03 政治家

 車の中は、乾いたタイヤの音と微かなエンジン音だけが響いていた。助手席に座る千利は、隣の運転席でハンドルを握る藤堂にふと問いかけた。

「藤堂さん。……何故、僕らの組織は日本政府と繋がっているのですか?」

 藤堂は少し眉をひそめ、視線を前方の暗い道に向けたまま、しばらく沈黙した。そして、数秒経ってから、あっけらかんとした声で答えた。

「いや、俺程度の下っ端だと、なんで日本政府とコネクションがあるかはわかんねぇな。」

 けれども、藤堂は口角を吊り上げて続けた。

「ただな、こうやって政府と繋がってるおかげで、俺らの殺人はある程度もみ消されるわけだ。つまり、俺らみたいな快楽殺人鬼は心置きなく、殺人を楽しむことができる。そういうこっちゃ。」

 その会話を後部座席で寝そべっていた桜井が、薄く笑って口を挟んだ。

「お前みたいな下っ端は、そんなこと気にせず依頼だけこなしてりゃいいんだよ。」

 その言葉に、千利はまるで汚れたものでも見るかのような冷たい目で桜井を見返した。そして、静かに、しかしはっきりと告げた。

「先輩ほど、知能が低くなければ、普通は所属している『組織』の繋がりぐらい、知っておきたくなるものですよ。」

 ピシリと空気が張り詰めて、桜井の眉がぴくりと動き、怒鳴りつけようとしたそのとき、車が徐々に減速し、停車した。

「着いたぞ。」

 藤堂が短く告げ、三人は車を降り、夜の港に立った。目の前には、今夜の舞台となる巨大な客船がライトに照らされて浮かび上がっていた。

 港には人の流れがあり、スーツケースを持った乗客たちが次々に船に吸い込まれていった。千利はポケットから双眼鏡を取り出し、無言でその流れを観察しはじめた。ターゲットの観察は一番下っ端の役割だった。


 それから約一時間後、千利の視界の中に、サングラスをかけた男が現れた。その男は屈強なSPを三人引き連れ、堂々たる足取りで乗船ゲートへと向かっていった。

「ターゲット、来ました。」

 千利は二人を振り返り、淡々と報告した。藤堂と桜井はガバっと座席から起き上がり、それぞれの双眼鏡を覗き込んだ。

「随分、堂々と入っていくもんっすね。」

 桜井が呆れたように言った。藤堂は頷きながら説明を加えた。

「あの船は構造的に、途中で外から見えないように小型船舶や潜水艦に乗り換えられるようになってる。伊藤啓二はこの船で公然と日本を離れ、途中で北朝鮮の潜水艦に秘密裏に乗り換える気なんだろうな。」

「……つまり、あいつが潜水艦に乗る前に仕留めるしかない、ってわけだ。」

 桜井が呻くように言った。藤堂は深く頷きながら、吐き捨てるように言った。

「あんなに屈強なSPを倒して、ターゲットを殺すのは至難の業だぞ。」

 桜井もその言葉に、渋い顔で頷いた。そんな二人を横目に、千利は心のなかで小さくため息をついた。

 目の前の困難に、興奮して目を輝かせる二人、その姿が、ただ家族を守るためだけに依頼をこなす千利にはどこか、滑稽に映った。

 冷たい夜風が、千利の頬をかすめた。千利は深呼吸をすると、肺に冷たい空気が充満して、彼の心を落ち着かせた。

 千利は、肺の冷たい空気を吐き出し、心の中でよし、と気合を入れて、藤堂たちの後ろをついて、船に向かった。


 客船のタラップを上ると、千利たちを迎えたのは、きらびやかなロビーだった。

絨毯は深紅、壁は磨き抜かれた木材と金の装飾。シャンデリアが夜の海の光を反射し、まるで小さな宮殿のような空間が広がっていた。

「……豪華っすね。」

 蒼が思わず呟いた。その声に、千利もわずかに頷きながらも、ターゲットの動線、逃走経路、監視カメラの位置――心を船内の構造に集中させた。

 そのように意識を集中させながら、三人は人混みに紛れ、自分たちの部屋へと向かった。指定された部屋は中層デッキにあり、豪華ではあるが、目立たない立地だった。

 部屋に入り、千利はドアの鍵をしっかりと閉めると、藤堂が無言で引き出しを開けた。その引き出しには黒い布に包まれた銃が、三丁、並んでいた。

「よし。」

 藤堂は慣れた手つきで銃を取り上げると、桜井、千利に一丁ずつ手渡していった。それぞれが銃を受け取った瞬間、空気がピンと張り詰めた。藤堂は、深呼吸をした後、千利の肩を力強く叩き、にやりと笑った。

「この作戦の肝はお前だ。……頼むぞ。」

 千利は銃を胸元に収め、深くうなずいた。その顔には、もはや年若い少年の面影はなかった。

「いってきます。」

 短く言い残して、千利はドアを開け、廊下へと歩み出た。

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