10 クラブ
それぞれの動機と、記憶の不整合。そして共通して見られた『存在しない過去』──つまり、誰かに刷り込まれた形跡。そして
「それから、五人は、性格が明るく、社交的で、友達が多く、夜遊びもよくしていました。そして、彼らには共通の行きつけのクラブがありました。」
千利がそう報告すると、法橋は小さくなるほどと頷いた。そして、静かに背もたれに体を預け、視線を千利から天井に移した後、再びまっすぐ千利の目を見た。
「こちらの事情も、少し説明しよう」
その口調は穏やかだが、どこか沈んでいた。
「この裏切り行為によって、我が『組織』の機密情報が流出していてね。その情報を握ったある暗殺組織が、我々の仕事遂行時に奇襲・妨害を行ってくるようになっているのだよ」
言葉の最後に、法橋は苦い笑みを浮かべ、千利は眉をひそめた。彼のような男が苦戦を語る時、それはすでに相当に深刻な状況である証だった。
「それで、上層部はこの暗殺組織とけじめをつけなければならない、ということになったのだ」
法橋は立ち上がり、部屋の窓際へと歩いた。薄曇りの空の向こうに、高層ビル群が並んでいた。
「だが、君もわかっていると思うが、この暗殺組織とは別に、我々の仲間に『存在しない記憶や動機』を植え付け、行動させる敵が存在する。そして、その敵を捕まえること、それがこの件を解決する上で、最も重要だ」
法橋は、ふと何かを押し殺すように目を細め、千利のほうへとゆっくり振り返った。
「わずかな希望には過ぎないかもしれないが、君が言っていた、その行きつけのクラブ、そこへ、調査に向かってほしい」
千利は小さくうなずいた。
「了解しました。すぐに準備します」
千利の声に、法橋は初めて、ほんの少しだけ、安心したような表情を浮かべた。
それから、千利はクラブへ向かった。そこは昼夜が反転したような、粘つくような時間が流れる場所で、正直、千利は好きになれない場所だった。
天井からは紫と青のスポットライトが交差し、巨大なスピーカーからは鼓膜を震わせるほどの低音が流れ、フロアは踊る人々で満ちていた。店の奥にはシャンパンボトルの塔。カウンターには派手な衣装の男女が笑い合い、誰もが自分を演出していた。
千利は、尋問した五人の性格をひとつひとつ思い出し、その人格を一人の仮面に織り合わせるようにして、自らに被った。
明るく、社交的で、誰とでも笑顔で話す男──
そんな人物として、千利は3日間、クラブに通い詰めた。
最初は誰も彼に興味を示さなかったが、2日目の夜にはバーテンダーが軽口を叩き、3日目には常連の何人かと笑いながら乾杯を交わせるようになっていた。
そして、4日目の夜、
「最近よく来てくれますね!」
そう声をかけてきたのは、千利より少し背の高い男だった。染めた髪にルーズなシャツ、控えめなアクセサリー。クラブによくいる、馴染んだ雰囲気の男。だが、その瞳だけが、妙に澄んでいた。
「俺、ここでスタッフとして働いてて、今日はサービスでお酒、おごらせてくださいよ!」
千利は一瞬だけ思考を止め、それから笑顔で応じた。
「是非是非! 一緒に飲みましょ」
カウンターへと並んで歩きながら、尋問した五人と、この男は、何かしらの繋がりがあるかもしれない、と千利は警戒を強めた。
二人は酒を受け取り、少し奥の、人の少ないソファ席へ腰掛けた。周囲の音が、さっきより遠く聞こえる。視界の端には監視カメラがない死角。
男はポケットからタバコを取り出すと、千利に目を向けた。
「タバコ、いいっすか」
「いいですよ!」
千利が笑顔で答えると、男は一本取り出し、火をつけて深く吸い込んだ。その吐き出された煙が、淡いベールのように二人の間に漂う中、男の顔つきが、変わった。
にこやかだった目が、ゆっくりと鋭さを増し、刃物のように千利を射抜いた。その視線は、演技の仮面の奥の千利を真っすぐ見抜いていた。
「あなたは、随分と、演じることが御上手なお方だ。実に興味深い」
見破られたと、千利の心に悪寒が走った。人生で始めてのことだった。だが、その動揺は決して顔に出さなず、千利は演じている人格をそのままに、笑いながら首を傾げて言った。
「え……なんのことっすか?」
その言葉の裏では、千利の思考が全力で回転を始めていた。
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