第3話

「…その考え方は、異国の宗教のものかもしれませんね。」


教会の神職は養父と私以外にもいる。

先月からここにいるこの人は、私の昔話を聞いて、何かを思い出したようにそう言った。



「…異国の宗教…?」


「えぇ、古い書物で読んだことがあります。『天国というものは、常に来るものを待ち構えている場所ではなく、逝く人を悼み、先が苦しまず過ごせる場所であるようにと願うことで現れる』そんな教えだったかと思います。」


「そうすると、身寄りやあまり知り合いも居ないような方々はどうなるのですか…天国にはいけない…?」


子どもの頃には思い至らなかったことだ。

シスターとして人々と関わる中で、孤独な身の上の人も少なからず居る。そういう人に、天国は現れないのだろうか、と疑問に思ったのだ。彼は、胸に手を当てこう言った。


「…そういう方々のために、私達のような神職がいるのでしょう。その教えをもとに、亡くなった方の身の上がどうであろうと逝く先が今よりいくらかでも苦しみの少ない場所であるように…と微力ながら私達が祈るわけです。」


「私達の祈りでも、天国は現れるのですか…?」


「祈る者が何者であるかまでは、神様はお問いにならないのではないでしょうか?その方への思いの深さは…近しい方に比べればもちろん、及ばないところではあるでしょうが…。なにせ異国の宗教ですから、そんな解釈ではないだろうか…?という程度しかわかりません。ですが、孤独な身の上であるが故に天国にはいけない、というのはあまりに救いがないように思います。そういう時のために神職がある、と私は思いたいですね。」


この人も、今はここにいるけれど、ディアのように、旅を続けて修行をしている身だ。シスターになりたての私では到底及ばない知識を持っている。教え欲しいことが、たくさんあるけれど…。



「でっ…では、来世が楽しいものであるようにする場合、どうするのが良いのでしょうか?」


「来世…ですか?」


「はい、ある方と今世ではもう会えなくとも来世で会いましょうと約束したのです。来世が楽しいものであるように、と祈って下さいました。私は来世で楽しく暮らして、その方とまた出会った時、楽しく生きていると伝えたいのです。」


「なるほど…。」


生まれ変わったらもう忘れてしまってるはずだとか、同じ時に生まれ変わるかはわからないとか…そんなことを言われてしまうかも…それもわかってる。でも…聞いておきたかった。

突飛なことを言ったかと心配になったけれど、彼は、少し考えて静かに言った。


「…とくを積めば良いのでは無いでしょうか?」


「徳…ですか…?」


「徳とは…おこないのことです。世のため人のために、ささやかなことでもコツコツと徳を積むことで、女神様への信仰の証となります。その異国の宗教ではどうなるのかわかりかねますが…貴方が今この教会で神職についている以上、ここのやり方で徳を積んでみてはどうでしょう?それが女神様に伝われば、あるいは…。」


「ありがとうございます!わかりました、徳、ですね。積みます!コツコツ積みます!来世のために!」



そうして、私は世のため人のためにささやかな善行を積み重ねている。…楽しい来世のために。





「アンナ様!アンナ様!」


遠くの方から声が近づいてくる…違う、私が声のする方に近づいている…?


重たいまぶたをなんとか開けると、泣きそうな顔の子どもたちと一緒に、教会の世話係を務めてくれているニコルが私の顔をのぞき込んでいた…。



(…生きて…た?良かった、走馬灯じゃなかった…さすがにまだ…早すぎるもの…。)


安堵で息を吐くと身体中から痛みが走る。


「いった…いたた…何、これ…?」


「まだ痛む?アンナ様、木から落ちたんだよ?」


子猫を助けてと呼びに来た子が、心配そうに言う。


「もっと大きなケガだったんですよ?あの方が受け止めてくださって、大きなケガは治してくださったからこそ、その程度の痛みで済んでいるんです。まったく…無茶にもほどがあります!」


ニコルが、怒ってる…。さっきの顔を見るにつけ、迷惑をかけた…というより心配をかけたことで怒っている…のだと思う。


「ごめんなさい、ニコル…。それで、その、あの方って…?」


謝りはするものの、興味の方が勝ってしまう。

大きなケガを治せるって…なにそれどういうことなのかしら…?


「あの人!あの人だよ!」


もう1人の村の子が奥のソファで横たわっている人を指さす。私より少し年上…かな…?


旅人風の装いをした青年が、ソファから長い足がはみ出たまま、くぅ…くぅ…と規則的な寝息を立てている。


「あの方は…どちら…様なのかしら…?」





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