6-1 レクター編 彼もまた領主の器ではあるけれど
俺の名前はレクター。
領主の息子で、いずれは自領を継ぐ予定だった。
……だが。
「兄さん? 今度、一緒に遠乗りしませんか?」
「いや……兄ちゃんはちょっと、用事があってな」
「そう? つまんないの……」
俺はこの家を継ぐつもりはなかった。
そもそも、妾の子である妹が継ぐべきだと思っていた。
妹は俺ほど内包している魔力は大きくないが、それでも周りに気を遣える優しさや思いやりがある。
だから、今の時代なら彼女の方が適任だと思っていたからだ。
魔導士として才能を開花させたラウルやトリアと協力しながら国を盛り立ててくれたら、きっとこの国の民も喜ぶだろう。
「ご主人様。例の件は滞りなく終わりました」
「ああ、ありがとうな、オーバル? ……これで、お前の仕事は終わりだな……これからどうするんだ?」
オーバルには何年もトリアの家に潜伏して貰うことで、サキュバスの生態について教えてもらいながら、万が一に備えたトリアの身辺警護を頼んでいた。
幸いトリアを狙うようなものは現れなかったが、それでもオーバルがいたおかげで俺は本当に助かった。
……正直俺は、オーバルに恋愛感情を抱いている。
だが彼女は、きっと俺が勘当されたら会えなくなるだろう。それは正直寂しい。
「私は……今後もトリア殿の家でメイドとして働こうと思います。そして……」
「そして?」
「フフフ、その先は、ご主人様が勘当されたらご説明しますね?」
「そ、そうか……」
正直少し気になったが、今はどうでもいい。
それよりも、いよいよ今日はXデーだ。
……ラウルを呼び出して、グロッサとリンチを行ってうまい具合に痛めつける。
そして、とどめを刺す瞬間にザックにトリアを呼び出させる。
そして俺は『隙をつかせて』レベルドレインによって魔力を失う。
その後トリアたちは、日頃の恨みをぶつけるべく、魔力を失った俺とグロッサに壮絶な報復をするだろうが、それは最初から覚悟の上だ。
さらに俺は、そのタイミングでこの右肩に受けている傷跡を見せ、先日の暗殺未遂事件は俺が行ったものだと気が付かせるのだ。
……先生には話はつけている。
その話をもとに俺たちが過去に行った悪行を白日の下に晒し、そして多額の賠償金をラウルに支払う。
そうすればトリアは家を継いだうえでラウルとともに魔導士として活躍できるだろう。
(フフ、二人が夫婦として手を取り合い、妹とともに国を盛り立てる、か……)
まさに完璧な計画だ。
俺とグロッサは魔力を失うことで破滅するが、まあ些末な問題だ。
元より俺たちの命に価値なんてないのだから。
そう思いながら、俺はラウルに対する果たし状をしたためた。
そしてその日の放課後。
ラウルは何が何だか分からないといった表情で俺たちの方を見る。
「なに、二人とも……話って?」
幸いなことにラウルは停学がとけた翌日、すぐに学校に来てくれた。
まあ真面目な彼のことだから、来ることは分かっていたが。
俺とグロッサはお互いに目くばせして、うなづいた。
いつものように俺は『悪人面』をして叫ぶ。
「け! 分かんねえのか? お前に学校に来られるのがムカつくんだよ!」
「そうさ! だからここで、一発大けがしてもらおうと思ったんだよね!」
グロッサの口調はどこか悔しげだった。
……まあ、勘当されたらもうラウルと出会うこともなくなるのだ。
ラウルに好意を持っていた彼女は、やはりつらいのだろう。
俺は魔法弾をラウルにぶつける。
「ぐは!」
「分かんねえのか? 平民の分際で、俺たち貴族に逆らいやがってよ! つーか、死んでもらいたいんだよな、正直俺たちは!」
「や、やめてよ!」
「うるさいな、平民の分際で!」
そういいながら俺たちはラウルに魔法弾をぶつける。無論反撃できるように急所は狙わない。
(くそ……ごめんな、ラウル……!)
……正直、大切な幼馴染であるラウルを傷つけるのは嫌だ。実際俺は、こうやってラウルを傷つけた日の夜は罪悪感で吐いていた。
だが、これも今日で終わりかと思うと、ある種のすがすがしさを感じていた。
そしてしばらく俺たちが彼をリンチにかけていると、後ろから気配を感じた。
恐らくトリアだろう。
……ザックの奴、うまくやりやがったな。
「どうした、反撃してみろよ!」
「まあ、やった瞬間にあんたは退学だけどね? 領主の息子に手でも出したら、終わりだよ?」
「そうだな! だからお前に残される道は、ここで俺たちに殺されることだけなんだよ!」
俺たちは目くばせし、彼への攻撃を続けながら怒鳴るように叫ぶ。
……だが、しばらくラウルを罵倒しながらも疑問に思っていた。
(おかしいな……。なぜ、トリアは襲ってこない?)
俺とグロッサは、意図的に背後に死角を作っていた。
しかも大声を出すことで彼女が音を立てても『気づけない』状態を作っていた。
だが、いつまで経っても彼女はこちらに襲い掛かってこない。
寧ろ、何かに戸惑っているような雰囲気を感じる。
(よし……やっぱり、もう少し派手に隙を作らないとだめだな……)
そう思った俺は、ラウルに反撃をさせることを考えた。
「そういやさ、トリアの奴、最近可愛くなったよなあ……!」
「え……?」
俺は『下劣で下品な男』の顔をしながらそう叫ぶ。
こう見えても俺は小さい頃から劇団に所属しており、演技は得意だった。
ラウルの目には俺が『ろくでもない下種』に見えているはずだ。
「うそ、だろ……どうして……?」
「だから、思うんだよなあ! てめえをぶっ殺したら、あの女に色々とやってやりてえってなあ!」
「くそ……この……!」
いいぞ、ラウルの表情が変わった!
やはりトリアを引き合いに出せばラウルを怒らせるのは容易だ。
俺のその演技に、グロッサも乗ってきた。
「きゃはは! いいねえ、レクター! あたしも手伝ってやるよ! だからさ……ラウル、楽しみにしてな!」
「……く!」
するとラウルは凄まじい形相で俺たちに突進してきた。
手には渾身の魔力が籠っている。
……よし、うまい!
そう思いながら俺たちはあえて障壁を張らずに、彼の一撃を受けようと身構えた。
「この……野郎!」
そして彼は渾身の一撃をこちらに放った。
さあ、これを喰らえば俺の仕事は終わりだ!
そう思って俺は目を閉じる。
……そして次の瞬間、どおおおん……と、凄まじい音が周囲に響いた。
「……え……?」
「ど、どうして、こいつが……」
……ただし、その魔法弾は俺たちに向けたものではなかった。
俺たちは魔法弾が命中した方を振り向くと、
「下がって、レクター君、グロッサさん! ……くそ、最悪だ……!」
……そこには憤怒の表情を浮かべた、大猿……スノー・シルバーバックがそこにいた。
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