第4話 妻は哲学を選び、夫は導かれる—絵姿が示す道
霧島さんは静かに右手を伸ばし、軽やかに腕を動かし始めた。その動きは、まるで見えない糸に操られているかのようだった。
細く華奢な体が空間に溶け込むように舞い始めると、周囲の空気が微かに震えた。動きのたびに小さな風が生じ、室内の静けさがかすかに揺れ動いているように感じられた。
講師は霧島さんの舞に合わせるように、低く通る声で言葉を紡ぎながら、ホワイトボードに筆を走らせた。文字が次第に埋め尽くされ、黒い線が複雑な図形のように形を作り出していく。
それは単なる言葉ではなく、一種の絵画のように見え、言葉と図形が混ざり合いながら新しい次元を生み出しているかのようだった。
「本人さん、心から神仏に心を向けて、帰依していかれますように。
本人さん、女の方を心から大切に。
本人さん、方向の大きな建物に足を運び教えの勉強を心から大切に。
本人さん、諸天善神背負われてご神示で教えの実践を心から大切に。
本人さん、遠くを見据えて心を解放されて多くの方のお話をよく聞かれ、
お話を一つひとつ教えと照らし合わせること心から大切に。
本人さん、方向のお墓にお参りされること心から大切に。
三宝に帰依。」
霧島さんが動きを止め、一礼すると、そのまま席へ戻った。
静けさが一瞬戻るが、それは平穏というよりも、さらに何かが始まる予兆のようだった。
講師が私の方に向き直り、静かに言う。「これが絵姿です。」
私はホワイトボードに書かれた言葉の羅列を見つめた。「本人さん」というのが自分を指しているのはなんとなく理解できる。しかし、それ以外の言葉の意味はさっぱりわからなかった。
「この絵姿には、今のあなたの進むべき道が示されています。」
講師はホワイトボードを指しながら、言葉を続けた。
「まず大切にする女性は奥様でしょう。そして次に足を運ぶべき大きな建物はこの勉強会です。次回の岡山の勉強会にもいらっしゃい。ご神示が授かれるようなので、その修練を重ね、学びを深めることが重要です。そして最後に“お墓”。これは非常に重要なポイントになるでしょう。」
講師は霧島さんに目を向け、静かに促した。
「霧島さん、ご神示をお願いします。」
霧島さんは頷き、参加者全員に向かって穏やかに声をかけた。
「皆さん、お願いします。」
その瞬間、参加者全員が人差し指を立てて手を挙げた。
それは単純な行為でありながら、空間に妙な緊張感を漂わせた。私はその異様な光景に戸惑いながらも、彼らの行為の意味を掴もうとしていた。
講師が私の顔を覗き込み、微笑みながら言った。
「その通りらしいですよ。」
頭の中で何度も反芻しながら整理を試みた。絵姿とは、神の意図を表す図だと説明された。しかし、この言葉の羅列が何を意味しているのか?家内の病気に関係するのか?それともまったく別の何かを指しているのか?私にはわからなかった。それでも、この絵姿が何か重要な道しるべであることは感じていた。
講師が穏やかに質問を投げかける。
「中西さん、このお墓に何か心当たりはありませんか?」
「……心当たりはありません。」
講師が静かに頷きながら続ける。
「では、一度家系図を作られてみてください。そこから見えてくるものもあると思います。」
その言葉に、頭の中がさらにざわつき始めた。思わず湧き上がった疑問をそのまま口にした。
「この勉強は宗教団体の勉強会なのですか?」
講師は微笑を浮かべながら静かに答えた。
「大正時代に神の代弁者として出現された当来佛が、新生仏教教団をお作りになられました。その教えが今も多くの人に学ばれています。しかし、ここは特定の宗教団体とは関係ありません。有志が集まり、自由に学ぶ場です。」
その言葉を聞き、私の中の違和感が一つ消えた。しかし同時に、新たな問いが浮かぶ。この学びを受け入れるのか否か。
視線を向けると、良江が微笑みながら私を見ていた。その微笑みの中に、答えがあるような気がした。
良江の微笑みは穏やかでありながら力強く、まるで私の迷いを吹き飛ばしてくれるようだった。疑念や迷いはすべて消え去り、ただ彼女とともに進む未来が目の前に広がっていた。
迷う余地はなかった。私は学び、家内と共に歩むことを決めた。
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