5.私を使ってみる気はないか?

 「じゃあ、その、キミはどうやってアレに対処するつもりなんだ?」


 「それはですね……これです」



 そう言うと彼は奥にある、黒い円筒形の、大きな物体を指さした。



 「それは一体?」


 「大砲ですよ」



 大砲。あの、戦争映画なんかでよく見る、大きな弾丸を飛ばす軍事兵器として知られる、大砲だろうか。



 「しかし、いくら威力があるとは言え、ヤツに効果があるものなのか?」


 「ああ、いえ。別に弾丸が入っているわけじゃありません」


 「……どういうことだ?」



 宇喜多の脳裏は疑問符で埋め尽くされていた。



 大砲に弾丸以外を詰めるというのは、どういった場合だろう。



 例えばサーカスでの一つの曲芸として、人間大砲なるものがあったりする。しかし、あの大砲は、大きくはあるが、それでも人間がまるまる入るような大きさではない。



 他には、花火を打ち上げたりとか?たしかに、花火玉程なら、十分に入りそうだし、それに大きさ的に、あの大砲はその用途に最も適していると言える。しかし、そんなことをして何になるというのだろう。



 いくら思案しても、答えが見つからない宇喜多に、変わらぬ表情で、彼は答える。



 「人工雪ですよ」



 その答えは、非常に突飛なものとして、彼女の耳に届いた。



 呆気にとられた彼女をよそ目に、彼は続ける。



 「まあ、色々と理由はあるんですけどね。プライバシーの侵害として、それだけは詳しく語れませんが、これで、ヤツの核となる部分を引き出せるんじゃないかと言うのが、僕の考えでして」


 「でも、どうして人工雪なんて……」


 「そうですね……ところで、どうして特異現象が生じるのか、知ってます?」



 顎に手を添えながら、彼は彼女に問いかける。



 「ああ。いや、曖昧では在るんだが、確か、人の恨みや憎しみが原因だとか、そんな話は聞いたことがある」


 「まあ、だいたいそんな感じです。一般的には、故人の莫大な怨嗟が、それを引き起こすだなんて、言われてますけど」


 「それで、どうしてそんなことを聞いたんだ?」



 首を傾げながら、宇喜多は問い返した。



 「だから、とどのつまり、特異現象を解消するには、その原因となる怨嗟を、解消してやらなくてはいけません」


 「……つまり、その解消の鍵が、人工雪だと?」


 「ええ。意外と物わかりいいんですね」



 驚いたような表情の彼に、宇喜多は莫大な無礼を感じ、顔を顰める。だが、彼の生来のものでありそうなそんな性格に、一々突っかかってはいられない。



 コホン、と一つおいた後、宇喜多は問う。



 「しかし、キミの文脈からは、それだけでは対処できないように感じたのだが」


 「と、言うと?」


 「人工雪により、『核を引き出す』と言ったよな?」


 「ええ。そうですね」


 「じゃあ、その核をどうにかすれば、アレは対処できると、そういうことなのか?」


 「はい。そうです」



 宇喜多の問いに、彼は淡白に答えた。



 「では、その核をどうしてやればいいんだ?」


 「強い衝撃を与えてやればいいんです」



 強い衝撃。



 例えば、銃でその役割を果たせたりするのだろうか。そう思うと、彼女は右手に持つ自らの長い銃に目を向ける。



 だが、一つ疑問が、彼女には残っていた。



 「しかし、アレと対峙してみて、ヤツには物理的干渉は一切効かったが、それは核には例外な話なのか?」


 「対峙て……いやまあ、物理的干渉が特異現象に有効かどうかは、ものによりますね」


 「では、アレの核には有効ではないんじゃないか?」


 「それはありえません。核は一律です。皆同じものを持っているはずです」



 迷いなく、彼はそう答えた。



 「……というか、アレと対峙したんですか?」


 「いや、ほとんど逃げ回っていただけなのだが、何か問題が在るのか?」



 宇喜多は頭に疑問符を浮かべながら答えた。



 「いえ、別に。非常に気の毒だなと思って」

 

 「なんだ急に。はっきりとしない」



 頭を掻きながら答えた彼に、違和感を覚え、どうしてだ、と問いただしてみる。



 「まあその……あなたのことを、例えば人の為だとかいう常套句を引っ提げて、無謀にもあの超常に立ち向かう、おつむも命もいくらあっても足りない、生粋の阿呆の類だと勘違いしていたものですから」



 すると、彼の口から垂れ流されたのは、単純な侮蔑の言葉たちであった。



 「いや、そもそも私は任務中に、偶々アレに遭遇しただけだから!別に好き好んでアレと立ち向かうような、バカじゃないから!」



 宇喜多は目を吊り上げ、捲し立てるように反論した。



 「だから、勘違いしていたと言ったじゃないですか」



 諭すような彼の言葉に、冷静になる。



 そうだ。怒るのはお門違いだ。



 そもそもその言葉を引き出したのは私ではないか、と考え、一息置いた後、頬を赤く染めながら、宇喜多は続けた。



 「じゃあ、なんだ。その、核を引き出した後は、銃か何かで撃ち抜いてやれば、それで簡単に解決するのか?」


 「はい。そうですが、銃で核を撃ち抜くと言うより、核の存在する位置に強い衝撃を与えてやる、みたいなイメージです」


 「それはつまり……どういう?」


 「核には総じて物理的に干渉できないんですよ。ですから、銃弾みたいに空間に十分に強い衝撃を与えてやれるものだけが、核には有効なんです。それに、別の問題もあって……」


 「何だ?発生源が分からないとかか?」


 「いえ、そうではなく、小さいし動き回るから狙い辛いんです」



 成程。



 ――しかし、狙い辛いというのは、宇喜多には難点ではないように感じられた。



 「まあ、アナタに話せるのは、精々これぐらいですかね」



 そう言うと、彼は宇喜多へ向き直し、続ける。



 「さて、この路地の奥をずっと進んでいけば、おそらくヤツの範囲からは逃れられると思います」


 「範囲?」


 「特異現象の移動できる範囲ですよ。奴らは地縛霊みたいなものですから」



 すなわち、彼が指を指しているこの奥を抜ければ、きっと、彼女は、無事生還できるはずだ。この悪夢から、ようやく覚めることができるのである。



 進めば、完全にソレを撒き、また特殊部隊員として、日本の治安の維持に努める日々に戻ることになるのだろう。それは、過去に夢にも描いた、誇り高き、高尚な仕事であるはず。



 果たして、どの辺りが現実とこの悪夢との境目なのだろうか。もしかしたら、ここから後数歩進めば、ちょうどそれなのかもしれない。



 立ち上がると、足の痛みを感じた。そうだ。彼女は満身創痍であった。このナイフを今ここで抜くというのは、非常に痛々しいし、医療の観点からも、きっと得策だとは言えないだろう。ここを抜けた後は、すぐに病院へ駆け込み、足の治療を行わなくてはならない。それと、部隊への連絡も、勿論しなくては。



 一歩、二歩。痛みをこらえながら、ゆっくりと進む。その先は夕暮れに乗じて、目視するには暗すぎるほどになっていた。だが、彼によると、その先が安全地帯であるらしい。



 ――ところで、



 「なあ、一つ、言いたいことがあるのだが」



 立ち止まり、彼の方を見ないまま、話しかける。



 「何でしょう」



 興味なさげな彼の声色は、やはり彼女の癇に障った。



 「キミの、その人を舐め腐ったような態度、やめたほうがいいぞ」


 「ええ、よく言われますけど、それだけですか?」


 「いや、もう一つ……」


 

 そして、一気に振り返り、長い髪を揺らしながら、彼女は、



 「私を使ってみる気はないか?」



 そう、彼に告げた。

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