8.そんなことは無いと思うけど
「私はそんなに特異現象について詳しくもないし、あまり下手なことは言えないの
で・・・・・・」
宇喜多は、隣で好奇心旺盛そうな視線を向けてくる彼女こと、美代にやんわりと断りを入れようとするのだが、しかし、その瞳の輝きは増すばかりである。
「だから、私自身、その・・・・・・何を話したら良いのか分からなくて・・・・・・」
しかし、変わらずキラキラと輝くその目で、じーっと見つめてくる。
「その、だから、あまり好ましくないと言うか・・・・・・」
「ジーー」
自ら効果音まで付けだした。
「ああ・・・・・・えっと・・・・・・」
「ジーーーーーーーーーーー」
その気持ちというか、圧というか、熱意みたいなものに、押されに押され、ついに宇喜多は、
「わ、わかりました!可能な限りなら話します!」
折れてしまったわけである。
「やったー!ありがとうございます!宇喜多さん!」
しかし、嬉しそうに手を上げながら喜ぶ美代を見ると、どうしてか、微笑ましいような、そんな気分になる。
「しかし、あまり口外しないでくださいね。自分自身それがどんな火種を生むか分かったものじゃないので」
「はい、大丈夫です。何せ、私口は堅い方なので!」
自信満々にそう告げる彼女であったが、元来、そう言う人間の口が本当に堅かった例はあっただろうか。
おそらく、無い。しかし、宇喜多は話すと約束してしまったため、彼女のその言葉を、猜疑心に満ちながらも信じる他無いわけである。
そして、これまで経験した特異現象について、宇喜多は大雑把に、掻い摘んで、説明をした。
「へえー。成程、特異現象ってそんな感じなんだ。結構意外かも」
「ああ。そんなに魅力的な容姿はしていなかったな」
ちなみに、美代の提案により、数分前、宇喜多はもう彼女に敬語を使うことはなくなった。驚異的な人との距離の詰め方である。
「いやー。私も募集があったら処理班の事務員として働いているのになー。そうすれば際限なく実在する怪異たちについて話が聞けるというのに」
「割と不純な動機だな・・・・・・」
「そう言えば、宇喜多さんはどうやって処理班に入ったんです?何か特殊な応募経路があったり?」
「いや、私は誘われたと言うか、まあ、異動だな」
「異動?じゃあ、前はどこに所属していたんですか?」
「特殊部隊だ」
「特殊部隊?!」
すると美代は驚いたような声を出す。
「あの入隊審査が鬼のように厳しいとかいう、あの?」
「あ、ああ。まあ、そうではあるが」
「めちゃめちゃすごいじゃないですか!そこから新しくできた処理班に異動だなんて、エリートと言うか、将来を超嘱望されているというか、とんでもないですね!」
そう面と向かって言われると、なんだか面映ゆくて、宇喜多は頬を染める。
「はあー。でもやっぱり、宇喜多さんみたいな超優秀な人しか処理班には入れないのかなあ。きっと、私みたいな凡百には、どう手を伸ばしても、背伸びしても届かない世界なんだろうなあ。今みたいに窓口で事務作業を淡々とこなすのが、性に合っているんだろうな・・・・・・」
そのように、美代は自虐しながら残念そうにする。
しかし、どうだろうか。観山によれば、処理班員という仕事は、どうやら溝浚いのようであるらしい。だから、隣で唇を尖らせている彼女も、ちょっと努力をすれば、いや、努力すら必要なく、処理班に入れたりするものなのだろうか。
だが、如何せん宇喜多には特異事件処理班という職業について知識がなく、また、そのように自身が考えるのも、どこか貶しているような感じがして、居心地が悪いので、推測するのは辞めた。
「・・・・・・いや、そんなことは無いと思うけど」
でも、一応慰めのような言葉は掛けておく。
「確かに。何でもポジティブに、ですよね。ありがとうございます!」
そう丁寧にお辞儀しながら彼女は言う。
結構都合のいい解釈をしてくれたようで、こちらも有り難い。
「しかし、宇喜多さん」
すると、美代は頭に疑問符を浮かべていそうな表情で、宇喜多に問う。
「どうして宇喜多さんは、処理班に入ろうと思ったんです?」
「それは誘われたから、だと思うが」
「違いますよ。聞きたいのはそうじゃなくて、もっとこう・・・・・・ハートフルで情熱的な、そういう宇喜多さんを処理班に導いた、決定的な理由ですよ」
「理由、か・・・・・・」
果たして、彼女は一体どうして処理班に入ったのだろうか。
観山に説得されたあの日のことを思い返してみると、しかし、あれは彼の言葉と雰囲気に流されてのことだったと思えてくる。しかも、宇喜多ははっきりと、彼の口車に乗る、みたいなニュアンスを言ったのだから、明確な理由もなく――いや、認識せず、誤魔化して、しかもそのことを理解したまま、彼女は入班してしまったわけである。
宇喜多が班に入った理由。入ろうと思えた明確な理由。
彼女は考える。
例えば、彼女はあの日、特異現象で苦しむ人のために、と謳って、入隊を決めた。しかし、人を助ける、という一点を考えるならば、特殊部隊員のまま職務に勤めていたほうが、より多くの人の命を助けられるだろう。特異現象は、確かに人を殺しうる力を持っており、警戒しなくてはならない存在だが、しかし、範囲があるため、その周囲を封鎖してしまえば、人に危険が及ぶことは考えにくいからだ。
別に人の命の数がどうこうとか、そういう功利主義的な話をしたいわけではないが、とにかくそれは、入班するための言い訳であり、到底入班した根本的な理由にはなり得ない。
それに、20年である。
現在24歳の宇喜多にとって、その人生の殆どを、彼女は特殊部隊員になるという夢と同道してきたわけである。それをこうも簡単に放ってしまうというのは、明らかに不自然に思われる。
――ところで、一般的に現職とは、世の社会人にとってどうあるものなのだろう。
おそらくそれは、幼い頃夢見たものとは、大分姿を変えているはずだ。スポーツ選手やら、医者やら、芸能人やら。いつか前、幼心ながらに、自らの将来像に重ね合わせた職業。そういった、かつて憧れた仕事をし、実際に衣食住を満たしている人間というのは、非常に少数のはずだ。
誰もが成長の過程で、現実を知り、諦め、妥協し、妥協し・・・・・・。その先に、随分と自己欺瞞を通してきた結果として、現在の仕事がある、というのが一般的だろう。
だが、宇喜多はそうではない。妥協をせず、諦めず、自らの志に従って、約20年努めた結果、憧れていた特殊部隊員という職に就けたわけだ。
――いや、だからこそなのかもしれない。
膨らみきった期待と積み重ねた努力とは裏腹に、特殊部隊員としての仕事に、十分に満足できなかったから。だから、その実状に、幻滅した自分もいたのだろう。それ故、彼女は異動を決断したのだろうか。深層心理で、興味を持っていた、特異事件処理班という、その職業へと。
しかし、彼女には懸念があった。その興味が、一過性のものに過ぎないのではないかという心配である。
例えば、家電販売店を訪れて、あの冷蔵庫が良いな、とか、あの炊飯器が良いな、とか、興味は示すものの、しかし、一度家に帰れば、その事をすっかり忘れてしまう、みたいな。
そういう、気まぐれな興味が向いているだけなのではないのかと、彼女は憂慮していた。
長々と話したが、とにかく、彼女は明確な理由が欲しかったのだ。隣に座る女性を納得させるためのみならず、自分自身も腑に落ちるような、そんな理由。
しかし、どれだけ悩もうと、それは自問自答に過ぎない。答えが導き出せることなんて、稀有な例だろう。何せ、審議員は自分のみなのだから。
だが、宇喜多が随分と思案している間、労働時間中に彼女に話しかけに来た――すなわち、職務をサボっていたらしい美代は、先輩の職員にお叱りを受け、平謝りしながら窓口の方へ戻っていったのだから、別にまだ良いのである。
・・・・・・でも、もし観山にこのような雑用係のみを任され続けるのであれば、さっさと辞めてやればいいのだ、なんて思いながら。
彼女は資料を受け取り、警察署を後にするのだった。
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