは、心の奥底に溜まっている水漏れのような、胸中のしこりのような、そういうある種の気持ち悪さを持って、彼女の中に存在していた。



 「・・・・・・なあ観山。あの襤褸の特異現象の対象者は、一体、どんな子どもだったんだ?」



 宇喜多は、視線を落としながら、観山に尋ねた。



 しかし、真剣そうな表情の彼女とは裏腹に、



 「いや、どうでも良いでしょ。終わったことだし」



 深山は平然とした表情で、にべもなく答えた。



 「いや、良くない!知りたいんだ。私には、あの核を撃ち抜いた責任があると思うから」



 観山の言葉に、どこか対象者への侮辱めいたニュアンスを感じた宇喜多は、怒りっぽく、そして真摯な態度で言った。



 「んですかその鬱陶しい正義感。そこの窓から今すぐほっぽっといてください」



 だが、彼は様子を変えず、生ぬるい風の吹き込む、向こうの開いた窓を指差しながら答える。



 「いやいや、関わってしまったんだから、向き合うべきではないか?それが贖罪というか、その子どものためになると思うんだ」



 彼の態度に腹を立てながら、しかし、あくまで冷静に説得しようと試みる。



 だが、彼は変わらず手元の資料を読みながら、



 「なりませんよ、もう亡くなってるんだし。それに貴方がしようとしているそれは、贖罪ではなく単なる自己満足です。凄惨たる運命を遂げた彼の、最後の息の根を止めてしまったかもしれないという、その加害者意識のような考えを取り払うための、手段に過ぎません」



 興味なさげに、仏頂面で、そう告げた。



 「そ、そういう言い方はしなくても・・・・・・良いんじゃないか・・・・・・?」



 存外図星だったのか、間を開け、弱々しく返答した。



 「とにかく。面倒くさいからその話はしませんし、そもそもアナタはこれから職業体験をしなくてはなりません」


 「職業、体験?」


 「研修生ですし」



 研修生なら研修じゃないだろうかと、ふと彼女は思ったが、しかし、あまり気にすることではないだろう。



 彼は資料を置き、立ち上がる。



 「では、早速行きましょう」


 「・・・・・・一体どこに?」


 「まずはそうだな・・・・・・家庭訪問と洒落込みますか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る