第3話はじまりの春

魔法。

それは前世ではファンタジー世界の代名詞であり夢で語られる存在でしかなかった。

それがこの世界には実在している。

家にあった研究書によるとこの世界の魔法というものは魔素という物質によって引き起こされるものであり、魔素はすべての生物が持っているものらしい。

ただ、魔素を持っているからといって魔法が使えるわけではないそうだ。

この世界では生物の分類のひとつに魔法が使えるか否かを採用している。

そして、魔法が使えないものを植物や動物と呼んでいる。

そこらへんに生えている草や日々口にするものは基本的に植物や動物だ。

つまり、この世界ではヒトという種族は動物という括りではないらしい。

いきなり前世の常識を打ち砕かれた。

また、研究によると魔素は基本的に2つの原子による分子を作っているようだ。

そしてその魔素分子は2種類存在するようだ。

人間が使用するものとそれ以外が使用するものだ。

前者をヒト型魔素、後者を魔族型魔素と呼ぶ。

これらは反発することが多く、それが争いの火種になることも少なくないようだ。

なぜ反発し合うのかについてはいまだに解明されていない。

前世の知識を利用すると、魔素が一種の分子であるのなら同位体や同素体のような関係なのではないだろうか。

いつか研究してみるのもおもしろいかもしれない。

そういえば、この世界の魔法ってやつは面倒だ。

10個も属性がある。

火、水、風、土、雷、氷、植物、光、闇、治癒。

水と氷とか、土と植物とか、雷と光とか一緒じゃダメなのだろうか。

まあ、それはこの世界の理であって誰かが決めたルールではないのだけど。

ゆっくり慣れていこう。

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僕は6歳になった。

6年間幸せなことばかりだった。

ただ、どうしても体を駆け巡る‘‘何か‘‘が気になる。

恐らく魔素関係のことなんだろうが、むずむずする。

そうだ、瞑想でもしてみよう。

心を落ち着かせ、魔素の流れだけに集中すれば何かつかめるかもしれない。

目を瞑る。

深呼吸をする。

魔素らしきものの巡りを全身で感じる。

すると今まで以上にハッキリの体の中を何かが動いているのを感じる。

どうやら僕の予想通り身体中を巡っていたのは魔素だったようだ。

さらに集中する。

魔素の流れをコントロールしようと試みる。

右手、左手、頭。

完璧!成功だ。

次は心臓に集めてみよう。

魔素が心臓に近づく。

次の瞬間、心臓が熱くなった。

何だろう。苦しくはない。

魔素がだんだん身体の中に溶けていくような感覚に包まれた。

もともと身体の中で感じていたものなのに、さらに内側に。

身体に、心に魔素がなじむ。

ものすごく暖かくて気持ちがいい。

違和感もなくなった。

きっと魔素を自分のものにできたのだろう。

これは魔法を使えるようになるためにこの世界の人間が経験することなのだろう。

魔法。

今までは未知のものだった。

不安さえ感じていた。

でも、いざ使えると思うとワクワクしてきた。

せっかくだからたくさん練習しよう。

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日々父を見ていると、この集落の人たちからの信頼が見て取れる。

人柄の良さももちろんだが、実力をかなり信頼されているようだ。

一体どんなものなんだろう。

気になる。

毎日知的好奇心がそそられる。

日に日に知識欲が強くなる。

父の実力を見てみたい。

その日もそんなことばかり考えながら父を見ていたが。

だんだん視界がぼやけてきた。

目が悪くなってしまったのだろうか。

この世界に眼鏡やコンタクトというものはあるのだろうか。

そんな事を考えていると、視界は元に戻ってきた。

なんだ。ただ疲れていただけだったようだ。

そう思って父のほうを向き直すと、父の頭上に文字や数字が見えた。

パワー428、魔力量3500、敏捷性207…

なるほど。どうやら僕は人の能力を可視化できたようだ。

でも妙だ。

今まで父の能力について数字を使って話しているのなんて聞いたことがない。

これは僕だけ、もしくは限られた人間だけに見えている可能性がある。

こういうとき、人に話したくなる気持ちをグッと堪えて自分だけの秘密にする方が失敗しない。

仮にすごい能力だったとき目立つし、いいように使われるかもしれない。

嫉妬に狂ったやつに殺されるかもしれない。

大きすぎる力を持つヤツやそれをひけらかすヤツは羨望以上に妬みや恨みを買う。

前世の母がそうなっているのを何度も見てきた。

裁判に勝つたび妬まれ、それに悩み、僕に八つ当たりしていた。

まあ、数えられるほどしか勝てていなかったが。

だから、こういうことは人に話してはいけない。

今の家族は信頼している。

憧れていた家族像がそのまま形になったようなものだった。

でも話すわけには行かない。

僕は結局1人だった。

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時が経って僕は15歳になった。

この世界ではもう成人だ。

そして今日僕は旅に出る。

料理人になるために世界中を回って旅をするのだ。

色々な文化に触れて、さまざまな事を学んで成長する。

そして、どんな人でも笑顔にできるような、そんな料理人を目指す。

僕はこの家族が大好きだ。

僕に人の温もりを教えたくれた。

両親にとってはなんて事ない生活だったかもしれないけど、僕にとっては毎日がかけがえのない幸せの連続だった。

そういえば、訳あって引っ越したから今はジャポネー王国本土の辺境で暮らしている。

そのおかげで旅のはじまりはスムーズだ。

これからはじまる。いや、やっとはじまったというべきだろうか。

これは僕が一流の料理人を目指す旅の物語だ。

そうだ、実は僕には誰にも言っていない秘密が3つある。

ひとつは僕が転生者であるということ。

ふたつめは僕は選ばれた人間だということ。

これは旅をしながら詳しく語るとしよう。

みっつめは…

「クックちゃ~ん。荷物ちゃんと持った~?」

おっと、これもまた今度語るとしよう。

「大丈夫。ちゃんと持ったよ。」

なんか普通の親子みたいだ。

が、僕にとってそれは特別なことなんだ。

「ママ寂しいわ。ちゃんと帰ってきてね。」

母さんは半べそだ。

「クック元気でやるんだぞ。」

父さんはなんだか僕よりワクワクしてるように見える。

「もちろん。ちょくちょく帰ってくるし、母さんもそんなに泣かないで。」

「うん。元気でね。」

泣いてるせいで聞き取りづらい。

「それじゃあ、いってきます。」

「いってらっしゃい。」

2人の声に背中を押されて歩み出す。

桜はもう散ってしまったけど、あたたかな春風が僕の冒険のはじまりを告げているようだった。

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