第5話 妻の哲学と夫の探求―絵姿が導く新たな地平

久しぶりに二人でゆっくり過ごせる日。


桜はその役目を終え、次に舞台に立つハナミズキが小さな光をまとって揺れている。その姿はまるで何かを待ち望むようで、心の奥に潜む問いを刺激してくる。


自然の移ろいの美しさに癒されながらも、私の思考は昨日の勉強会の余韻から抜け出せずにいた。


「昨日のことなんだけど…。」


私は切り出した。


「絵姿で、ご神示という言葉が出てきたけど、もっと詳しく教えてほしい。」


良江は一瞬、何かを迷うように目を伏せた。しかし、すぐに顔を上げ、静かに微笑んだ。その微笑みは優しく、それでいてどこか覚悟のようなものを湛えていた。まるで、この質問を投げかけることを予測していたかのように。


「ご神示はね…、簡単に言うと、絵姿が具体的な問いをするものなら、ご神示はYESかNOで尋ねるものなの。」


良江はコーヒーカップを手に取り、ゆっくりと口をつけた。その仕草には確信と慎重さが同居していた。


「昔から、神は人々にコンタクトを取り続けてきたわ。それは夢の中だったり、自動書記だったり、あるいは乗り移りのような形で現れることもあるの。」


私は頷きながら、昨日の勉強会で見た絵姿を思い出していた。


「じゃあ、昨日の絵姿に描かれていたものも、ご神示の一つというわけだね?」


良江は少し考え込むように視線を落とし、それからゆっくりと答えた。


「そうね…ただ、ご神示は受け取る人の心の状態によって意味が変わることもあるの。だからこそ、解釈には慎重にならないといけないのよ。」


私はその言葉を噛み締めながら、昨日の絵姿を思い浮かべた。それに込められた意味を、もっと深く知りたくなった。


講師が岡山の勉強会を「方向の大きな建物」と結びつけた理由を尋ねても、良江は明確な答えを示さなかった。ただ、彼女の表情には何かしらの確信があり、病気と何か関係があるのではないかと私には思えた。


「どうして岡山なんだろう…。君の病気とその勉強会に何の繋がりがあるというんだい?これが偶然の一致ではなく、本当に道しるべなら…。いや、それでも確信には至らない気がする。」


自分でも混乱している気持ちを抑えきれずにそう尋ねると、良江は一瞬黙り込んだ。その瞳がわずかに揺れたのを見逃すことはなかった。


「私もね…全部がはっきりとわかっているわけじゃないの。ただ、私も心の底から岡山の勉強会だって感じたのよ。」


その言葉は私の心をさらにかき乱した。「感じる」という曖昧な答えは、私の求めている解釈には程遠いものだった。


しかし、もやもやとした感情の中で、私は思い出していた。二人で悩んできた日々の中で、何か答えがほしいと切望していたことを。


岡山の勉強会がその答えにつながるのだろうか?あるいは、また別の新しい迷宮への入り口なのだろうか?


「講師は私がご神示を使えるようだと言っていたけど、どういう意味なんだい?」


良江は少し座り直し、私の顔を真剣に見つめた。


「ご神示はね、ただ質問するだけじゃないの。心から神に問いかける覚悟と、純粋な意図が必要なの。」


彼女の言葉には、これまでにない重みがあった。私の悩みや疑念を見透かすように、静かに話を続ける。


「方法を教えるわ。まず、心を落ち着けて、深く息を吸って。それから、右手の人差し指に意識を集中させてみて。」


私は少し戸惑いながらも、良江の指示に従うことにした。何か不思議な感覚が訪れるのではないか、という期待と不安が入り混じった気持ちだった。


「質問を心の中で静かに神に伝えるの。『YESかNOでお答えください』とお願いすることが大切。」


良江の指導を受けながら、私は試みた。「岡山に行く必要がありますか?」という問いを胸に。


やがて、静寂の中で、部屋の空気がわずかに変わったような気がした。


右手の人差し指が、自分の意思とは関係なく、ゆっくりと動き始めた。まるで見えない力が指先に流れ込んでいるようだった。空気がわずかに揺れ、何かが確かにこの場に存在しているような感覚がした。


驚きと喜びが交錯しながらも、私は言葉を失っていた。


答えが届いたような気がしたが、同時に、これは偶然なのか、それとも本当に神の答えなのか?本当に神からのものだと確信できるのだろうか?


良江に見透かされているような気はしたが、彼女はただ静かに見守るような視線を向けながら、何か言葉にはできない考えを巡らせているように見えた。


「信じることがすべてよ。

   答えは、あなた自身の心が受け取るものだから。

   そして、その答えをどう生かすかは、あなた自身に委ねられているの。」


良江の言葉が静かに響く。


私は自分の指先を見つめた。これが偶然なのか、それとも何かを示しているのか。


それを決めるのは、結局私自身なのだ。


目の前にある答えと向き合う準備はできているのだろうか——。

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