第5話 後始末
「あれ、もう終わりましたぁ?」
店主から借りた布と井戸水で外套と肌についた返り血を拭っていた私の背に、先程逃げた盗賊を追って離れた筈のフィオネから声がかけられた。
「見た目と怪力ばかりの対して強い相手ではありませんでした。……それで、貴女の方は?」
「大丈夫ですよぉ。ちゃんと“処理”しましたからぁ」
ほら、とフィオネがローブを捲り上げると、腰のベルトから提げられた紐には、真新しい血で汚れた数人分の耳が吊るされていた。
「耳だけでは証拠になりづらいのですが……まぁ、いいでしょう」
綺麗に汚れを拭い終わった外套を纏うと、私は店の中で縮こまっている店主と給仕の女に声を掛けた。
「暫くしたら巡回中の兵が駆けつけてくると思いますので、彼らに事情を説明してください。無論、貴方がたが罪に問われることもありませんのでご安心を。この店の建て替えについても、きちんと補償されます」
それと、と私は店主から彼と一緒に隠れていた二人の娼婦へと視線を向けた。
二人とも同じ女である私から見ても顔立ちは悪くない。が、身なりと汚れに関してはだいぶ良くない。身体の線も細く、こけた頬からも扱いは決して良くはなかったのだろうと推察する。
「貴女方は隠れているか、若しくは此処の店員か客とでも言えば誤魔化せるでしょう。行き場がなければ……そうですね」
私は懐から銅製の小さな記章を取り出すとそれを放り投げる。慌てて手にした彼女らには、緻密に刻まれた百合の紋章が見えているだろう。
「兵にこれを見せてください。きっと、悪いようにはしないでしょう」
改めて店主に先程よりも倍額の硬貨を手渡し、私は店を出るために出口へと向かった。
外に出てみると、外もだいぶ暗くなっていた。店先を照らす灯りの下では、いつの間にか先に出ていたフィオネが耳の連なった紐を装飾のように括り付けていた。
「……何をしているのですか」
「目印と証拠。ヴィネア様が文句言うんだもの」
そう言いながら、フィオネは飾り付けた耳の下に落書きをしていた。内容は恐らく、耳の主たちである逃げた盗賊どもの死体を記した地図か何かだろうか。
「……早く行きますよ。遅くとも夜明け前に着かなければ」
私は【踊る金鶏亭】の厩舎に停めていた馬を連れ出すと、血の匂いに興奮していた彼を宥めながら鞍に跨った。
この牡馬は気性の荒い暴れ馬で知られていたのだが、私が女であるからか、一度跨がれば直ぐに大人しくなるということで、なし崩し的に愛馬になっていた。
「あぁ、ちょっと待ってくださいよぉ。あと一筆……」
フィオネは少しばかり粘って落書きを済ませると、杖の先端にランタンを吊るして横に浮かせると、其処らにある椅子に座るように杖へと腰を下ろした。
私のような普通の人間は馬か徒歩が移動手段になるのだが、この笑い方が不愉快な女は、他の魔女や魔術師などと同じように、杖をはじめとしたあらゆるものを移動手段にできる。
この前は酒で満たされたバケツに跨りながら飛んでいる彼女にぶつけられたせいで、全身から浴びた酒の匂いが抜けるまでまともに出仕すらできなかったことは記憶に新しい。
ふわふわと宙に浮きながら馬と併走できることに羨ましさと以前の事故の恨みを覚えながら、私はフィオネの吊るしたランタンの助けもあって、夜の闇に染まった街道を進むことにした。
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