10.ハウス
そして、向かった先は郊外の一軒家。
辺りの家々と同じように、少しやつれたような、そんな雰囲気を醸し出している。古民家と言うほど古臭くは感じないが、しかし、現代的かと問われれば、そうではない。
灰色の瓦屋根の木造建築のその家へと、二人は訪れた。
「急なご連絡のこと、申し訳ありません」
そう言いながら、二人は同時に頭を下げる。
「いえいえ・・・・・・それで、本当なんですか?息子が特異現象に成り代わってしまった、というのは?」
応接間らしき小さな部屋で、向かいに座るのは、亡き林遼一郎氏の、その母親であるらしい。
白髪交じりで、シワも多少見られる彼女は、心配そうな顔を浮かべている。
「はい、事実です」
観山は平然と答えた。
「本当なんですね・・・・・・それは・・・・・・」
すると、彼女は俯きながら、困惑した表情を浮かべた。
やはり、実の息子が自殺してしまった後、未知の存在である特異現象に成り代わってしまったというのは、非常に応えるものがあるのだろうか。
しかし、宇喜多は疑問に感じる。
目の前に座る彼女のその表情に、興味なさげな、冷たそうな、だからこそ当惑せざるを得ないような、そういう雰囲気を感じたからだ。
「では、早速息子さんについて、お聞きしていきたいのですが」
観山はそれを気にしていないのか、そもそも宇喜多の思い違いなのか、変わらぬ態度で母親に問うた。
「はい。構いません」
心配そうな表情を浮かべているが、しかし、その瞳の奥に、冷酷さを感じた。
「息子さんは、貴方から見て、どういった人柄でしたか?」
「はい。内気で、あまり自分のことを話さないような・・・・・・そういう性格だったと思います」
悩むような仕草を見せながら、彼女は答えた。
しかし、もう少し実の息子に対して、何か言葉があって良いものではないかと、宇喜多は思った。
「成程・・・・・・学生時代の交友関係などは?」
「人見知りでしたから、人と話すのが苦手で・・・・・・私の知る限りでは友人はいなかったと思います・・・・・・ああ、でも」
そう言い、彼女は思い出したように目線を上げる。
「どうかされました?」
「高校生の時、一人仲の良い友達がいましたね。うちの子と違って明るくて、気配りができて、しっかりと挨拶もして・・・・・・とてもいい子だったと記憶しています」
そう言う彼女の表情は、今までとは違う、温和なものであった。
やはり、違和感を感じる。
息子のことを語る際は、ずっと悩んでいるような、冷たいよな、そういう態度だったと言うのに。
まるで彼女にとって、林遼一郎という人物が、他人であるというような、そういう感じがした。
「成程。では、生前、息子さんが憎んでいたものや、嫌っていたものについて、何か心当たりはありませんか?」
観山は変わらぬ表情で問う。
「うーん・・・・・・いやあ、さっぱりですね」
やはり、彼女の息子について語る際の、その表情や言葉には、純粋な困惑のみが含まれているように感じる。そのことが、どうしても宇喜多には、否定したい事柄であった。
「な、何か、息子さんに関して、少しでも気がかりになったことでも良いんですよ?」
母親の言葉に間を開けず、宇喜多は差し込むように問いかける。
「いえ、その・・・・・・高校を卒業してからも、殆ど息子と話すことはなかったものですから。彼がどのような様子だったかだなんて・・・・・・」
しかし、母親の言葉は予想通りのもので、表情は変わらない。
「ほ、本当にですか?なんでも良いんですよ?」
前のめりになりながら、宇喜多は問う。
勿論、宇喜多は何を聞き出せばいいかなど、具体的にはわからないのだから、その問いかけは仕事のためと言うより、彼女自身の気がかりを解消するための、想定される不運な境遇を否定するための、そんなものなのだろう。
「いやあ。見当もつきませんねえ」
でも、冷淡な瞳の、その母親の答えは想定されるものに過ぎない。
「もっと思い出してみてください!何か、何か気になっていた事があるはずでしょう?!」
宇喜多の言葉はどんどん熱を帯びていく。
とにかく宇喜多は、否定したかったのだ。
「ですから。さっぱりですねえ」
「なら!何か息子さんが好んでいたものとかでも・・・・・・」
宇喜多の尋問が公的の範疇を明らかに越えようとしたその時、
「ハウス」
観山から静止の言葉を掛けられる。
ハッと我に返り、横を見ると、彼は平然とした表情で、こちらを見ていた。
「くっ・・・・・・うぅ・・・・・・」
悔しそうに、宇喜多は小さく呻く。
そのまま、ぎゅっと拳を握り、膝の上に置いて、うつむく。
間違いなく、彼女の質問は私的なものであり、必要のない、自己満足のためのものであった。
でも、だからこそ、一言でも引き出したかった。
息子への愛情を感じるような、そんな言葉を。
「・・・・・・最後に。失礼な質問にはなりますが、貴方ご自身が息子さんに恨まれていたのではないかと、考えたことはありましたか」
観山は軽く頭を下げた後、母親に問いかけた。
最後の質問であるらしい。つまり、これから聞けるのが、彼女から引き出せる最後の言葉。
しかしながら、
「いえ。全く。しかし・・・・・・」
――恨まれていないと良いですねえ。
その言葉は、無関心そうで、利己的で、やはり想定できるものであった。
「何なんだ、あの感じは!全く持って自分の子どもに興味なさげで・・・・・・すごく不自然に思われる・・・・・・」
事務所に戻った宇喜多は、憤懣やる方ない思いをぶつけるかのように、観山に言葉を投げかけた。でも、失礼に当たらないように、言葉は選んだつもりだ。
「まあ、ああいうもんですよ」
同調してほしかったわけではないが、しかし、またまた冷酷そうな彼の言葉は、やけに鼻についた。
「・・・・・・違うと思うけど。だって、自分が腹を痛めて産んだ子供で、しかも数ヶ月前に亡くなったと言うんだ。だからもっと情緒不安定というか、取り乱していたり・・・・・・そういうものじゃないのか?」
「さあね」
説得しようとするが、しかし彼は、そもそもその話題には興味なさげであった。
試みを諦め、近くのデスクの椅子に腰を下ろす。
悲しさというより、どうしようもない違和感や気持ち悪さが、彼女の胸中を蟠踞していた。
「ところで、宇喜多さんの家には、クリスマスの日、サンタクロースが来ていましたか?」
そんな彼女を見かねたかのように、観山は問いかけてきた。
「・・・・・・いきなりなんだ?」
「ですから、12月25日に、異国からトナカイ数頭を従えて訪れる、髭面のどこの誰だか分からないおじさんの、その置き土産が、枕元に置かれてあったかと、そう聞いているんです」
「いやまあ、置かれてあったが」
「それはそれは。存分に愛情を受けて育ったのでしょうねえ」
言葉には抑揚があるが、しかし彼の表情は変わらない。
「・・・・・・別に普通のことだと思うが」
「しかし、それは一般的であっても、全世帯でそうであるとは限りません。何せ、親もまた自らの子どもと同じように、人間なのですから。サンタクロースに成り代わって、プレゼントを届けてやろうだなんて考えもしない、そんな両親もいるはずなんです」
つまり、彼が言いたいのは・・・・・・
「林さんのご両親が、そうだと言いたいのか?」
「ええ、おそらく。良く言えば放任主義、悪く言えば放置主義、といったところでしょうか」
その言葉はやけに腑に落ちた。
「しかし・・・・・・それでも自分の子供だぞ。自らの分身とも言える、かけがえのない、そんな存在を蔑ろにするだなんて・・・・・・」
分かっているが、しかし、彼女にとってそれは理解しがたいものであった。だからきっと、自分の想定とは裏腹に、ちゃんと愛情を持って、あの母親は息子に接していたと、信じたかった。
「どうやら、宇喜多さんは脳内に常におとぎ話を展開していらっしゃるみたいですねえ」
だが、その考えを観山は否定した。
「・・・・・・何だ、その言い方」
「いいですか。アナタのご家庭がどのようであったかなんて知りませんし、まあ、興味もないですが、しかし家庭というのは多種多様です。親が子どもにありったけの愛情を寄せるところもあれば、一切の関心を抱かないところもある。どちらが良いかとか、そんな話をしたいわけではありませんが、まあ、林さんの場合はその後者だった、というだけの話です」
彼が腕を組みながら語るその言葉は、理解できる。納得もできる。
でも・・・・・・
「しかし、それはあまりにも・・・・・・」
そう言いながら、宇喜多は俯く。
すると、その様子に観山はため息を吐くと、
「まあ、宇喜多さん。アナタの仕事は彼の境遇を憐れむことではありません。たしかに、クリスマスの日、彼のご家庭がサンタクロースの来訪を歓迎していたのなら、なにか変わったのかもしれません。しかし、我々のすべきことや、せめてできることは、林遼一郎氏の怨嗟の原因を突き止め、それを解消する術を見つける。それだけです」
そのように、悩ましい宇喜多に対して語った。
「ああ・・・・・・分かった」
たしかに、それはそうだ。悩んだところで、何か解決するわけではない。
彼の言葉の勢いとともに、無理矢理に自らの心境を整理しようとする。
――が、大した間もなく、
「じゃあ、向かいましょう」
「え、いきなり?」
「勿論。善は急げ、です」
「善行だとは思えないが・・・・・・しかし、どこへ?」
「次は、職場見学へと参りましょうか」
職場見学。つまり、林遼一郎のかつて働いていた仕事場へと赴くわけだ。
心の準備もしていないままに、訪れるというのは、随分と不安ではあるのだが、
「・・・・・・ああ、了解した」
しかしまあ、従うほかないのである。
クラック・スナイパー @okayama3
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