第二話:The Rusted Warrior
大通りの喧騒の中、ヴェルティリッシュは変わらず軍服姿のまま歩いていた。帝国の威厳を示す濃紺の布地に銀糸で装飾された制服は、街の雑踏にあっても異質な存在感を放っている。彼女の姿を見た市民たちは、尊敬と畏怖の入り混じった視線を送っていたが、当の本人はまったく気にしていない様子だった。
目的はただ一つ――食料の調達。
彼女は食にこだわりがなく、栄養を摂取できればそれでよかった。そのため、食料を買う際も深く考えることはない。目に入った八百屋へと足を運び、棚に並んだ野菜の中から適当に手に取る。
「レタス、一玉」
店主は一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに苦笑しながらレタスを袋に詰めた。
「騎士様も野菜を召し上がるんですね。料理はされるんですか?」
「料理はしない。必要ない」
ヴェルティリッシュはそう答えると、袋を受け取ると同時にレタスを取り出した。そして、そのまま手で外葉をむしり取り、無造作に口へ運ぶ。
店主を含め、周囲の人々が一瞬動きを止めた。
「……えっ?」
「え、食べるの?」
人々の視線が集まる中、ヴェルティリッシュは気にすることなく、ムシャムシャと無心にレタスを齧る。その様子は、まるで果物を食べるかのように自然だった。
「……いや、まあ、生でも食えるけど……味付けとかしないんですか?」
「必要ない」
それだけ言い、さらにもう一口齧る。
店主が若干引いた表情を浮かべる中、近くを通りかかった子供が母親に尋ねた。
「ねえ、お母さん、騎士様ってレタス丸ごと食べるの?」
「しっ、見ちゃいけません!」
周囲のざわめきをよそに、ヴェルティリッシュはレタスを片手に持ったまま歩き出す。特に満足そうな表情を浮かべるわけでもなく、ただ咀嚼しながら通りを進むだけだった。
しかし、次の瞬間――。
遠くで悲鳴が上がった。
ヴェルティリッシュの動きが止まる。
騒ぎの発生源を探ると、大通りの少し先で数人の男たちが露店を襲っていた。粗雑な革の鎧を身にまとい、武器を手にした男たちは、露店の商人を威嚇しながら金品を奪い取っている。
盗賊――それも、ただの無頼漢ではない。
ヴェルティリッシュは無言のまま、ゆっくりとレタスを最後の一口まで食べ終えた。
次の瞬間、彼女は音もなく影のように動き出した。
ヴェルティリッシュは無音のまま、盗賊たちへと歩み寄った。彼らは未だ騒ぎに夢中で、こちらに気づいていない。手慣れた動きで露店から金品を奪い、抵抗する商人を殴りつける。その様子を見ても、ヴェルティリッシュの表情は変わらない。ただ静かに、距離を詰めていく。
やがて、一人の盗賊が彼女の存在に気づいた。 「おい、なんだぁ? 騎士様がこんなところに……」 男の言葉が終わる前に、ヴェルティリッシュは踏み込んだ。
鈍い衝撃音が響く。 彼女の掌底が盗賊の顎を正確に捉え、男の体が浮き上がるように吹き飛んだ。無駄のない動き、力の配分、すべてが計算され尽くした一撃だった。
「な、なんだこいつ!」 「騎士団か!? くそっ、やれ!」
残った盗賊たちが一斉に武器を構える。しかし、ヴェルティリッシュは微動だにせず、淡々と彼らを見つめるだけだった。
「……悪いが、貴様たちを殺すつもりはない。抵抗をやめ、武器を捨てろ」
威圧感のある言葉。しかし、盗賊たちは従う気配を見せない。
「やかましい! やっちまえ!」
次の瞬間、一人の盗賊がナイフを振り下ろした。 ヴェルティリッシュは軽く身を捻るだけでそれを回避し、手首を掴む。そのまま関節を極め、わずかな力で男の体勢を崩す。
「ぐっ……がああっ!」
悲鳴とともにナイフが地面に落ちる。続けざまに膝蹴りを叩き込み、男を昏倒させた。
残る盗賊たちは明らかに動揺している。
「く、くそっ! 逃げるぞ!」
数人が慌てて路地へと駆け出す。ヴェルティリッシュはそれを見送った
すぐに騎士団の部隊が到着し、彼女が拘束した盗賊たちを回収していく。
しかし、まだ終わりではなかった。
「……逃げる先があるということか」
彼女は目線を上げ、迷うことなく屋根へと飛び上がる。軽やかに建物の上へと移動し、屋根伝いに影のように盗賊の追跡を開始した。
繁華街の喧騒を抜け、闇へと紛れるように逃げる盗賊たち。しかし、彼らは知らない。頭上の屋根の上を、獲物を狩る狩人のように静かに追う存在があることを。
屋根から屋根へ、ヴェルティリッシュは無駄のない動きで飛び移る。重力すら意に介さぬかのような身のこなし。地上を走る盗賊たちは足音を立て、時折周囲を警戒しながら進んでいるが、彼女の存在には気づかない。
どこへ向かうつもりなのか。
やがて、彼らは市街地を抜け、人目につかぬ外れの一角へと足を踏み入れた。ヴェルティリッシュは屋根の影からその様子を見届ける。
盗賊たちは古びたコンクリート造りの建物の扉を開け、その奥へと消えていった。
ヴェルティリッシュは屋根の上で微かに息を整え、一度視線を周囲へと巡らせる。人気はない。闇に包まれたその場所には、かつての繁栄の名残すらなかった。
彼女は静かに地面へと降り立つ。
そして、一歩を踏み出した。
ヴェルティリッシュは音もなく廃墟の扉を押し開いた。油の切れた蝶番が軋みそうになるが、ギリギリのところで動きを制御する。薄暗い内部には、かつての研究施設の名残が散乱していた。崩れた棚、壊れた試験管、壁に貼られたままの古びた報告書。埃の舞う空気の中、彼女は静かに足を踏み入れた。
遠くから、かすかな話し声が聞こえる。 警戒の薄い見張りが何人か配置されているようだ。
ヴェルティリッシュはゆっくりと廊下を進み、壁際の影に身を潜める。やがて、一人の男が巡回のために通路へと現れた。片手には短剣を提げ、口元には気の抜けた笑み。危機感はない。
その瞬間、影が動いた。
ヴェルティリッシュは無音で間合いを詰めると、迷いなく手を伸ばした。男の口を片手で塞ぎ、もう片方の手で首筋を正確に突く。窒息と同時に意識を刈り取られた男の体が弛緩する。静かに床へ横たえ、その手から短剣を奪う。
これで武器は手に入った。
短剣を軽く回し、重さを確かめる。バランスは悪くない。彼女は無駄のない動きで再び闇へと消えた。
先へ進むと、奥の部屋で二人の盗賊が話している。
「最近の獲物はどうだ?」
「大したもんじゃねえな。だが、明日には大物が……」
その言葉を最後に、静寂が訪れる。
ヴェルティリッシュは背後から忍び寄り、短剣を一人の喉元へ突き立てた。苦悶の声すら上げさせず、ゆっくりと倒れる男。もう一人が驚いて振り向くよりも早く、ヴェルティリッシュは彼の足を払って転倒させ、喉元にナイフを突きつけた。
盗賊の瞳に映るのは、感情のない紫色の双眸。
「……っ、ぐあ……」
短い悲鳴とともに、ナイフが喉元を裂いた。息絶えた男の身体が微かに痙攣し、やがて動かなくなる。
ヴェルティリッシュは血に濡れたナイフを静かに拭い、さらに奥へと進む。
薄暗い通路の奥に、数人の盗賊がいる気配がする。
(あと、何人か)
彼女は素早く壁沿いに身を隠し、次の獲物を狙う。
音を立てずに、一人ずつ静かに仕留めていく。
影のように動き、夜の獣のように忍び寄る。
血の匂いだけが、静寂の中に広がっていった――。
ヴェルティリッシュは静かに廃墟の奥へと進んでいった。影のように動き、瞬く間に盗賊団の下っ端を始末していく。短剣が闇を裂き、喉元を穿つたび、血の匂いが微かに漂ったが、誰一人として悲鳴を上げる間もなかった。
やがて、彼女は最奥の研究室の前に辿り着いた。かつての施設の中心であり、盗賊団のリーダーたちの根城となっている場所だ。
扉の前で足を止めた。
空気が淀み、異様な気配が漂う。
ヴェルティリッシュは扉に手をかける。ひと呼吸置き、静かに押し開くと、古びた照明の下に六つの人影が浮かび上がった。
中央に座るのは、盗賊団のリーダーである男。精悍な顔立ちに、鋭い眼光。黒いコートを羽織り、脚を組んでヴェルティリッシュを見据えた。
「……誰だ?」
彼の周囲には五人の幹部が控えていた。それぞれ武器を手にし、警戒の色を見せる。
短気そうな男が低く唸る。
「おい、何者だ? 何でここにいる?」
別の幹部が、冷や汗を拭いながらヴェルティリッシュの姿を見つめる。
「まさか……噂に聞く“冥刻の神機士”か?」
ヴェルティリッシュは無言のまま、静かに部屋へ足を踏み入れた。
狡猾そうな男が目を細め、リーダーへと囁く。
「どうします? 一人とはいえ、ただの侵入者とは思えません」
リーダーは苦笑しながら椅子から立ち上がった。
「妙だな……。こんな奥まで来て、生きて帰れるつもりか?」
ヴェルティリッシュは短剣を構え、冷たく告げた。
「お前たち全員を逮捕する、場合によっては殺すことになるが……」
その瞬間、短気な幹部が激昂し、剣を抜いて飛びかかった。
「クソッタレが! やってやる!」
ヴェルティリッシュは一歩踏み込み、鋭い動きで短剣を振るう——戦いの幕が開いた。
ヴェルティリッシュは無言のまま短剣を構えた。
それを合図にするように、短気な男が戦斧を振り上げ、吠えるように突進する。
「お前みたいなガキにやられるかよォッ!」
ヴェルティリッシュは静かに足を引き、迫りくる戦斧の軌道を冷静に見極める。次の瞬間、重厚な一撃が床を砕いた。
「ちっ……!」
振り下ろした刃が空を切る。その刹那、ヴェルティリッシュの影が消えた。
「——なっ?」
背後から斬撃が走る。男の首筋に銀閃が閃き、彼が何かを言う前に血が噴き出した。
「が……!」
膝を突く間もなく、バークの体が崩れ落ちる。
残った幹部たちは、一瞬の沈黙の後、即座に動いた。
「全員で囲め!」
槍の男が叫び、四人の幹部が統率の取れた動きでヴェルティリッシュを包囲する。
「さすがに一人ではどうにもならんぞ」
双剣の男が弧を描くように刃を構えた。
次の瞬間、四方から連携攻撃が始まる。
槍が鋭く突き出され、双剣が風を切る。拳銃の銃口が火を噴き、大剣が地を裂くように振り下ろされた。
ヴェルティリッシュはその猛攻を、ギリギリの間合いで紙一重に避け続ける。
槍の突きが空を裂く。
ヴェルティリッシュは僅かに身を捻り、槍の軌道を躱すと、即座に槍の柄を蹴り上げた。
「ぐっ……!」
バランスを崩した槍の男の懐へ踏み込み、短剣を振るう。
鋭い一閃が鎖骨を裂き、男が呻き声を上げる。
「くそ、囲んでるはずなのに……!」
だが、ヴェルティリッシュは既に次の標的へと動いていた。
双剣の男が二刀を翻しながら距離を詰める。彼の動きは流れるように速く、ヴェルティリッシュの反撃を避けるように立ち回る。
「この速さなら……!」
だが、彼の剣がヴェルティリッシュに届く前に——その手首に短剣が突き刺さった。
「ぐあっ!」
双剣の男が剣を落とし、膝をつく。そこにヴェルティリッシュは追撃を仕掛ける。
次々に仲間が倒される中、大剣の男が吼えた。
「こいつ……!!」
彼の大剣が唸りを上げ、ヴェルティリッシュへと振り下ろされる。
だが、その瞬間——
「——そこまでだ」
静かな声が戦場に響いた。
盗賊団のリーダー、ゼスティオンが椅子から立ち上がる。
「随分とやってくれたな……」
ヴェルティリッシュは短剣を下ろし、目を細める。
「お前が、この盗賊団の頭目か」
「そうだよ」
ゼスティオンの両腕が機械音を立てる。彼の体のほとんどはアルカネイルに置き換えられており、今、その表面に赤黒い魔力が脈動し始めていた。
「さて、元軍人の意地……見せてやるか」
次の瞬間、ゼスティオンの体が閃光のように動いた。
ヴェルティリッシュは反射的に身を翻す——だが、一撃。
彼の拳が轟音を立てた。
ヴェルティリッシュは両腕で防御していたが、その衝撃で彼女の体は大きく弾き飛ばされた。彼女は空中で宙返りをして着地した。
「なかなかやるな」
ゼスティオンは笑っていた。
「俺の一撃を喰らって、無傷とはなかなかやるな。お前たち! 三人でこいつを仕留めるぞ」
「了解」
「御意」
二人の幹部がゼスティオンの命令に返事をした。
「行くぞ!」
ゼスティオンの拳が閃き、雷撃の魔法がヴェルティリッシュを襲う。空気が焦げる音が響く中、彼女は軽やかに身を翻して回避した。その刹那、後方から大剣の男が強烈な一撃を振り下ろす。
ヴェルティリッシュは床を蹴り、僅かに身を引くことで剣筋を外す。しかし、それは大剣の男の狙い通りだった。退いた瞬間、二丁拳銃の男が待ち構えており、銃口が彼女を正確に捉えていた。
「貰った!」
乾いた銃声が響く。だが、ヴェルティリッシュの姿は既にそこにはなかった。
銃弾が空を裂く直前、彼女は瞬時に重心を落とし、床を滑るように移動していた。そして、回避と同時に短剣を逆手に構える。次の瞬間、彼女は流れるような動きで二丁拳銃の男に迫った。
「なっ……!?」
驚愕の表情を浮かべる男の喉元に、ヴェルティリッシュの短剣が突き立つ。一撃、即死。
血が噴き出す中、彼女は素早く姿勢を低くし、大剣の男の間合いへと滑り込む。大剣を振るうための隙を突かれた男は防御が間に合わず、ヴェルティリッシュの短剣が正確に心臓を貫いた。
「が……!」
巨体が崩れ落ちる。だが、ヴェルティリッシュの動きは止まらない。すでに彼女の視線はゼスティオンへと向いていた。
「ほう……」
ゼスティオンが低く唸る。彼の冷たい視線が、倒れた仲間たちに一瞥をくれる。しかし、その表情には焦りはない。むしろ、これまで以上に鋭く、危険な気配を孕んでいた。
「さすがに、やるな」
ヴェルティリッシュは無言のまま、血に染まった短剣を軽く払う。そして、ゼスティオンは微かに口角を上げ、構えを変えた。
ゼスティオンのアルカネイルが雷光を帯びる。
ヴェルティリッシュの視界が一瞬、閃光に包まれた。次の瞬間、ゼスティオンが踏み込み、稲妻を纏った拳が彼女の懐へと突き込まれる。
ヴェルティリッシュは即座に体を捻り、紙一重で回避した。
しかし、その刹那——ゼスティオンのもう片方の腕が鋭く薙ぎ払われる。
ガギィンッ!
短剣が砕け散った。ゼスティオンのアルカネイルに打ち砕かれたのだ。
ヴェルティリッシュは即座に後方へ跳び距離を取る。しかし、ゼスティオンは追撃を止めない。床を焦がしながら疾走し、雷の奔流と共に拳を振るった。ヴェルティリッシュは咄嗟に腕を交差させて防御するが、衝撃は骨を軋ませ、体を吹き飛ばす。
「どうした、もう終わりか?」
ゼスティオンが冷笑しながら歩み寄る。ヴェルティリッシュは素早く起き上がり、深く息を吐いた。
武器は失った——だが、問題ない。
ゼスティオンの雷撃が再び炸裂する。ヴェルティリッシュは紙一重で避けながら、一気に懐へと踏み込んだ。瞬間、鋭い蹴りをゼスティオンの顎へと叩き込む。しかし、ゼスティオンは寸前で腕を上げ、ガードする。
「ハッ……いい蹴りだが、軽いな!」
ゼスティオンの膝がヴェルティリッシュの腹部を狙う。彼女は素早く回避しつつ、逆にゼスティオンの膝を掴み、その勢いを利用して体を捻る。
ゼスティオンの巨体がわずかに傾く——好機。
ヴェルティリッシュは一気にゼスティオンの肩へと跳び乗り、彼の首を極めようと腕を巻き付ける。しかし、ゼスティオンはアルカネイルを爆発的に駆動させ、雷撃を纏ったまま後方へ倒れ込んだ。
「っ……!」
ヴェルティリッシュは咄嗟にゼスティオンの肩を蹴り、体勢を整えて跳び退く。
「ほう……なかなかやるじゃないか」
ゼスティオンのアルカネイルが高鳴る。彼の体を雷光が包み込み、戦場の空気が張り詰めた。
ヴェルティリッシュは拳を握り直し、一歩踏み込んだ。
ゼスティオンの電撃を纏った拳が空を裂き、ヴェルティリッシュへと迫る。しかし、彼女はその一撃を軽やかにかわした。
ゼスティオンは間髪入れずに踏み込み、さらに拳を繰り出す。雷を帯びた蹴りが床を焦がし、拳が空を震わせる。しかし、ヴェルティリッシュは一切の攻撃を受けず、紙一重の動きで避け続けた。
「……チッ、よく動くな!」
ゼスティオンは苛立ちを滲ませながら、さらに速度を上げる。しかし、ヴェルティリッシュの動きは変わらない。最小限の動きで攻撃を見極め、当たることなく舞い踊るかのように回避を続けた。
その様子を見ながら、ゼスティオンの額に薄く汗が滲む。彼は自身のアルカネイルに刻まれたクロムナイトがじわじわと熱を持ち始めていることに気づいた。
(……クソ、長くはもたねぇな)
ヴェルティリッシュは冷静だった。彼女はゼスティオンのアルカネイルの特性を理解していた。自身もかつて、アルカネイルに魔法を纏わせて戦った経験がある。強力な力を得る代わりに、クロムナイトは徐々に熱を帯び、限界を超えれば冷却の時間が必要になる。
ゼスティオンが焦るのを待つ。
彼が動けば動くほど、その腕は自身を蝕んでいく。
「……時間の問題だな」
ヴェルティリッシュは、無駄な攻撃をせず、ただゼスティオンを観察しながら動き続けた。
「貴様ッ……!」
ゼスティオンは怒りと焦燥を滲ませながら拳を振るう。だが、その動きには先ほどの切れがない。
その瞬間を、ヴェルティリッシュは見逃さなかった。相手のアルカネイルに纏われた雷撃は、すでに限界を迎えつつある。クロムナイトの部分が赤熱し、過剰なエネルギーの負荷に軋む音を上げていた。
ゼスティオンは息を荒げながらも、なお拳を構える。
「……まだだ!」
だが、ヴェルティリッシュは一歩も動かず、彼の様子を見極めていた。すでにゼスティオンの動きは鈍くなっている。魔法を纏ったアルカネイルを長時間使うことは、使用者の負荷を大きくし、装甲自体の限界をも引き起こす——彼女はその事実を知り尽くしていた。
そして、ついにその瞬間が訪れる。
ゼスティオンが次の攻撃を繰り出そうとした刹那——
ヴェルティリッシュのアルカネイルが炎を纏い、掌から燃え盛る火焔が解き放たれた。
「ッ……!!?」
炎の奔流がゼスティオンの腕を包み込み、クロムナイトの表面がさらに過熱される。熱膨張によって装甲の接合部分が軋み、亀裂が走る。ゼスティオンは必死に体勢を整えようとするが——
「ぐっ……あぁ……!」
次の瞬間、限界に達したアルカネイルの装甲が弾け飛んだ。
ゼスティオンの両腕が砕け、両脚が軋みを上げながら崩壊する。彼はもはや立ち上がることもできない状態となった。
「はぁ……はぁ……」
ゼスティオンは荒い息をつきながらも、必死にヴェルティリッシュを睨みつける。
「殺せ……! 命など惜しくはない。捕まって恥をさらすなら死んだほうがましだ!」
しかし、ヴェルティリッシュは短く答えた。
「殺さない」
ゼスティオンの瞳が驚きに揺れる。
「……お前は犯罪者として帝国の裁きを受けてもらう」
ゼスティオンは歯を食いしばりながら気絶した。
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