第2話あたらしい世界、あたらしい家族

意識ははっきりせず、目の前は真っ暗で身体中が冷たい。

ああ、僕は死んだのか。

でも、人が死んだらどうなるのか前々から少し興味があった。

もし、天国や地獄というものが本当にあるのなら僕は確実に地獄行きだ。

死んだと言うのに僕は意外と冷静だった。

だんだん胸が軽くなっていく気がした。

不思議なぬくもりを感じ始めた。

なんか、少し明るくなってきた気がした。

「もう少しだ!」

「頑張れ!」

遠くに誰かの声が聞こえる。

とうとうお迎えのようだ。

「産まれる!」

また声が聞こえた。今度はハッキリと。

ん?産まれる?なんかおかしくない?

そのとき急に視界がひらけた。眩しかった。

目の前に巨人がいた。

優しそうな顔で僕を見ている。

30歳くらいかというがっちりとした男だった。

「良かったわ。元気な男の子ね。」

声のほうを見ると、今度は女の巨人がいた。

かなりの美人で年は20といったところか。

もう少し若いかもしれない。

2人との喜びの言葉を繰り返しながら僕を見ている。

地獄の番人という雰囲気ではなかった。

それとも、罰を与える対象を見て喜んでいるのだろうか?

しかし、地獄の番人がそんなに倫理観のおかしなやつなのだろうか?

あるいは、地獄って意外とイージーモードなのだろうか?

なんてことを考えていると違和感に気づいた。

身体中を何か得体の知れないものが駆け巡っている。

むず痒いような感じがする。

特に胸の辺りがむずむずする。

少し掻こうと思って手を動かそうとすると、何だかうまく力が入らない。

何とか手を動かした。

あれっ?僕の手小さくない?なんかむくんでるし。

「おかしいわねぇ。」

ふと我に帰る。女の巨人が僕の方を心配そうに覗き込んでいる。

「私たちのかわいいベイビーちゃん全然泣かないわ。」

ベイビーちゃん?

巨人、僕の手の小ささ、状況を整理しよう。

と、その前に今は泣いたほうが良さそうだ。

「うわーん。」

泣いたのなんていつぶりだろう。

前世では小さいうちに泣くのなんて無駄だと思い知らされたから。

「よかった。元気に泣き出したわ。」女の巨人は安堵の表情を浮かべる。

「もしかしたら産まれたことにきずかなかったのかも。母親譲りの鈍い子かも知れないね。」男の巨人が微笑む。

ん?母親?

「やめてよあなた。ベイビーちゃんの前ではしっかり者のママでいるって決めてるんだから。」女の巨人は笑いながらそんなこと言う。

あなた、ママ、なるほど、僕は生まれ変わったれしい。

体つきがしっかりしていて明るい父親。

笑顔が絶えないがどこか抜けてる母親。

2人とも優しそうだ。

ここなら前世で憧れた家族というものに出会えるかもしれない。

でも、いいんだろうか。

前世で僕は何人もの人を殺め、不幸にした。

そんな僕が幸せになるなんて許されるのだろうか。

まあ、とりあえず様子を見ながら生きてみよう。

それにしてもこの男、どうやってこんな若くて綺麗な女を引っかけたのだろう。

金持ちなのだろうか。

いわゆるデキちゃった婚でないことを祈るばかりだ。

流石にまた望まれていない子供というのは辛いから。

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それから少し経って僕は5歳になった。

その間、家にある本を読んだりこの夫婦を観察したりしたことでこの世界のことやこの夫婦のことがつかめてきた。

この世界には魔法があり、魔獣をはじめとした前世とは全く異なる生態系が存在する。

文明レベルは前世の方がかなり発展している。

魔法の存在によって科学の発展が遅れているのだろう。

まあ、この世界で前世の科学がどこまで通用するかは分からないが。

また、地理的なことについてはこの世界は10の国からなる本島と呼ばれる島とその周辺の小さな島々でできているということがわかった。

僕が生まれたのはディサペア島という島で、本島最東端に位置するジャポネー王国に属する島だ。

ジャポネー王国というのはこの世界では学術国家として有名らしい。

おかげで片田舎の一般人の家にも結構な数の本が置いてあった。

父はどうやら冒険者というものらしく何年か前に王都でCランクに昇格し僕たちが住んでいる地域の守人(もりびと)の資格を得たらしい。

守人というのは特定の地域でそこに住む人々を守る責任を負うかわりに冒険者の育成や簡単な統治が許される役職のことだ。

Cランクだと50人未満の集落でしかその活動ができないけれど、僕たちのいる集落はそんなに人がいないから父はこれ以上昇格する気は無いらしい。

噂ではBランク級の実力があるらしいが、まあ何でもいい。

母は天真爛漫という言葉かよく似合う女性で家事全般が得意だった。

特に料理は前世で食べた何より美味しいものが毎日のように出てきた。

僕にとっては毎日記念日なのかと言うほど幸せだった。

もしこの世界ではこれが普通というなら、なんて素敵なことだろう。

夫婦の仲は息子の僕から見てもかなりいい。

新婚というか付き合いたてのカップルみたいな距離感だ。

前世とのギャップは凄まじかった。

少しウザいくらいだ。

どうしてちょうどいい距離感の夫婦の元に産まれられなかったのだろう。

まあでも、悪い気はしなかった。

ただ、母親には驚かされた。

前世の基準だと制服を着ていても違和感のないような見た目なのに、もう28歳だった。

2人はなかなか子供ができずに悩んでいたらしい。

正直、初めて魔法を見たときよりも衝撃的だった。

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そういえば、僕の名前はクック。

クック・フレリアンだ。

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