5.今回の仕事内容です
「さて、逡巡している暇はありませんよ。入りましょう」
そう言い、彼は再度ドアを開ける。
勿論、先程の光景は変わることなく広がっており、宇喜多は足が竦む。
「こういうの、嫌いですか?」
「い、いや。そういう意識はなかったのだが、ただ、ここまでうじゃうじゃと集まられると・・・・・・」
「まあ、でも仕方ありません。仕事なので、行きましょう」
そうして、観山が歩を進めようとすると、その集合の中から一つ、黒い塊が見事な跳躍を見せ、彼へと勢いよく向かってくる。
――まずい、アレに触れると何が起きるか分からない。
そう危惧した宇喜多であったが、しかし、ビリビリッ、という電撃音とともに、その黒い塊は突然消失した。
驚いた宇喜多は、咄嗟に彼の手元を見ると、そこに握られていたのは、長方形で先が二股に別れ、それぞれの先端にキラリと輝く銀色のトゲ型の金属が着いている道具であった。
「そう言えば、コレ、渡すの忘れていましたね」
ホイッ、と腰につけていたもう一つのそれを宇喜多に投げ渡す。
「これは・・・・・・スタンガンか?」
「ええ、そうです」
平然と彼は返した。
「しかし、何故?」
すると、観山は目の前で波打つように動く黒い塊達を見ながら、答える。
「こういう小さいのには、意外とスタンガンが効いたりするものなんですよ」
彼はしゃがみ込み、玄関の床に広がる塊に、スタンガンを起動させながら、サーッと掃くように当ててみる。すると、黒黒とした部分が消失し、綺麗に元の姿を取り戻し、その隙間から、石製の床が見えた。どうやら、彼の憶測は当たっていたらしい。
「まあ、大丈夫そうなんで、とりあえず奥に進んでいきましょう」
「いや、しかし、その黒いのに直接触れるとどうなる?確証もないまま進むというのは・・・・・・って」
彼女が言い終える前に、観山は唐突に自らの手を玄関の塊へ直接触れさせた。愕然とする彼女であったが、しかし、どうやら異常は無いらしく、彼の手や、様子に変化はなかった。
そして、彼が大量の塊が付いたその手を軽く払うと、その全てが容易にあちこちへ飛んでいった。
「じゃあ、確証も取れましたので、行きましょうか」
「・・・・・・ところで、どこに?」
「最奥部に本体がいるはずです。それの様子を確認するのが、今回の仕事内容です」
「ああ、分かった・・・・・・」
どうやら、目の前のヤツらの親玉が、この奥に潜んでいるらしい。
果たして、どれほどの異形で、彼女らを待ち受けているというのだろう。
まだ見ぬその姿に、思わず肝を冷やした。
そして、果てしない黒に、二人は足を踏み入れる。すると、小さな違和感が、足元に感じられた。コツコツ、と靴にぶつかり、僅かな感触が絶えず続いている
侵入者を追い出そうと、塊たちは躍起になっているのか、はたまた元々そういう性質なのか、分からないが、しかし、その様子に彼女は不気味さを感じざるを得ない。
また、目の前を覆い尽くすのは、途方も無いほどの黒。壁は勿論、天井やドアの取っ手など、細部に至るまで、それが広がっている。
だが、いかに恐ろしく感じようと、それでも前に進み続けるのが、彼女の仕事らしい。恐怖心を少しでも和らげようと、目の前の観山の後を、とにかく追うことに集中する。
しかし、突然天井から彼女の目の前に、一つの黒い塊が落ちてきて、
「うわぁ!」
と、そんな情けない言葉を発しながら、宇喜多は思わず尻込みした。
すると、勢いで床についた両手を伝って、塊達が彼女の体にゆっくりと登ってくる。
今まで以上に全身を粟立て、静止する宇喜多であったが、フッと我に返り、全身を激しく揺すって、その塊たちを振り落とした。
サッと立ち上がると、目の前にいる観山が、振り返りながら、平然とした顔のままこちらを見ていた。
「い、いや、別に、驚いていたわけでは無いぞ?急に降ってきたから、避けようと、頑張っただけだ!」
「あー、まあ、はい。そうですか」
テキトーな返事を返し、観山は再度進み出す。勿論、宇喜多もそれに追従する。
玄関を抜けると、そこは縦長で広めのリビングであった。左手前は、キッチンへと続いており、右奥には、数枚の敷居があり、別の部屋とこの部屋を分けているようだ。
「ヌシは、あの奥の部屋だそうです」
そう言いながら、観山は右奥の敷居に阻まれた部屋を指差す。
どうやら、すぐにご対面となるらしい。
恐怖心とともに、変な緊張感を、彼女は感じていた。
「なあ。実は、キミも・・・・・・結構緊張していたり?」
宇喜多は前を歩く観山の様子を伺おうと、質問してみる。
すると彼は振り返る事なく、
「いえ、全く」
泰然とした様子で、そう答えた。
つまり、彼女だけが、目の前の状況に大きく動揺しているみたいで、何故か凄く、心細く感じるのだった。
そして、殺風景なリビングを、二人はゆっくりと進み、黒で覆い尽くされている敷居の前に立った。閉じられている先を、勿論まだ確認することはできない。しかし、只者ならぬ、なにかの雰囲気を、宇喜多は確かに感じていた。
「じゃあ、開けちゃいましょうか」
そう言い、彼はスタンガンで敷居を掴む部分を確保し、そして、両手をかけた。
「ああ、頼む」
宇喜多も覚悟は決まっているようで、彼の言葉に頷く。
ところで、次、相見える特異現象という名の超常的存在はどのようなものだろうか。人形だろうか、別の動物の形だろうか、それとも・・・・・・。
あと数秒の後、明らかになるその姿に、期待に大きく胸を膨らませているわけではないが、しかし、恐怖心が殆どの彼女の胸中に、少しの興味が芽生えていたことは、否定できなかった。
さて、彼が勢いよく敷居を開けたその先には――
その部屋の左端に存在していたのは、明らかな異質であった。
まるで、大樹の幹のように、太く、そして、全てを飲み込んでしまいそうなほどの、黒。それを一つの運動体と言うのはやはり、違和感がある。何せ、正しくそれは『塊』であるのだから。
天井から床まで、満遍なく詰められている『ソレ』が、周りを這う塊たちと一線を画しているのは、その、存在感に他ならない。視覚的なものではない、他と違う、言うなれば、第六感とやらで感じられる、明らかに異質なオーラが、その塊から漂い、我々に理解させる。
『ソレ』が特異な現象であることを。
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