17 突撃
それから一週間が過ぎ、『黒羽組』への突撃の日を迎えた。
空は重たい灰色の雲に覆われていた。季節外れの冷たい風が、都心のビル街を駆け抜けた。そんな風の中を、警察官の制服を身にまとった男たちが、整然と二列に並びながら暴力団の事務所へと進んでいた。
だがその列の中、およそ三分の一にあたる者たちは、警察官ではなく、『組織』が誇る暗殺者たちだった。
そして、その行進を遠くから見下ろす者がいた。向かいのマンション三階、空き部屋の一室。そこにいたのは、法橋司。そして、彼の側近である二名の部下。
「……始まったな」
法橋は双眼鏡を片手に、窓際に立ち、目を細めた。
玄関先に立ったのは、警視庁の周防警部。玄関チャイムを押し、拳で数度ドアを叩いた。
「警視庁です。家宅捜索に来ました。扉を開けてください!」
しばしの沈黙の後、ドアがガッと開いた。
「家宅捜索です。抵抗せず、手を頭へ、決して動かないで」
張り詰めた声が響くと、室内にいた『黒羽組』の構成員たちは一様に顔をしかめたが、意外にも指示には従った。反抗の素振りはなかった。
家宅捜査は最初、順調に進んだ。捜査員たちは建物内へと入り、備品や書類の押収を開始した。だが、平穏は突如として破られた。
乾いた銃声が、ビルの中に鳴り響いた。その音を聞き、法橋の眼が鋭く細まった。
「……来たか」
その一発が合図だった。突如として、警察官の半数ほどが銃を抜き、『組織』の人間と、何も知らされていなかった警察官たちに向けて発砲を始めた。『黒羽組』の構成員たちも、待っていたかのように反撃の体勢を取った。
ビルの中は、一瞬にして地獄と化した。『組織』の人間たちは事前に話を聞かされていたため、初動で即座に応戦できた。だが、純粋な警察官たちは違った。彼らは背後から撃たれ、反応すらできずに次々と倒れていった。
法橋は双眼鏡を置いた。冷静な声で、無線機を手に取る。
「別動隊、突入を開始せよ」
「了解」
短く、冷たい返事が返った。それは、待機していた『組織』精鋭だけで構成された突入班。彼らは迷いなく突入し、裏切り者の警察官たちと、『黒羽組』の全メンバーを、一人残らず排除していった。血の臭いと硝煙が、雨の湿気と混じって街へと広がっていった。
法橋は窓の外を見下ろし、深く息を吐いた。
「計算通り、だな……」
その横顔には、一片の感情も浮かんでいなかった。
銃撃戦の嵐が過ぎ去ったあと、そこには静寂だけが残っていた。
『黒羽組』の構成員は全滅し、裏切り者の警察官たちも、誰一人として生き残ることはなかった。血と火薬の臭いが室内を満たし、破壊された家具や弾痕の残る壁が、先ほどまでの混沌を無言で物語っていた。
そんな空間の中心に立つのは、『組織』の暗殺者たち。彼らは、沈黙のなかで生き残った警察官たち――裏切っていない警察官たちの後頭部に、銃口が突きつけられた。
「動くな」
低く、感情のない声が飛んだ。
「はい……」
震えながらも従う警察官たちに対し、別の『組織』の者が念入りに身体検査を行った。内ポケット、足首、ベルトの裏まで。すべての武器は回収され、作戦の完全な終結と安全が確認された。
「――回収、完了」
無線で報告が上がると、『組織』の部隊は無言のまま、一人、また一人と現場から姿を消していった。その消え方すら、まるで最初から存在しなかったかのように静かで、影のようだった。
法橋司は『組織』の撤退の報告を聞きながら、背後の部下に指示を出した。
「……警視庁へ繋げ」
「はい」
通信が開かれ、数秒後、画面の向こうに警視庁幹部の顔が映った。
「こちら、法橋。作戦は成功。『黒羽組』構成員、および裏切り者の殲滅が完了しました。これより残りの家宅捜査については、警視庁主導で行ってください」
「了解した。応援部隊を派遣し、現在残っている部隊には撤退を指示する」
画面が切れた。法橋は椅子に背を預け、静かに目を閉じた。
「……終わったな」
ほんのわずかだが、法橋の肩から力が抜けた。
だが、法橋がすべてが終わったと思ったその頃。
血で染まった事務所の床下。その地下にある古びた物置スペースの奥、鉄製の収納棚の裏に隠された、狭い隙間。そこから、音もなく、男がはい出てきた。
黒いコート。傷一つない服装。目だけが鋭く、空気のように気配を消していた。
男――夜燈紡の目が、一面の死の風景を見渡した。銃痕、倒れた死体、焦げた木材の匂い。
彼の口元が、かすかに微笑み
「ここからが本番」
とつぶやいた。
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