6-2 破壊するのは大猿か、それともこの世界か

「今日の放課後、校舎裏で待っているから必ず来い」



そんな果たし状とともにレクター君が僕を呼び出した時、僕は疑問に思っていた。



(なんでわざわざ、学校で呼び出したんだ?)



もしも僕のことが本当に気に入らないなら、寧ろ停学中を狙ったほうが良かったはずだ。

もっと言えば、僕を始末するなら弟妹を人質に取る方が効率的だ。

そうすれば僕は、何もできないまま彼らのいうなりになるしかなかった。




「来たか、ラウル……」

「前からあんたは気に入らなかったんだよね?」



校舎裏でも、そんな風に言いながら二人はいきなり襲い掛かってきた。

だが、僕に対して無造作に魔法弾を撃ち込んで来ているように見せかけていたが、不自然なほど顔面や急所に攻撃を当ててこない。


そもそも、リンチにするなら最低でも挟み撃ち、出来れば取り囲むものだろう。

一番人が来るであろう校舎口の方に背を向けており、見張りを立てている様子すらない。



……何かがおかしい、この二人は本気で僕を排除しようとしているのか?



「そういやさ、トリアの奴、最近可愛くなったよなあ……!」



そして、レクター君たちの言動が演技だと確信したのは、彼のわざとらしいその発言と「変顔」だった。

彼は幼少期劇団に所属していたが、あまりの演技力の低さに呆れられていたことを思い出した。



そもそも、今までトリアに対して性的な目を向けることが一度もなかったレクター君が、今日突然トリアに対してあんな発言をすることがおかしい。


……そもそも彼がトリアの家に仕えるメイド、オーバルさんのことが好きなのは、誰もが分かっていたことだからだ。



「二人とも下がって! スノー・シルバーバックだ!」



……だが、今はそんなことはどうでもいい!

レクター君たちの後ろに迫っていたスノー・シルバーバックを見ながら僕は呟いた。



「お腹をすかせて……降りてきたのかな? それとも僕への……復讐?」



スノー・シルバーバックの体毛は魔力を無効化する効果がある。

そのため、僕の魔法弾はあまり効果がない。



「な、なに……!」

「うわああああ!」



ようやく二人も気が付いたのか、恐怖にひきつったような顔をしている。

それはそうだ、ただでさえ厄介なスノー・シルバーバックだが、彼らは今日初めて見るのだから。



「落ち着いて、僕が足止めするからみんな早く逃げて!」

「なにいってんだ、バカ! 力を貸せ、戦うぞ! グロッサ、合わせろ!」

「くそ……魔法が通じるなら、こんな奴……!」




意外だった。

正直レクター君がそんな風にいうタイプではないと思ったからだ。


……だが、こちらの攻撃はスノー・シルバーバックには効果がなく、ひるみもせずにこちらに対してその大腕を振り下ろしてきた。



「グガアアアアア!」



奴の一撃の威力は僕も知っている。僕は魔力で障壁を張る……が、恐らくこれでは効果が薄いだろう。

そう思った瞬間。



「危ない、ラウル! ……ぐわ!」

「きゃあ!」



レクター君が僕とグロッサさんを突き飛ばして、その一撃を受けた。



「ぐ……!」

「レクター君!」



彼が、僕たちを庇うなんて信じられなかった。

……幸いなことに直撃は免れたのだろう、だがその一撃を受けたことによりレクター君は気を失った。



3人の力を合わせれば、スノー・シルバーバックを倒せるなんて、僕の算段は大外れだった。……というより、奴の魔法無効化の恐ろしさを甘く考えていた。



(トリア……)



僕は思わず目をつぶり、死を覚悟した。



……だが。




どおおおおおん……



という凄まじい雷のような音が周囲に響いた。



「な……なに?」



これは以前、明かりの木の実を探しているときに聞いた轟音だった。



「ギャアアアアア!」



そしてスノー・シルバーバックは急に膝をついた。

……胸には大穴が開いている。



「な、何があったの……?」



振り向くとそこには、



「ラウル、レクター? ……後は任せろよ」



ザック君の姿があった。





「ザック君……今のは……?」

「ああ、この間使った『大砲』がやっと完成したからな。……あの時は空砲だけでビビらすことしか出来なかったけど……こいつなら!」


大砲、確か聞いたことがある。

僕が以前トリアから貰った銃を大型化したもので、弾丸自体にも火薬を詰めることで強力な破壊力を生むことが出来るはずだ。



「さて、化け物……。今から破壊するのはお前の体だけじゃない……!」



ザック君は勝利を確信したのか、ニヤリと笑みを浮かべた。



「俺がぶっ壊したかったのはなあ! 魔力を持つものに権利と責任を集中させる、今の『貴族制度』なんだよお!」



そして大砲に点火し、再び凄まじい轟音がなりひびいた。




「グガアアアア……」



その大砲はスノー・シルバーバックの頭部に直撃し、そのまま奴はばたりと倒れこんだ。

……どうやら絶命したようだ、ピクリとも動かない。

ザック君は、その様子を見ながら笑みを浮かべた。



「……分かったか……。もう、戦争は貴族様の専売特許じゃねえってことだってな!」

「私たち平民……ううん、『市民』が新しい世界を作るのよ……。ありがとね、トリア。教えてくれて」



そういいながら隣にいたクルルさんは、トリアにお礼を言った。

どうやらトリアが、彼らをここに呼び出したのだろう。



「あんたが私たちを呼んでくれなかったら、本当にどうなっていたか……」

「うん……。ありがとう、クルル……それにザックもね」



トリアも二人に向けて頭を下げた。



「気にすんなよ! 元々、こいつの破壊力を世間に知らしめたいと思ったしな! ……ところでさ、レクター? こいつの破壊力……どうだ?」

「う……」



レクター君は、幸いなことに気絶をしていただけだったようで、よろよろと立ち上がる。

まだ砲身から煙をあげている大砲を見ながら呟いた。



「凄いな、こりゃ……」

「だろ? こいつならさ、魔導士でも倒せると思わないか?」

「魔導士をか……」



今回のスノー・シルバーバックはたまたま『魔法無効』の効果があったから相性が悪かったに過ぎない。もしこの距離でやり合った場合、僕は10門の大砲を相手にしても勝利は確実だ。



……だけど……。

レクター君は答えた。



「……コロッセウムで戦えば勝てるだろうけど……荒野で戦ったら絶対に勝てねえな。まず、到着する前に撃ち殺されるよ」



そう、僕も同意見だ。

見ただけで分かる。大砲の本当の恐ろしさは威力じゃなくて『攻撃範囲』だ。

恐らく、大砲を大型化させればその攻撃範囲は数キロにも及ぶはずだ。


また、科学的に弾道計算を行えば、極論地平線の向こうからでも弾丸を撃ち込めるはずだ。



……所詮魔導士は、目視によって攻撃できる場所でしか戦えない。

つまり『間接射撃』によって僕らの射程範囲外からつるべ打ちをされたら、なすすべもなく敗北する。



……つまり、大砲をかいくぐるための兵士が再び必要になるということだ。



「だろ? ……魔力を持つことが貴族でいるための条件だけどさ……魔力そのものが、役に立たない世界にしちまえば、貴族制度は必要なくなるってことだろ?」

「あ……!」



僕はその発言に、驚いた。

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