6.もう少し説明というものをだな
目前の未知の特異現象に、思わず息を呑む。
しかし、その塊は勿論、自らのテリトリーに侵入してきた彼女らを快くは思っていないようであった。
中心に大きく空洞を開けたかと思うと、次の瞬間、周囲の黒を一気に吸い込み、そして、勢いよく吐き出してくる。それはまるで、光線のように連続的であり、太く大きな直線を描き、宇喜多に向けて、発射された。
咄嗟に、体を躱す。
すると、丸太のように太く、大きなそれは、空を切り、そのまま壁に当たると、大きな衝撃音を立て、その周囲へと、黒が水のように勢いよく四散していった。
――あれに当たれば、一体どうなってしまうのか。
恐怖心が再度彼女の脳裏を支配する。
一方で、観山は至って冷静であった。
彼はその様子を確認すると、目の前の部屋の高めの寝具用の台の右横へと、素早く移動した。それに気づき、はっと我に返った宇喜多は、彼を追従する。
――が、
「いや、なんでこっち来たんですか?!」
どうやらそれは想定外であったらしく、彼は驚きながら、宇喜多に問う。
「なっ・・・・・・だって、キミは何も言わなかったじゃないか!」
「にしても、こんなクソ狭いところで二人だなんて思わないでしょ?!」
「仕方ないだろ!キミにずっと着いて来ていたんだから!」
場違いな言い合いであった。
「もう少し考えて行動してください!じゃなけりゃアナタのせいで二人共ここでお釈迦ですよ!」
「だが、もう少し説明というものをだな・・・・・・って!」
突然、観山に頭を抑えられ、寝具の台を横に、座り込んだ状況になった。すると次の瞬間、頭上で何かが空を切った後、強烈な衝撃音が背後で生じた。
フッと上を見ると、先ほど彼女が間一髪で躱した、あの光線のような砲撃の、真っ黒な軌道が見えた。どうやら、また間一髪であったらしい。
「・・・・・・もう少し丁寧にできなかったのか?」
ジト目で彼に問う。
「・・・・・・命の恩人にその態度とは、偉いものですね。流石日本国の治安と安全を保障する、誇り高き”元”特殊部隊員サマですね」
「な、何だその言い草は・・・・・・って、口論は無しにしよう」
頭に血が上るが、しかし、抑えて、諭すように彼に提案した。
「ええ、そうですね。本当に命がいくつあっても足りません」
そして、二人は姿勢を低く保ったまま横並びになり、台を遮蔽とし、そこに両手をかけ、正面の怪異を覗き込むように見る。
「宇喜多さん。アナタは取り敢えずリビングの方へ移動してください」
「分かった。観山はどうするんだ?」
「僕はヤツにもう少し近づきます。試したいことがあるので」
あと、と置いた後、彼は続ける。
「拳銃の用意はしておいてください。合図でいつでも撃ち込めるように」
「了解した」
そして、台を遮蔽に、もう一度あの砲撃を躱した後、観山は、特異現象の方へと近づいていく。
それを確認し、宇喜多もリビングへ移動しようとすると、彼が振り返り、
「今度は言いましたからね!」
「分かってるって」
釘を刺されたようだった。
ともあれ、リビングへと戻り、塊の様子を見ながら、腰に装着していた銃を取り出す。
どうやら、観山はあの怪異の耐性を調べたいようで、遮蔽を用いつつ、ヤツの攻撃を上手く躱しながら近づいた後、その体に、手元のスタンガンを当てる。
すると、その箇所に空洞が生まれ、向こう側の白い壁まではっきり見えた。しかし、すぐに周囲の黒が、スタンガンごと穴を埋め尽くす。
スタンガンを体から引き抜き、その後何回も彼は当ててみるが、結果は変わらず、元の姿に戻るのみであった。
だが、
「砲撃を、してこないな」
「ええ。おそらく、修復に手間取っているうちは、攻撃できないんでしょう」
気づきもあったようで、彼はスタンガンを当てるのをようやく辞め、再度寝具の台の横に戻る。
そして、砲撃がまた彼の方に向けられ、台を遮蔽に隠れる。
――だが、その攻撃が突然、ムチのように撓る。
今までの直線的なそれではなく、台を避け観山の方へと、正確にその軌道が曲がる。彼は想定外の事態に対処できず、目前の黒い砲撃に、成すすべなくぶつかった。
その衝撃に観山は耐えられず、背面の壁へと叩きつけられ、ゴンッ、と鈍い音がした。
「大丈夫か、観山!」
「ええ・・・・・・なん、とかッ・・・・・・!」
彼は座り込んだ状態で、壁に体をもたれされながら、うめき声のような返答を返す。
「わ、私がヤツの相手をしよう、そうすれば・・・・・・」
その様子が実に痛々しく、憂慮する彼女であったが、
「研修生風情が・・・・・・調子に乗らないでください」
痛みを堪えながら、しかし平然と彼は返答した。そして腰を抑えながらゆっくりと立ち上がる。
「・・・・・・二発です」
「な、何がだ?」
「これから二回、僕が指示を出しますから、手元にぶらさげている、それ。構えておいてください」
そう言う彼の視線の先にある、自らの片手に握られていた拳銃に目を向ける。
そうだった。
宇喜多には与えられている役割がある。
「・・・・・・ああ、分かった!」
彼女は両手で銃を構える。勿論、向ける先はあの悍ましい特異現象。
「今です!」
引き金を引く。
すると、弾丸がその黒い塊を貫通し、小さな穴ができる。しかし、先程のように、すぐに穴は塞がってしまう。
数秒後、怪異は殺気を増し、またまた自らの体に大きな穴を開ける。間違いなく、砲撃の合図だ。
「もう一度!」
二回目の合図。
もう一度、引き金を引く。
中央の空洞ではなく、その怪の真っ黒な体に、正確に弾丸を当てる。変わらず、開けた小さな穴はすぐに塞がってしまうが、その中心の大きな穴も、修復の煽りを受けたのか、少し縮む。すると、十秒程度かけて再度穴を広げた後、怪異はこれで幾度目かの砲撃を繰り出した。
「観山っ!」
「分かってます!」
彼は台を遮蔽に隠れるが、砲撃は再びムチのように撓り、彼に迫りくる。
――だが、同じ轍を踏むような彼ではない。
迫るソレを嘲笑うかのように、彼は天井まで届かんばかりの、見事な跳躍を見せる。すると、砲撃の軌道は彼を追う事ができず、勢い良くフローリングの床へとぶつかり、周りに広がっていった。
「さあ、さっさとお暇しますよ、宇喜多さん!」
「了解!」
そう言い、二人は部屋の敷居を勢いよく閉めた後、駆け足で玄関へと向かった。
玄関のドアに手をかけながら、宇喜多はふと後ろを振り向く。
部屋は、未だに黒黒とし、彼女たち人間を拒んでいるような、そんな様子を見せている。本当は、どんな形であれ、ただここに存在していだけなのではないかと、そう考えてもしまうけれど、
「・・・・・・すまない」
薄っすらと笑みを浮かべながら、彼女は呟いた。
そして、ようやくこの黒く塗りつぶされたような、恐ろしい部屋での調査を終えたのであった。
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