02 会議

 作戦会議室には、沈黙が満ちていた。蛍光灯の明かりが、須藤千利すどうせんりの黒髪に白く映った。千利は無言で座り、リーダーが口を開くのを待っていた。

 千利が所属するグループは三人の少数精鋭だった。大規模な銃撃戦や正面突破は、彼らの仕事ではなく、ターゲットひとりを、最小限の動きで、静かに、確実に排除する、それがこのチームの存在意義だった。

「次のターゲットについてだ」

 リーダーの藤堂狛とうどうこまが口を開いた。藤堂は年齢不詳の鋭く、感情を滅多に表に出さないが、時折見せる微笑みは、相手に得体の知れない恐怖を与える、そんな男だった。

 藤堂は、二人に資料を配り、ペラリ、と薄い紙が机に置かれた。

 千利が目を落とすと、そこには日本で誰もが見知った顔――有名な政治家、伊藤啓二いとうけいじの写真があった。優しげな笑み。誠実そうな眼差し。日本国民から人気が一定数あり、大臣経験もある政治家であることも納得のいく、そんな感じの見た目であった。

「こいつがターゲットだ」

 藤堂は淡々と言った。

「日本政府からの正式な依頼だ。北朝鮮に向かう途中の船舶で、伊藤啓二を暗殺しろ、とのことだ。」

 千利は資料をめくりながら、胸の奥に微かな緊張を覚えていた。藤堂はさらに続けた。

「ただし、追加の指示がある。遺体を持ち帰れ、だ。日本政府が葬儀を執り行いたいらしい。銃創を開けるのはいいが、身体を引き裂いたり、船を爆破したりは絶対にするな。」

 隣に座っていた桜井蒼さくらいあおが、苛立った声を漏らした。

「無理っしょ、そんなの。船の中で殺して、しかも有名人の遺体を日本に運ぶとか……しかもこいつ、北から見たら情報の宝庫なんだから、絶対プロのSPががっつり守ってますよ。SPを突破して、遺体を無傷で、しかも乗員に気づかれずとか、無理ゲーすぎますって。」


 藤堂はそんな桜井の言葉に、にやりと笑った。それから、千利の肩をぽんと叩いて、話した。

「普通なら、そうだな。ただ、このチームにはこいつがいる。」

 千利は、肩を叩かれてわずかに顔をしかめたが、すぐに小さくうなずき、口を開いた。

「僕が乗客を洗脳します。乗客たちに、伊藤啓二とその護衛たちに『近づきたくない』と思わせます。」

 千利の声は静かだったが、確かな自信があった。

「そうすれば、伊藤啓二たちの周囲に人がいない瞬間を作り出せる。その瞬間に暗殺を実行します。」

 千利の言葉に、室内の空気がわずかに変わった。桜井も、少し驚いた顔をして、口をつぐんだ。しかし、桜井は千利の能力に一瞬でも呆気にとられた自分にムカついて、その苛立ちを発散させるように、千利を睨みつけて

「なんで、下っ端のお前のほうが先に作戦知っとんねん!」

と声を荒げた。その声は静かな会議室に不穏な振動をもたらした。

 しかし、千利はそんな桜井を一瞥し、冷えた目を向けた。そのまま、まるで感情を持たない人形のように、口を開いた。

「すいませんでした。」

 短く、冷たく、ただそれだけを言った。その態度に、桜井の怒りはさらに膨れ上がった。

「その態度が気に食わんねん!」

 叫ぶように吐き捨てると、ドカッと大きな音を立ててソファーに身体を預けた。


 空気が一瞬、重くなった。だが、そんな緊張を和らげるかのように、藤堂が声を上げて笑った。

「蒼、お前、千利に抜かされんようにな。」

 桜井は不貞腐れた顔のまま、舌打ちをした。藤堂はそんな様子にも気に留めず、ポケットから何枚かのチケットを取り出した。

「はい、これ。船のチケットな。なくすなよ。」

 彼はそう言いながら、千利と桜井、それぞれに紙を手渡そた。受け取った千利は、無言でそれを胸ポケットに仕舞った。桜井も無言で受け取り、ふてくされた様子のままそれを握りしめた。

「さあ、行くぞ。」

 藤堂の一言で、三人は立ち上がった。彼らは会議室を後にし、停めてあった黒い車へと乗り込んだ。夜の冷たい風が、彼らを迎えた。

 目指すは、作戦の舞台、静かなる海に浮かぶ巨大な船舶。車は静かにエンジンを唸らせ、暗い道を走り出した。

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