第一話:The Silent Conspiracy
ヴェルティリッシュは静かに執務室の扉の前に立ち、片手でドアを軽くノックした。
「失礼します、ヴェルティリッシュです」
その言葉が静かに響き、少しの間を置いてから室内から返答があった。
「入ってきなさい」
ヴェルティリッシュは扉を開け、音を立てないように足音を忍ばせて室内に入る。
部屋の中央にある大きな木製の机に向かって、帝国魔導機械騎士団団長であるマリナ・ヘルメス卿が書類に目を通しており、その姿勢からは、冷徹で知的な雰囲気が漂っていた。
「すでに元帥から話は聞いているわ。詳細な報告をしてちょうだい」
「はい。報告いたします」ヴェルティリッシュは静かに言うと、机の前に立ち、淡々とした口調で報告を始めた。
「魔物の討伐は完了しました」
彼女は続ける。
「魔物についての詳細は以下の通りです。黒い毛並み、青黒い鬣を持ち、金色の瞳を持つ犬型の魔物でした。三体で行動しており、通常の魔物よりも強靭で、かなりの速度と反応速度を持っていました。戦闘時、彼らは連携して行動し、私を包囲しようとしました。どうやら、単なる野生の魔物ではなく、何者かの指示を受けて動いていた様子でした。周囲を探したところ術者がいました。術者は最後に毒を使って自害しました。ヴァルドニア訛りのノルヴェリカ語を使用していました」
ヘルメス卿は静かに顔を上げ、ヴェルティリッシュを見つめる。その眼差しには、心配よりも計算された冷徹さが宿っている。
「なるほど」
ヘルメス卿の声には、無駄な感情が含まれていない。
彼女は少し考え込みながら、続けた。
「ヴァルドニアが魔物を操っている可能性が高いわね。それにしても、術者が自害するなんて、妙なことをしてくれるわ」
ヘルメス卿はしばらく黙ってから、再び言葉を続けた。
「次の任務が来るまで休暇を取っておきなさい。お前はまだ眠ってもいないだろう」
「ありがとうございます」
ヴェルティリッシュは素早く敬礼した。
「それでは失礼します」
ヴェルティリッシュは部屋を後にした。
扉を閉める音が静かに響き、ヘルメス卿は再び机に向かって手を動かしながら、冷徹な目でこれからの未来を見据えていた。
【帝国騎士団本部寮】
昼過ぎ。静かな寮の部屋で、ヴェルティリッシュは二段ベッドの下の段で目を覚ました。
昨日の任務での疲れが残っており、昼過ぎまで寝ていたのだ。部屋の窓から差し込む穏やかな午後の光が、ほんのりと部屋を照らしている。
部屋には机に向かって作業をしている女性がいた。
彼女はエリザベス・アシュフォード。帝国機械騎士団団員であり、ヴェルティリッシュのアルカネイルを整備するアルカネイル整備士だ。おっとりした性格で、母性溢れる優しい女性。彼女はいつもヴェルティリッシュのケアをしてくれる存在だ。
エリザベスは治具の点検をしていた。
その手つきは器用で、まるで機械の一部のように正確だ。目の前に広がる作業台には、ヴェルティリッシュのアルカネイルを調整するための道具が並んでいる。
ヴェルティリッシュが静かに目を開け、少しの間静止した後、ベッドから降りた。
「おはよう、リズ」
彼女は淡々と挨拶をし、部屋を歩きながら体をほぐす。
エリザベスは治具の点検を続けながら、微笑みながらヴェルティリッシュに目を向けた。
「おはよう、リッシュ。昨日というか……今日は大変だったね」
エリザベスはおっとりとした声で話しかける。その優しい瞳はヴェルティリッシュを気遣うように見つめている。
ヴェルティリッシュは無表情で軽く肩をすくめ、再び体を伸ばしながら言った。
「任務の疲れがまだ取れない。今日は少し遅くまで寝てしまった」
エリザベスは微笑みながらも、アルカネイルの調整をするために立ち上がり、ヴェルティリッシュの方に歩み寄る。
「今日もアルカネイルの調整をしておくから、少し待っていてね。前回少し調子が悪かった部分を見直しておくわ」
ヴェルティリッシュは無言でうなずいた。
エリザベスは器用に、ヴェルティリッシュのアルカネイルに手を伸ばしながら言った。
「無理せず、たまには休んでね。あなたはいつも頑張りすぎよ」
その声には、母親のような優しさと温かさがあふれていた。
ヴェルティリッシュは少しだけ微笑み、短く答える。
「ありがとう、リズ」
そして、静かにその手のひらに目を落としながら、アルカネイルの調整を待った。
エリザベスの手際よく進められたアルカネイルの調整が終わり、ヴェルティリッシュは作業台の近くで待機していた。エリザベスが手を洗い終わると、ヴェルティリッシュの方を振り向き、微笑んだ。
「これで大丈夫よ。調子が悪かった部分も修正しておいたわ」
ヴェルティリッシュは無言でうなずき、アルカネイルを確認した。
彼女が指を握りしめた時だった。
グゥ~~~!
ヴェルティリッシュの腹部から、まるで控えめな雷のようにお腹が鳴ったのだ。彼女は無言で腹部に手を当てた。
エリザベスはその音に気づき、クスッと笑いながら言った。
「お腹が空いたんじゃない? だいぶ長いこと何も食べてないみたいね」
ヴェルティリッシュは照れた様子を見せることなく、冷静に言った。
「昼過ぎまで寝ていたから、食事を取る時間を逃しただけだ」
エリザベスはおっとりと微笑んで、作業台の隣にある食料棚から何かを取り出す。
「じゃあ、ちょっとだけ食べようか。元気を取り戻さないとね」
ヴェルティリッシュは何も言わずに頷き、エリザベスが差し出したパンを受け取った。
「ありがとう」
彼女は無表情のまま、しっかりと食事を取る。その姿はいつも通り冷徹だが、少しずつ温かさを感じる瞬間でもあった。
エリザベスも食事をしながら、少し考え込みながら言った。
「でも、次の任務が気になるわね。ヴァルドニアの関与が疑われているとなると、私たちも動く時が来るのかもしれない」
ヴェルティリッシュは食事を終えた後、静かに答えた。
「ヴァルドニア……あの国の動きは予測できない。ただ、次に備えておかなければならない」
エリザベスは軽く頷きながら、また彼女に温かい笑みを向けた。
「それにしても、リッシュ。あまり無理して頑張りすぎないでね。任務が終わったら、少しは休憩を取って」
ヴェルティリッシュは再び静かに答えた。
「わかっている」
その言葉に、エリザベスは少しだけ安心したように微笑んだ。
【カール・ノルウェイン第一魔法科学研究所】
第一魔法科学研究所の静寂を破るように、魔石解析装置のモニターが青白い光を放つ。無機質な画面には、無数の数値と解析結果が羅列されていた。
帝国科学騎士団の団長であるファウスト団長――クラリッサ・ファウストは、モニターを鋭い視線で見つめ、腕を組んだ。
「解析結果が出ました。やはり、この魔石はロンレイ産です。成分の特徴からして、96%の確率で間違いありません」
「ロンレイ……ヴァルドニアの植民地か」
ヘルメス卿が机の上で指先を軽く叩く。
「はい。そして、問題はそこではありません」
ファウスト団長は端末を操作し、解析結果の別ページを開いた。
「この魔石には、魔物の生成術式と、それを制御するための術式が組み込まれています」
ヘルメス卿の瞳がわずかに細まる。
「つまり、ヴァルドニアは魔物を生み出し、それを自在に操る技術を手にしている?」
「その可能性が高いです。そして……この術式を解析したところ、ある興味深い一致が見つかりました」
ファウスト団長は画面を指し示し、慎重に言葉を選んだ。
「七大厄災に関する過去の文献と照合したところ、この術式は殲鋼王エクスマキナの技術と非常に類似しています」
短い沈黙が流れる。
「エクスマキナ……」
ヘルメス卿が静かに呟く。
「黒い合金でできた、戦車三台分ほどの巨体を持つ狼型の魔物。完全なる人工生命体。かつて無数の都市を蹂躙し、鉄と血の災厄とまで呼ばれた存在……」
ファウスト団長の声には、理論的な冷静さの奥にわずかな緊張が滲んでいた。
「その通りだ」
ヘルメス卿は頷く。
「エクスマキナは七大厄災の中でも異質な存在だ。純粋な魔の力ではなく、精密な工学技術と融合した魔導機械生命体。ヴァルドニアがその技術を模倣しているとすれば、何を目的としている?」
ファウスト団長はわずかに息を呑みつつ、慎重に答える。
「ヴァルドニアが七大厄災そのものを再現するのは、現時点では難しいでしょう。しかし、技術の一部を応用し、魔物を兵器化する計画を進めている可能性は否定できません」
ヘルメス卿は静かに椅子に座り直し、指を組んだ。
「……七大厄災の封印が破られたわけではない。しかし、ヴァルドニアが制御を試みているとすれば……」
「もし、彼らが封印を解くこと自体を目的としていたら?」
ファウスト団長が問いかける。
ヘルメス卿は微かに笑みを浮かべた。
「それは、あまりにも愚かで……そして最も恐るべき可能性だ」
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