第4話 教えちゃいます!
「なんでいつもいつも美味しそうなお弁当を持ってくるのよ!」
予備校の食堂にほのかの声が響いた。
ほのかと俺は選択している講義は違うけど、昼休みは、食堂で毎日一緒に弁当を食べている。
今日、ほのかが俺の弁当を見てついに切れた。
俺のはミズキが作る弁当なので、一切手抜きなしのガチの弁当だ。一方、ほのかは自分で作るので、どう頑張ってもミズキには敵わなかった。
「ムカつくわー!」
タコさんウインナーを頬張りながら怒っている。
「ミズキが私と弁当対決していることすら知らないのもムカつくわー」
今度は玉子焼きを頬張りながらなおも怒っている。
先週、ミズキの作った『集中力アップ!彩りそぼろ弁当』を見てから、ほのかがやたらライバル視してきた。どうやらほのかの何かに火をつけてしまったらしい。
「いや、そんな一方的に対決言われてもなあ……」
俺はごぼうの豚肉巻きを口に入れる。うん、美味い。目を細めて噛み締めた。炒りごまの香りが口の中に広がる。ごぼうの食感と柔らかな豚肉の味付けの中にほのかな甘みがあり、脳の味覚野を心地よく刺激する。子供の頃に食べたような懐かしい味だ。
「ムキー!」
俺が幸せを噛み締めていると、ほのかは息を荒げて俺を睨みつける。タコさんウインナーを勢いよく噛み砕いた後、意を決したように俺をまっすぐ見た。
「わかったわ、こうなったら敵地に乗り込むしかないわ……」
「敵地?」
「そう!ミズキに直接教わって、美味しさの秘密を暴くのよ!」
ほのかは拳をギュッと握り締め、目を燃やした。
「え、うちで?」
「そう!今度の日曜、ミズキに料理教えてもらいますお願いします」
「日本語おかしいぞ。まあ、良いけど」
こうして、なぜか俺の家でほのか主催のミズキお料理教室が開かれる事になった。……なってしまった。
でも、ちょっとワクワクしている俺がいる。
帰り道、池袋で電車を待っていると、後ろから肩を叩かれた。振り向くと安西がニカっと笑っていた。相変わらずの好青年っぷりだ。
「久しぶり!講習の帰りか?」
「ああ、お前は試合の帰り?」
安西は目を伏せると、自嘲めいた笑みを浮かべて俺を見た。
「サッカー部、辞めたんだ」
「え!おまえ!あんなに打ち込んでいたのに?」
「ちょっとな。家の方が大変でさ。弟の面倒を俺が見ることになって、時間が取れなくなった」
安西の笑いはかすかに力なかった。普段明るい奴だからこそ、その影が際立った。
電車のホームに吹き抜ける風が、ふいに二人の間をすり抜けた。
終業式の日に下駄箱で安西にあったとき、大きな荷物を抱えていたのは部活を辞めたからか。
サッカー部は夏休みは秋の大会に向けて練習漬けのはずだし、ましてや高2は主戦力だ。安西みたいな責任感の強い奴にしてみたら断腸の思いだったろう。
「そうか……」
何か声をかけたかったが、言葉が出てこなかった。
電車がホームに入ってきたので、空いている席に並んで座った。
ふと、安西の手を見ると絆創膏が何枚も貼られている。
「おまえ、その手どうしたの?」
「はは……包丁で切った」
「料理しているんだ」
「慣れないけどな、料理サイト見ながらつくってるよ。両親が働いているから、俺が作るしかないんだ」
安西は絆創膏の貼られた指先を軽く擦りながら言った。
俺は少し考えてから、改まって口を開いた。
「おまえ、前にアンドロイドに興味あるって言ってたよな」
「ああ」
「今、おれんちにいるんだけど……」
「はあ!?」
「試験運用で預かっているんだ」
「お前んちすげえな!」
「で、今度の日曜日にそのアンドロイドが先生になって、うちで料理教室をやるんだけど、こない?」
「すまんが何を言っているのかわからない」
「うん、アンドロイドを見る機会だと思って来なよ。……ほのかも来る予定だし」
「わかった、日曜日なら空いているから行くよ」
電車が俺の降りる駅に着いた。
「じゃ!詳しくはLINE送るわ」
「ああ!じゃあな!」
駅を出ると、すっかり空は暗くなっていた。忙しそうに行き交う人と商店街を抜けると、街灯の灯りの頼りなさが家路への足を早めさせた。
「ただいま」
玄関のドアを開けると、ミズキが立って迎えてくれる。
ミズキの笑顔が明るく玄関を照らした。疲れた心がふっと軽くなるのを感じた。
「今日はカレーを作りましたよ!」
その一言で、空腹が一気に刺激された。
急いで手を洗って、カバンを置くとダイニングテーブルに付いた。
「今日は夏野菜カレーです!」
ごつごつと野菜が入ったカレーの皿が俺の前に置かれた。
「夏野菜カレーは、コウタ様の夏バテ気味の身体にぴったりのメニューです!」
ミズキはいつものように笑顔で説明を始めた。
「まず、トマトにはリコピンが豊富に含まれていて、肌の修復を助けるんですよ。さらにナスには、ナスニンというポリフェノールが含まれていて、疲労回復やアンチエイジング効果があります!」
ミズキは両手をパッと広げ、まるでプレゼンテーションを終えたような顔をしている。
カレーをひと口食べると、スパイスの刺激と夏野菜の瑞々しさが口いっぱいに広がった。
「うん、すっげぇ美味い!」
「よかったです!さぁ、たくさん召し上がってください!」
「おかわり!」
「はいー!」
あっという間に平らげてしまうと、ミズキが嬉しそうにおかわりをよそってくれた。
「あのさ、ミズキにお願いがあるんだけど」
「はい、なんでしょうか?」
「今度の日曜日にほのかと安西がうちに来るんだけどさ……」
「はい、お友達ですね」
「うん、でね。そいつらに料理を教えてくれない?」
「は?」
ミズキは笑顔のまま一瞬固まった。AIでも固まるんだな、と思った。
「えーと、私がですか?」
「うん」
「料理の先生に?」
「そう」
「うーん……私ごときで務まるのでしょうか?」
「ミズキの弁当を見て、是非教えて欲しいって頼まれちゃって」
「わかりました!お役に立てるか分かりませんが頑張ってみます!」
「お願いします」
「では、日曜日10時から『お料理教室(参加者:ほのか様、安西様)』と登録しておきますね!」
ミズキも大丈夫そうだ。安心してカレーを平らげた。
「カレー美味しかったよありがとう」
ダイニングテーブルを立つと風呂に入った。
この日は、静かに終わった。
日曜日の朝。
「ほえー!」
ミズキの大声で目が覚めた、何があったのか!慌ててリビングに降りた。
「どうしましょう、どうしましょう!」
ミズキがパニックになって、両手を頬につけてリビングを右往左往していた。
「どうした!?」
「スケジュールを確認したら、今日私が料理の先生をすると書いてあって、ビックリしました」
「いや、この間話したんだけど……そうか、記憶リセットされてたんだっけ」
吉川さんがミズキの扱いで気をつけろと言った『従順だからといって常識外の事をさせるな』という項目を思い出した。やっちまったか!
後悔の念が頭をよぎる。
ミズキはうなだれて動かなくなると小声でブツブツ言い始めた。
「お……おい?ミズキ?」
声を掛けたら、急に上を向いて大きく息を吐いた。
「わかりました!やりましょう!きっと一昨日の私が何か準備をしているはずです!」
ミズキはハッと何かに気づいて、しまったと顔をこわばらせた。俺は思わず身構える。
「あの、はじめまして、私はミズキです」
いつもの挨拶を聞いた俺は腰から砕け落ちた。
ミズキはキッチンの引き出しを開け、メモを見つけた。
「さすが私です!ちゃんとやる事をメモに書いて残していました!」
「メモ書きに頼る最新鋭アンドロイド……」
「何を言っているんですか!メモは大事です!」
「う、うん、そうだよね。」
人間の記憶容量を遥かに超えた、8ペタバイトの超高速メモリーを積んでるアンドロイドが言うセリフかなと思ったけど黙っておいた。
「メモによると、ふんふん、献立は肉じゃがと玉子焼き、味噌汁、ごはんとありますね。材料は準備が出来ているようです。さすが私です。初心者用の献立をちゃんと考えてありました!」
「ところでさ、前から疑問だったんだけど」
「はい!なんですか?」
「材料ってさ、いつもどうしてるの?まさかスーパーに買い物に行ってるわけじゃないよね」
「モバイル三河屋さんを使っています」
「モバイル三河屋さん?」
「はい、必要なものを注文すると届けてくれるシステムです」
玄関のチャイムが鳴った。
「ちょうど来たようですね」
ミズキが玄関に出ると、丸に三のマークの入った藍染の前掛けを腰に巻いたお兄さんが、野菜や米の入ったカゴを抱えて立っていた。
「こんちは〜三河屋です」
カゴの中を確認するミズキ。
「あ、はい、これで間違いないですね」
「奥さん今日もお綺麗ですねー」
「あら、いやだわー」
照れるミズキ……。
「では!またごひいきにー」
そういうとモバイル三河屋さんは去っていった。
「これで、今日の材料も揃いました!みなさんをお迎えできますよ」
俺のいない間にこんなことが起こっていたのか……。
約束の時間ピッタリにチャイムが鳴る。玄関を開けると安西がいた。
「よっ!来たよ!」
「おう!」
「いらっしゃいませ」
ミズキがお辞儀をすると、安西が首を捻った。
「お前んち、姉ちゃんとかいたっけ?」
「こいつがアンドロイドだよ」
「え!この人が!?」
まじまじとミズキを見る。ミズキは微笑みながら会釈した。
「はじめまして、私はミズキです」
「い、いえ!あ、……えと、安西です!安西貴一です!こ、こちらこそよろしくお願いします!」
安西は耳まで真っ赤にして、ミズキに最敬礼のお辞儀をした。
「綺麗だ……」と、その後小声で言ったのを俺は聞き逃さなかった。
「マジか……?安西?」
「想像していたアンドロイドと違いすぎる。いや、美しすぎる……」
「あら、そんな……」
ミズキは両手を頬に当てて、照れ笑いを浮かべている。いや、お前もベタなリアクションをするなよ。
「一応、言っておくけど、ミズキはアンドロイドだからね?」
「好意を持つにアンドロイドも人も関係ないだろ!」
「……お、おう、そうか」
俺は肩をすくめて、ダイニングへ向かった。
ミズキと安西で材料や道具の用意をしていると、またチャイムが鳴った。
モニターの向こうで、ほのかが手を振っていた。ミズキが玄関に走ってドアを開ける。
「ほのか様、はじめまして、私はミズキです」
ミズキがお辞儀をすると、ほのかは戸惑いと寂しさが混ざったような複雑な顔をした。
「そっか、記憶がなくなるんだっけ……」
「もしかして……気分を害されましたか?」
「ううん、そんなことないよ」
ほのかはそっとミズキにハグすると、ダイニングに向かった。
「主催者が遅刻したら、ダメだろ」
ダイニングに入ってきたほのかに安西がムッとしながら文句を言う。
「ごめん、今朝はちょっと家でバタバタしてさ」
「さて、皆さんお揃いなので、そろそろはじめますか」
ミズキがダイニングテーブルの端に立った。
「えー、僭越ながら、本日のお料理教室の講師を務めさせていただきます、ミズキです」
ミズキがお辞儀をすると、パチパチと拍手が上がった。
「今日の献立は、肉じゃがとお味噌汁、玉子焼きとなってます。まず、ごはんを炊いて、その間にお味噌汁と肉じゃがを作って、最後に玉子焼きを作ってもらいます」
「玉子焼きは作れるんだけど……」
「火加減や包丁の使い方など、基本的なことを知っていただければと思っています」
ここで、ミズキはパンッと手を叩いた。
「それでは、まず、安西様にご飯を炊いていただきます」
「はい!ミズキさんが言うのなら!」
安西が手を挙げて、ご飯炊きに取り掛かる。大丈夫か、安西?キャラが変わってないか?
「三合、炊きましょうか?」
「はい!三合ですね!」
ほのかが俺の横に来て、そっと囁いてきた。
「ねえ、安西どうしちゃたの?なんかヘンなんだけど……」
「あー、なんというかなあ。安西のやつ、ミズキに一目惚れしたらしい」
「えー!あの堅物安西が!マジ?」
ほのかの肩が小刻みに震えている。必死に笑いを堪えているんだな。
「ミズキさん!カップはこんな感じでいいですか!」
キラキラした瞳の安西が、すり切れ一杯の米が入った計量カップをミズキに差し出した。バックに薔薇の花が見えた気がした。
それを見たほのかが決壊した。
「あはははははは!」
「なんだ、何がおかしい?」
ムッとする安西。
ほのかはひーひー言いながら、テーブルに突っ伏して笑い転げた。
「ごめん。ごめんて、……でも、あははははは」
「えーと、どうしたんですか?」
ムッとする安西、笑い転げるほのか、なにがなんだかわからずにいるミズキ。
うん、この料理教室。序盤から前途多難だな……。
「みなさん、そろそろおちつきましたか?」
ミズキは胸の前で手を揃え、先生みたいな顔で話しはじめた。
「ご飯を美味しく炊くには、ズバリ最初の水が勝負です!」
俺たちは思わず姿勢を正す。
「お米は表面にぬかがついています。このぬかを最初の水で吸うと、雑味になります。だから、いつまでも水に付けずに、最初の水はすぐ捨ててください!」
「へえ……!」
「そのあとは、指を熊手みたいにして軽くすくい、表面をやさしくこすって汚れを取ります」
ミズキは誇らしげに言った。
「うっすら透明になるまで。お米の旨味まで洗い流さないことが、美味しさのコツです!」
「すげぇ……プロの先生みたいだ……」
「私、そんなこと、考えたこともなかったわ」
「ミズキさん……!俺、今まで米をただの白い粒だと思ってました!でも今日からは、命だと思って研ぎます!」
それぞれ、三人三様に感心した。ひとり重いのがいるがな。
「それでは、炊飯器のスイッチも入れたので、肉じゃがに取り掛かりますか」
ミズキはにこっと笑うと、手に持ったメモを一度胸の前で掲げた。
「肉じゃがは、簡単に言うと、肉の旨味成分のイノシン酸と、野菜の甘み成分であるグルタミン酸を一緒に煮込む料理です!」
俺たちはうなずく。
「最初に牛肉を焼き色がつくまで中火で炒めて、香ばしさを出してから、じゃがいも、玉ねぎを加えて、だしと調味料で煮ます。この時の火加減が命です!」
「へえー」
「うま味の相乗効果ですが、グルタミン酸にイノシン酸が合わさると、なんと最大8倍のうまみを感じると言われています!」
胸を張って言うミズキ。
「さらに、愛情をこめるとうまみ無限大です!(当社比)」
「愛情で味は変わらんだろ」
「あら、コウタ様に出す料理はしっかり愛情がこもっていますよ?」
ミズキが悪戯っぽく微笑むと、安西が悶絶した。
「潮見……!お前、ミズキさんの愛情こもった手料理を毎日食べてるのか!」
俺の襟首を掴まんばかりに突っかかってくる。
「はい!食べてますねえ。栄養、好み、その時々の状況などの最適解をお料理にしてお出ししております!」
「バ、バカ焚き付けるな」
「くそっ、この勝ち組めぇ……!」
慌てる俺。炊飯器より炊けてる安西。
「それはもう、お父様の愛情たっぷりの料理ですよ」
「は?」
「お父様?」
「コウタ様に関するプロンプトは全てお父様が直接打ち込まれているのです。それは、お父様の愛情が私を通して実現していると言って良いと思いますよ」
半透明の親父の顔がミズキの頭の上で優しく微笑みながら親指を立てていた。
場の空気が急速に冷めていく中、ほのかだけが横で笑い転げていた。
「あんたら、私を笑い殺す気か!」
「ジャガイモ剥くわ」
突っ込む気も無くしたのか、意気消沈した安西が包丁でジャガイモの皮を剥きはじめた。
「包丁で剥くときは、鉛筆を削るように回しながら浅く剥くのがコツです」
「私はピーラーを使うわ」
「ピーラーは親指をジャガイモのお尻に添えると安定して剥けますね」
「なるほどねえ」
後ろで見ていると、ほのかと安西が同時に振り向いた。
「お前もやるんだよ!」
ハモりでツッコまれた。
やることもないので、俺も包丁を持ってジャガイモの皮を剥いた。
「でこぼこの少ない面から剥いていくと良いですよ」
ミズキはちゃんとみんなを見ていて、危なそうなときはコツをアドバイスしてくる。ミズキに先生ができている!正直、ちょっとびっくりしている。
「なんですか?私の顔に何かついてますか?」
ミズキの顔をみていたら、気が付かれた。
「いや、すごいなと思って。お前、ちゃんと先生出来るんだな……」
「はい、みなさんの動きにしっかり目を光らせていますから」
にこりと笑う。
「なんかお前こわいよ……」
「はい!これで、ラスト!」
ほのかが最後のジャガイモを水の入ったボールに入れた。
「安西様はジャガイモの皮剥きが大変お上手でした!」
ミズキが安西に拍手すると、安西は顔を真っ赤にして頭を掻いて照れている。
「包丁を使っているのにピーラー並みに皮が薄いですね!」
ジャガイモの皮の厚さを確かめて、みんなに見せた。
「SNSとか見て勉強しているから……」
安西は顔をそむけて、なんてことはないって感じに言った。照れているのを隠そうとしても無駄だぞ。
「安西はさ、家で弟のメシを作っているんだよな」
ほのかがなにも言わずにちょっとだけ目を伏せた。
「それは大変ですね!なにかお手伝いできることがあればいいのですが……」
ミズキは右手をほっぺたに当てて、考えている。
「いや、大丈夫だから。もう……」
安西はそういって、ちょっと寂しそうに笑った。
『もう』という言葉が、心にトゲのように心に引っかかった。終業式のあのとき、安西のところにアンドロイドがいたら、安西は部活を辞めずに済んだのではないか?
そして、その安西が願っていたアンドロイドが今、目の前で話をしている。
ミズキは俺んちよりも、安西のところにいた方がよっぽど役に立ったんじゃないか。
もし安西にミズキを渡したらと考えたら、胸のあたりに重くのしかかるものがあった。ミズキを渡したくない俺がいたことを発見して、戸惑いを覚えた。
「コウタ様。どうしたんですか?」
「いや、なんでもないよ」
ミズキは、見てるんだな……
「さて、ジャガイモの皮が剥けたら、いよいよ料理らしいことをやりますよ!」
ミズキが手を合わせて、楽しそうに宣言した。
安西がミズキの姿を眩しそうに見ている。俺はその様子を複雑な気持ちで見ていたら、いきなりほのかが俺の背中を叩いた。
「いたっ!」
「ほら、ぼさっとしない!肉じゃが作っちゃうよ!」
そういうと、玉ねぎに包丁を振り下ろして真っ二つにした。
ターン!と子気味いい音が響く。
「はい!作ります!肉じゃがですね、作ります!」
俺と安西は追立らるようにテキパキ動いた。
料理は、ここからが本番だった。
そこから先は、ちょっとした戦争のように進んだ。
玉ねぎが目に染みて阿鼻叫喚地獄だったり、玉子焼きが焦げたり、味噌汁が薄かったり、ほのかが砂糖と塩を間違えたり。
でも、笑い声が絶えなかった。
――そして、ようやく料理が完成し、みんなで並んで食卓についた。
「一時はどうなるかと思いましたが、おいしいごはんが出来たはずです!」
「なぜ見ただけでわかるの?」
俺が聞いたら、ミズキは『よくぞ聞いてくださいました!』という顔をした。
「私は、皆さんが使った調味料の分量や、鍋の中の具材の成分を数値データとして見ていました。味覚シミュレーションが最適と思われるおいしさをはじき出しますので、味見が出来なくてもおいしいものはわかるのです!」
「うおお、すごいな!」
「さすがミズキさんです!」
「か、敵わないかもしれない……」
「本当に計算通りか食べてみよう!」
俺は肉じゃがのジャガイモを口に入れた。
「うまい!」
ホクホクに煮えたジャガイモが舌の上でほろりと崩れる。甘じょっぱい出汁の味が芯まで染みていて、思わず目を細めた。
「え!なにこれ!」
ほのかが肉をほおばりながら目を丸くしている。
「ほんとに俺らが作ったのか?」
安西もびっくりしている。
「はい!みなさんが作った料理ですよ!」
――おなか一杯になって、後片付けも終わったころだ。
「作り方は覚えたので、家で試してみるよ」
安西がミズキに礼を言いながら話した。
「そうですね、覚えるためには反復するのが大事です」
そのあと、ミズキはちょっと寂しそうな顔をむける。
「私は初めて起動した日を反復しています」
ほのかがハッとした顔をして何かを言おうとしたが、目を伏せてやめた。
「今日、みなさんと楽しく料理したことも明日には忘れてしまうでしょう」
安西が目をパチクリさせている。
「今日お伝えした料理の作り方は、みなさんの中に残ると思います」
「……だから、今日のごはんを忘れないでいただくと嬉しいです」
安西が眉をひそめて俺に聞いた。
「記憶をなくすってどういうことだ?」
「ミズキは毎朝、前日の記憶がリセットされるんだ」
安西は絶句して、ミズキを見ると、ミズキは微笑みを浮かべながら目を伏せた。
「マジか……なぜ?」
「私は『リグレッションテスト』のためにコウタ様の家にいます」
「リグレッションテスト?」
「リグレッションテストとは、私が毎朝『はじめまして』からやり直すことで、同じ環境でも違う行動や感情を見せるかどうかを検証する試験です」
ミズキは静かに続けた。
「つまり、私は今日を繰り返す試験をしているのです。初期化されても、人に近づこうとするか、人を想えるか。『イレギュラー』を起こさないかを判断するための」
ふっと微笑んだ。
「ほら、テーマパークのアトラクションにあるじゃないですか?ライドが来ると毎回、同じセリフで同じ動作をするキャラクターの人形が。あれと同じですよ!『ようこそ!ミズキーランドへ!』って……」
ミズキがカクカクと踊り始めたが、俺もほのかも安西も泣きそうな顔をしてみていた。
「あ……今のミズキーランドは冗談だったのですが……」
「笑えない冗談を言うんじゃない!」
三人でハモった、ミズキがしゅんとする。
「す、すみません」
静寂が4人を包んだ、ミズキはなにか焦っている。
「……ねえ、ミズキ。次はデザートも教えてくれない?」
ほのかがポツリと言った。
「え?」
「スイーツも教えてほしいなーって。今度の料理教室、第二弾ね」
「いいな!それ!俺もやりたい」
安西が笑いながら乗った。
「うん、やろう!ミズキ。いいよな」
「はい!もちろんです!」
ミズキは満面の笑みで嬉しそうに笑った。
俺は、このミズキの笑顔を守って行きたいと思った。
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