第4話 盗賊を猟る

「や、やりやがったな!?」


「なんなんだよあの武器は!」


仲間をやられて激昂したらしく、二人の盗賊が同時に襲いかかってくる。

片方は手にショートソードを持ち革鎧を着込んでいて、もう一人は汚れたチュニックだけだが剣を持ちながらも左手にボロボロではあるが木盾を持っている。


それぞれの狙いは私と……フィオネか。


「二人がかりとは単純ですね……フィオネ」


「はいは〜い」


私の呼びかけに対しフィオネは軽い声で応えると、果たして何処から取り出したのだろうか、大きな杖を構える。


『ーーーーーーッ』


彼女の口からは私には聞き取れない声が紡ぎ出される。いわく古代語の類いだというソレをフィオネが唱えると、私達二人の身体を見えない何かが覆うのを感じ取れた。


「なぁっ!?」


「何っ!!」


直後、斬り掛かってきた二人の盗賊が驚愕に顔を染め上げる。

彼らの振りかぶった得物が、私とフィオネの身体を切り裂くこともなく、一見して柔らかな外套の上で止まっていたからだ。


「防御……いえ、これは緩衝ですか? 記憶が正しければ効果も短い筈……。素直な魔術の方が楽でしょうに」


「いやぁ、何事にも理由があるんですよ。防御ですと、衝撃は抑えられないのでぇ……」


なるほど、と返しながら、私は剣を振ってきた革鎧の方の喉笛を、刃を上に向けた刺突で貫いて仕留める。

フィオネの方をちらりと見れば、彼女は器用に盾を持った盗賊の頭だけを火の魔術で燃やしていた。 


「くそ、テメェら! 全員で纏めてかかれぇ!」


早くも三人の手下を失い、残った手下全員に命令したヴェサムの声には、先程の態度とは少しだけ異なり、焦りの色が浮き出ているように見える。


「数だけいても無駄なのですが……」


思わず溜息を溢しながらも、私は腰に提げていた二本目の得物……細身の短剣を左手に持つ。


「一つ」


鎖帷子で上半身を覆った盗賊の両足を反った刃で切り裂く。立てなくなったところに喉元を短剣で貫き、横に切り裂く。


「二つ」


鎖帷子を始末した直後、左手の短剣で斬り掛かってきた盗賊の斧を弾き、すかさず返す手で胴体を袈裟斬りにする。


「三つ、四つ」


剣を振りかぶった盗賊の剣を反った剣で受け、短剣の鍔でもう一人の剣を受け止めると、反りに合わせて受けた剣を流して払い、大きな隙を作り出す。呆気に取られた盗賊の顔面を靴底で蹴り砕くと、跳ね上がった剣でそのままもう一人の脳天を叩き斬る。


「……五つ」


最後に、戦意を失い逃げようとした盗賊の背中、心臓のある位置に投げつけた短剣が貫く。


「ば、馬鹿な……こんな……こと……有り得ねェ……!?」


瞬く内に手下を減らされ、ヴェサムの表情が赤毛とは対象的な青褪めた驚愕の色に包まれた。


「これで計八人ほど……まだ半数ほど残っていた筈ですが……」


私がヴェサムに反りのある片刃の剣……“刀”を向けると、後ろから肩を突かれる。視線を向ければ、フィオネがにへらとした顔で私の頬を指で突き始めた。


「ヴィネア様ぁ、残り、逃げましたよ」


キシシ、と笑うフィオネにヴィネアは視線をヴェサムから外さずに本日何度目かの溜息を吐いた。


「……貴女、態と逃がしましたね」


「そんなまっさかぁ、不可抗力ですよぉ」


そう言うフィオネの目は泳いではいない。けれど、態とらしい癇に障る態度からは微塵も焦りや謝意などの感情は読み取れなかった。


「ハァ……、いいでしょう。逃げた残りは貴女にお願いします」


「キシシ、任されましたぁ〜」


諦めたように私がそう言うと、フィオネは言質を取ったと言わんばかりでにへらとした笑みを更に歪めると、軽やかなステップを踏みながら【踊る金鶏亭】の外に出ていく。


店の外に消えていくフィオネを見届けた私は、改めてヴェサムの方へと向き直った。


「……さて、どうしますか? 大人しく縄につくというなら、法に則り優しく縛り首で済みますが」


「縛り首なんざ冗談じゃねェ! 今ここでテメェを殺せば一先ず逃げれるだろうさ!」


ヴェサムは腰に提げていた二本の手斧を構える。

手斧は柄が短めで刃は厚みがある。造りも大雑把で見たところ錆も酷く斬れ味に期待はできそうにない。だが鈍器として使うには充分な武器になるか。


「まぁ、逃げる前にテメェとあの魔女の死体でヤッて、気分でも晴らさせてもらうがな!」


ヴェサムが右手の手斧を振りかぶる。ヴェサムは大柄で力も先程の手下どもよりは格段にあるだろう。恐らくは素直に受け止めようとしても、純粋な力で負けるのは明白。

そう考えた私は、剣の腹で受けるように見せかける。そして斧がぶつかる寸前に、斜めにずらす。すると、勢いをつけたまま、斧の軌道が外側へと逸らされる。


「単純な力押し、やはり所詮は盗賊ですか」


「テメェ、舐めるな……!」


腕力に物を言わせて乱雑に振り回される二振りの肉厚な斧。

それは周りのテーブルや椅子を破壊するだけに至らず、床に転がる手下の死体すらも巻き添えにズタズタのミンチ状の肉塊にしていく。

動きが読みやすい故に軌道を逸らすのは簡単だが、こうも出鱈目に振り回されると攻撃に転じにくい。

それに加え、


「木片に肉片……目潰しにもなる点では少しばかり厄介ですね」


ヴェサムの振り回す斧の犠牲になった調度品や死体から飛び散る破片が辺りに飛び散り、奇しくもそれが凶器となって私に降りかかってくる。

幸いにも小さな破片程度なら外套に刺さるだけで防いでくれるが、しかしある程度の大きさとなれば避けるしかない。


「……なるほど、考えなしに破壊するだけでも厄介というわけですか」


当の本人にも木片や肉片は飛び散っているのだが、頭にだいぶ血が登っているのだろう。全身を肉片と血に塗れさせた赤黒い外見を見て、私はこの盗賊が何故【血髭】などと大袈裟に呼ばれていたのかを今になって知ることができた。


「チマチマ避けやがってェ、大人しく死ねェ!!」


「お断りします、と」


じりじりと下がる私の背中に硬いものが当たる。視線を向けてみれば、其処には【踊る金鶏亭】を支える柱の一つが伸びていた。


「隙だなァ! クソアマァ!」


私の逃げ道が一つ消えたことを確認し、一際大きく斧を振りかぶるヴェサム。

勝ったつもりだったのだろうが、


「ええ、負けですよ」


思い切り振り抜いた斧が私の脳天を横薙ぎに砕く寸前、ヴェサムの目には私が消えたように映っただろう。


「なァ……!?」


振り払った斧が柱の半ばまで深く刃をめり込ませる。

深くまで食い込んだ刃は、柱が支えていたものの重さも相まって抜くことは困難だ。

彼が己の得物の片方を失ったことに気づいた時には、私は既に股下を滑るように抜けて背後へと回り込んでいた。


「……貴方の、ですが」


私よりも倍近い背丈の大男。その背に短剣を突き立て、ソレを足場に頭髪を左手で掴んでよじ登った私は、そのまま刀でヴェサムの喉元を掻き斬った。


「ゴぼッ……ごヒュ……ッ」


地の泡を吹きながら床へと倒れ伏す。自らの血で髭を染めた【血髭】の首を念入りに胴から斬り離した私は、頬に伝う返り血を拭うとカウンター裏に隠れているであろう店主に呼びかけた。


「……すいません。此処に井戸はありますか? 水と……それから布を少しばかり貸していただけると有り難いのですが」

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