僕、異世界で料理人を目指しています。
葉巻
冒険の旅路編
第1章始まりの物語
第1話プロローグ~前世の僕~
苦しい、痛い、辛い。
僕にとって家とは、家族とはそういうものだった。
だから壊した。僕の人生ごと。
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もの心が着いたときにはもう両親は僕の敵だった。
政治家の父と弁護士の母のもとに僕は生まれた。
いわゆる親ガチャという考え方に照らし合わせれば、他人からはさぞ大当たりに見えただろう。
その上、父は人工中絶に対して批判的な姿勢をとっている事で地元ではそこそこ有名だった。
母もその考えに賛同していて、結局結婚までしているのだから、自分の子どもにはさぞ優しい家庭なのだろう。
だが、現実は違った。
彼らは仕事が忙しい事を理由に子どもを作ろうとはしなかった。
が、出来てしまった。それが僕、睡蓮冬落(すいれんふゆと)だ。
人工中絶反対の立場を示している手前、彼らに選択肢はなかった。
結論から言えば、彼らの子供は要らないという判断は正しかった。
そもそも2人とも忙しかった。
政治家なんて基本叩かれている。
弁護士だって裁判が思うように進まなければ文句を言われる。
そうして日々精神をすり減らしている2人にとって、子ども、つまり僕はかなり邪魔な存在だったことだろう。
こんな状態でまともな子育てなんてできる訳がなかった。
彼らは僕を見ると明らかに嫌そうな顔をする。
ときには暴力を振るう。
「なんで産まれてきたの?」なんて怒号、もう何度聞いただろう。
それが僕にとっての家、家族だった。
小さい頃の僕はとにかく彼らが怖かった。
彼らの気に触らないように家では全力で空気になった。
毎日必死で涙や震えを堪えようとしていた。
目を合わせないよにずっと下を向いていた。
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しかし、その恐怖は次第に怒りへと変わっていった。
確か、小学4年生の頃だったか、僕はいつか彼らを殺すと決意した。
そう考えるようになってから毎日が変わった。
いろいろな本を読み、さまざまな知識を蓄え、体の使い方を学んだ。
中学になると体を鍛えた。
そのおかげで勉強やスポーツはかなりできるようになっていた。
最も、目立つことが嫌いだったから、そこそこの成績という評価の域は出ないように実力は隠した。
どうでもいいことだが、その頃から両親の僕に対する姿勢は変わり始めていた。
僕に期待し始めたのだ。
本当に都合のいい奴らだ。今思い出しても腹が立つ。
彼らは本当に醜い人間だ。正真正銘のクズだ。
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そして今、大学受験を目前に控えた2月、僕はついに念願を果たした。
家の中は散乱している。
食器やガラスの破片が散らばり歩くたびに足の裏に傷ができる。
きっと血が出ているのだろうが、そもそも部屋中に彼らの血が飛び散っているため、もうどれが自分の血かわからない。
父は「何をするんだ!」とか「やめろ!」とか怒鳴るように叫んでいた。
それを見ながら母は何度も「やめて」と泣き喚いていた。
バカバカしかった。
今まで僕が我慢していた怒りや恐怖はそんなものじゃない。
ムカついて死体を蹴った。包丁で刺したり、唾を吐いたりした。
何度も何度も。
しかし、何をしても僕の心は晴れなかった。
僕にとってはやっとの思いでつかみ取った人生のゴールのような日だ。
しかし、それは世間的にとってはある冬の1日でしかない。
街には何の変わりもない。いつも通りの景色、いつも通りの人通り、ごく普通の日。静かに2人の人生と僕の社会的人生が終わった。
ふと耳を澄ます。
つけっぱなしのテレビにはある食品会社のコマーシャルが流れていた。
家族が笑顔で食事をしている。
ああそうか、僕はこんな普通の家族に憧れていたんだ。
あんな両親とでも笑顔を向け合いたかったんだ。
失ってからその大切さに気がつくなんてよく言うけど、こんな人達でも、こんな形でも感じるんだ。
こんな風に思ってしまうのは優しさというべきか、弱さというべきか、わからない。何をするべきなのかも、何がしたいのかも、何もかもわからない。
少し前まで母に向いていた嘲笑が今度は自分に向いてきた。
もうおしまいなんだ。
全部バカらしくなった。どうでも良くなった。
血まみれの包丁を片手に走り出した。
すれ違う人をとにかく切りつけた。
何人切っただろう。そのうち何人殺しただろう。何人の人を不幸にしたのだろう。
もう何も分からない。
ふと前を見ると何人かの警官がいた。
どうやら誰かが僕を通報したらしい。
まあ、当たり前か。
1人の警官が「その凶器を地面に置け」と言っている。
言われたとおり置いてみた。
警官たちが寄ってくる。
きっと僕を捕まえようとしているのだろう。
ウザいと思った。
人間はリミッターが外れるとかなり自分勝手になるらしい。
僕は気づいたら包丁を持ち直し警官の1人を刺していた。
どう考えての無謀なのに僕は警官たちを皆殺しにしようという結論に至り、行動していた。
考える前に体が動いていたなんてヒーローみたいな現象、こんなネガティヴな場面で体験することになるなんて。
なんかちょっと笑えた。
当然、警官たちはピストルを構え発砲する。
何発か当たった。
頭にも当たったようで、頭が銃弾の衝撃に負けて弾かれた。
空が見えた。空なんて見たのいつぶりだろう。けっこう綺麗だった。
体温が下がるのを感じる。
消えゆく意識の中ぼんやりとコマーシャルに出ていた家族を思い浮かべた。
僕にとって包丁はたくさんの人を不幸にした凶器だ。
でも、もしかしたら僕は包丁でたくさんの人を笑顔にできたかもしれない。
家族の団欒を作れたのかもしれない。
もし人生をやり直せるなら、料理人を目指して見ようと思った。
こうして僕、睡蓮冬落の人生は幕を閉じた。
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