第19話お薬はいかがですか?
ある晩、夢を見た。
そこには前世の僕、睡蓮冬落がいた。
こうやって見ると髪が長かったのがわかる。
清潔感のかけらもない。
目の下にはペンで書いたのかってくらいのクマがある。
若干髭も生えてるし、本当に高校生だったのか?
「お前は何も変わってない。お前は結局僕のままなんだ。」
冬落がかすれたような声を出す。
憎しみか、殺意か、言葉にできないような負の感情が読み取れる。
「前世の僕ってこんなに醜かったんだね。」
「お前も同じだよ。どうせ今の家族も、アリスもいつか殺すんだろ。」
「そんなことしないさ。それに僕は君じゃない。クック・フレリアンって名前があるんだ。」
「同じだよ。クック・フレリアンだろうが睡蓮冬落だろうが、本質は同じだ。僕もお前もただの殺人鬼だ。お前はその事実を全て僕になすりつけている。僕よりタチが悪いかもしれないな。」
冬落は不敵に笑う。
わかってる。
自分がどんな人間なのかも、色々なことから逃げていることも。
でも、わかってるからこそ僕はもうあんなことはしない。
前世と合わせれば32年も生きてることになる。
流石に少しは大人になった。
「言いたいことはそれで全部?僕にもいろいろあるんだ。いつまでも君に付き合っていられるほど暇じゃない。君もわかってるだろ。」
「また逃げるのか。」
そう言うと冬落は消えた。
そうだ。
僕はまた逃げた。
でも、いつまでも僕の本性を睡蓮冬落に押し付けてはいられない。
僕もいつか自分に向き合わないといけない。
わかってる。
わかってるけど、僕はやっぱりクズだからもう少し逃げていたい。
本当にダメな人間になってしまった。
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僕たちはイガタニに到着した。
穀物栽培が盛んな土地、なんといっても米が食べられる街。
街に着いたらまず、商人ギルドへ向かった。
ここへ来るまでに採れた薬草で回復薬を作ってみたからそれが売れるか確かめたかった。
と言っても、回復薬を作ったのはおまけのようなものだった。
保存面で不安なものを一部回復薬として加工することで長持ちさせようとしたのだ。
だから、売れなくてもいいっちゃいい。
僕たちの旅で使うだけだから。
というわけで、僕たちは鑑定用のカウンターに向かった。
「すみません。この回復薬が売り物になるか調べていただきたいのですが。」
「あいよー。」
鑑定士は少しふくよかなおじさんだった。
なんとなく鑑定士は中年か高齢の人の方が安心感がある。
経験って大事だよね。
「クックさんの薬ならきっと高く売れます。」
アリスは何故か自信満々だ。
「それはわかんないよ。回復薬を作ったのはこれが初めてだし。大体のことは何度も積み重ねて初めて成功するんだよ。」
「狩りと同じですね。」
なんて駄弁ってたら鑑定士のおじさんが話しかけてきた。
「この回復薬あんたが作ったのかい?」
「はい。初めてだったのであまり自信はないのですが。」
「いや、これは結構いい回復薬だよ。回復成分の抽出濃度がかなり高い。75%ってとこか。市販のものでもここまで高いのは結構な値段がするんだよ。」
そういえば、この世界は科学が発展していないから、薬学も遅れてる。
前世のものと比べれば回復薬も、風邪薬とかも質が悪い。
市販のものの回復成分の抽出濃度は60%前後ってところだと本で読んだことがある。
僕は別に特別なことはしていない。
薬草をすりつぶしてろ過したものを一度沸騰させた水に入れて煮込んだだけ。
これだけで市販のものより質が高いって、市販のものは川の水とかそのまま使っているのだろうか。
信じられない。
まあ、微生物の概念なんてないよな。
ちなみに水魔法で生成した水には微生物はいないはずだが、もしかしてろ過してないのかな。
ここでも文明の差を感じることになるとは。
「やっぱり、クックさんはすごいです。」
アリスは目をキラキラさせている。
尻尾を振ると周りのものを壊すかもしれないから僕はアリスの尻尾を咄嗟に掴んだ。
アリスは不思議そうにしている。
「アリス、周りのものを壊すといけないから尻尾は自分で押さえておいて。」
「わかりました。」
「で、あんたこの回復薬をここで売るのかい?」
鑑定士が聞いてきた。
「いいえ。売るとすればアテがあるので、その人のところで売ります。」
一応、僕はウラギと専属契約をしている。
「そうか。ちょっと惜しいがそういうことなら仕方ない。銀貨3枚くらいにはなるからあんま足元見られないようにな。」
「はい。ありがとうございました。」
ちなみに、この世界の通貨は価値の低いものから銅貨、銀貨、金貨、大金貨の4つ。
銅貨10枚で銀貨1枚分、銀貨10枚で金貨1枚分、金貨10枚で大金貨1枚分だ。
どの貨幣が前世での何円に相当するのか正確にはわからないが、おそらく銅貨1枚は100円くらいだろう。
銀貨は1枚で1000円、金貨は1万円、大金貨は10万円と言ったところか。
つまり僕の作った回復薬は約3000円ということだ。
これはいい商売になる。
回復薬と石鹸だけでも僕とアリスなら生計を立てられるくらいには稼げるかもしれない。
まあ、僕は料理人になりたいわけだからそれで生活する気はないんだけど。
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ー遠く離れた地ー
彼は回復薬まで一流のものを作れるの?
本当に底が知れない。
「やはり彼の動向には細心の注意を払うべきですね。」
「はい。こやつは不確定要素が多すぎます。慎重に分析を続けるのがいいかと。」
「ええ。そうしましょう。ですが、彼はお人好しのようですから弱いもののふりをして近づくのも一つの手ですね。」
「お気持ちはわかりますが危険すぎます。」
「もちろんわかっています。しかし、時間をかければかけるほどいいというわけでもありません。動くべきときにはリスクを負って動く必要があります。」
「そのときは誰に?」
「わたくしが向かいましょう。」
「しかし、それはあまりにも…」
「あなたはわたくしが女の子に見えませんか?」
「いえ、そんなことは…」
「もちろん、最大限警戒はします。」
「わかりました。」
早く彼に会いたいな。
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