第18話お伽話の勇者

この世界で最もポピュラーな書物は何か、と聞かれればほとんどの人は『勇者ジャックの英雄譚』と答えるだろう。

実際に昔起こったことを記したものらしい。

かつて、この世界に破滅と混乱をもたらす魔王が誕生した。

その魔王を討伐するため、立ち上がった少年がいた。

その名はジャック。

彼はたった1人で魔王討伐を目指し、討伐こそ叶わなかったが、彼を恐れた魔王が人類に対し不可侵を約束したという物語だ。

しかし、これはおそらく人間に都合のいいように解釈されているのだろう。

少し胡散臭いから。

そして、魔族側に伝わる勇者ジャックに関する物語は、戦いを続け魔王に迫ったジャックだったが、戦いを続けるうちに自分の戦いに意味があるのかを疑問に思い始めていた。

そこで、魔王は勇者と話をして人魔協調を約束した。

魔王は魔族の平和を願って立ち上がった魔族にとっての勇者だったというものだ。

こっち方がリアリティーがある。

なぜ、魔族に伝わる伝承を知っているかって?

それは闇市場で見たからだ。

これらが元になって宗教までできている。

勇者教と魔王教だ。

この2つは宗教対立を起こしている。

宗教。

僕は前世から宗教に興味がなかった。

別に宗教を否定したり、信仰してる人を悪く言うつもりはない。

ただ、宗教なんて、結局人が作ったものだと思うと信仰心は芽生えなかった。

いくら神や宗教の始祖となった人が立派でも、結局後になって信仰する人間の都合のいいように改変される。

教えが本来とは違った解釈のまま信仰されたり、平等を説いたのに先導者が現れたり。

前世の僕は性根が腐っていたからこんなふうに考えていた。

まあ今も性根は腐ってるんだけど…

そしてこの世界の宗教は一部で熱心に信仰されているものが多く僕みたいな田舎出身者は宗教なんて知らずに育つことが多い。

だから今世の僕は無宗教だ。

この世界の人魔の争いの根本は、魔素の違いだ。

ヒト型魔素と魔族型魔素、これらはそれぞれ反発する。

魔素が違うことによって様々な問題が起こる。

例えば、人の傷を魔族の治癒魔法で直そうとすると傷が広がったり、治癒魔法をかけたところが火傷をしたようになったりする。

また、人間と魔族が子供を作ればその子は若いうちに体内の魔素の反発によって内臓が破壊され死に至る。

つまり、人間と魔族が愛し合うことはできない。

このどうしようもない溝を互いが互いへの憎悪で埋めている。

でも、魔素の研究が進めばこれはどうにかなるかもしれない。

旅の片手間に研究はしているけど、もしかしたら料理人になる前に魔法の解明をしなきゃいけなくなるかも。

料理人になるのって難しいね。

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イガタニへ向かう最中僕らは大きな川を見つけた。

イガタニは海に面しているし、湖もあるから近づいてきた証拠だろう。

僕たちは魚を取った。

僕は釣り竿を作ったんだけど、アリスは釣竿を使うのが難しかったみたいで、結局手でとっている。

旅をしてると魚は干物か塩漬けばかりだから焼きたての魚を食べられるというのはかなりありがたい。

雷魔法を使えば魚なんてたくさん取れるけど、持ち歩くのはめんどうから程々にしておく。

「アリス、あんまり取りすぎないでね。」

「わかりましたー。」

尻尾をブンブン振りながら答える。

わかってなさそう。

結局アリスは15匹、僕は3匹取った。

アリスも思ったほど取ってこなかったし、僕の考えがわかるようになってきたのかも。

「今日のお昼は焼き魚にしよっか。」

「焼くんですか?」

「うん。美味しいよ。」

「楽しみです。」

魚の捌き方なら知っている。

前世で両親を魚のように捌いてやろうと思ったことがある。

恥ずかしい話だけど、前世の僕にもいわゆるイタイ時期があったのだ。

僕が魚を捌くところをアリスはじっと見ている。

「楽しいの?」

「はい。魚って綺麗なんですね。」

確かに、外側と比べるときれいに見える。

魚の身に塩をもみ込んで焼く。

干物や塩漬けに飽きた口にはこれだけでご馳走だ。

「ホクホクしてて美味しいです。」

アリスは次から次へとがっついていく。

本当に美味しそうに食べる。

森に行けばキノコもありそうだし、ホイル焼きとかもしてみたい。

肝心のアルミホイルがないんだけど…

アルミホイルじゃなくてもその辺の植物で代用できるものとかないかな。

クッキングシート、なんてあるわけないか。

まあでも、久しぶりの焼き魚には大満足だ。

イガタニまではあと3日もあれば着くだろう。

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旅をする際の懸念の一つがお風呂事情だ。

この世界の人は何日か入らなくても気にしないのだが、前世の生活を忘れきれない僕は毎日入らないと気が済まない。

この旅を始めてからは水魔法と火魔法をうまく使ってお湯を作り、風魔法と火魔法で湯冷めしないように体を乾かす。

湯船に浸かれないのは不便だけど、タダでシャワーを浴びれるのはいいことだ。

石鹸に関しては、街にいるときに自分でつくる。

油と水酸化ナトリウムがあればいいし、水酸化ナトリウムは食塩水の電気分解で作れる。

そこに旅の途中で採った花の香りでも抽出すればそれっぽいものができる。

あくまでそれっぽいものだが。

この世界には前世と比べるとまともな石鹸がないから。なんとかいいものを作れるようになりたい。

一応商人ギルドには登録してるし、石鹸でお金を稼ぐのもありかもしれない。

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ー遠く離れた地ー

わたくしは最近クックと呼ばれる人物の動向を注視している。

毎回美味しそうなものを食べているし、質の高そうな石鹸を使っている。

非常に興味深い。

でも、わたくしが直接会いに行こうとすると色々なところに気を使わせてしまう。

とてももどかしい。

「やはり、わたくし自らこの男に会いにいくのは…」

「なりません。」

部下からはいつもの反応が返ってくる。

そうだ、わたくしはわがままになってはいけないんだ。

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