第7話 私を慰めるんじゃないの!?

 俺は初めて隣の家でアカネが学校から来るのを待っていた。

 いやアカネが来るのを待っていた事自体初めてだ。

 何故ならアカネは俺が会おうと思わなくても今まではアカネの方から会いに来ていたからだ。


「ただいまぁ」


「お帰りアカネ」


 俺がキク婆ちゃんとサクゾウ爺ちゃんと俺に失踪させられてしまったサヤカさんの旦那さんに手を合わせていると、アカネが帰って来た。


「……何でこの家にお兄ちゃんがいるの?」


「アカネが会いに来ないから、俺から会いに来たんだ」


「嘘だっ!」


 確かにサヤカさんに言われなければ、今日アカネに会いには来なかっただろうな。


「何が嘘なんだ?」


「だって私がいない方がお母さんと仲良く出来て都合がいいと思ってるんでしょ!?」


 それは別に思って無いな。

 だってアカネがいようといまいと俺とサヤカさんは時間を作り関係を持っていた。


「それが理由で俺との距離を開けていたのか?」


「悪い?」


 俺とサヤカさんの仲を応援しての行動という感じでは無いから、別の理由がありそうだな。


「どうするかはアカネの自由だけど、高校を辞めるのは何でなんだ?」


「だって……」


 アカネは少しづつ目に涙を溜めて肩を震わせながら口を開いた。


「……お母さんがぁ……、お兄ちゃんの所にぃ……行っちゃったらぁ……、私の帰る場所がぁ……、無くなっちゃうぇぇぇぇん、うぇぇぇぇぇん」


「アカネっ!」


 アカネが泣き出した瞬間、サヤカさんがアカネを抱きしめ一緒に泣き出した。

 アカネの気持ちを理解出来ていなかった自責の念にかられたのだろう。


「なぁ、アカネ」


「……」


「俺とサヤカさんは、アカネが高校に行っている間、ずっと一緒にいると思ってるのか?」


 アカネはサヤカさんに抱きしめられながらコクンと首を振った。


「そんな訳あるかっ! 農家舐めんなっ!」


「そうよ、毎日毎日お手入れしないと、いい作物になってくれないのよ?」


「ふぇ?」


 アカネが俺の家でゴロゴロしながらやってるスマホの牧場経営ゲームのように、1日1回水やりすれば良いとか、課金してスプリンクラー設置すれば放置するだけで良いとかいうもんじゃ無いんだぞ?


「俺とサヤカさんがお互いの時間を作るのは、3日に1回2時間ぐらいだ。仕事の手伝いをしあっているし、偶然すれ違えば挨拶もするが、自分の畑や田んぼや道具の手入れと家事に追われてずっと一緒の時間なんてそう簡単に取れないんだぞ」


「アカネを学校に送ってから、物凄く忙しいんだから。農閑期になれば多少は時間は取れるけど、時間を見つけて苗作りや肥料や燃料の仕入れ、農業研修や勉強、通販のお客様への出荷手続きとお礼の手紙、機械や道具の手入れをしたりしてるのよ」


「……そうなの?」


 アカネが俺の部屋でゴロゴロしながら読んでる異世界転生もののスローライフ小説みたく、鍬で耕すだけで作物が勝手に生えて来たりもしないし、有能な仲間がぞろぞろあつまっても来ない。

 全部自分でやるしか無いんだ。


「高校も卒業してない小娘ごときが辞めてすぐにキク婆ちゃんみたく働ける訳ないだろ」


「そうよ、お義母様かあさまは私なんかよりずっと働き者だったの。だから沢山の田んぼと花卉ハウスが維持できていたの。アカネが辞めたからってすぐにどうこうできるってものじゃないの」


「私、役立たずなの?」


 何だ?今まで役に立つような何かをしたとでも言うのか?


「だから子供だって言ってただろ、10年勉強してから出直して来いっ!」


「この子、怠け者だし甘えん坊だから10年でも無理じゃ無いかしら……」


「私の評価低すぎるよぉぉぉ、うぇぇぇぇぇん」


 サヤカさん似の整った容姿と病気知らずの健康体以外に、アカネを評価出来る所は何があるんだよ。


「農業高校に通ってるならまだしも、大して偏差値も高くない普通科高校だろ?」


「しかも一学期の中間テスト、三教科も赤点だったのよ?」


「えっ?俺には勉強は問題ないと言ってたぞ?」


「嘘よ。私には「成績の事はお兄ちゃんには言わないで」って言ってたんだから」


「なんだ、高校辞めたいのは勉強についていけないからか」


「そう考えたら辞めさせた方が良いのかしら?」


「あぁ、今どき最終学歴中坊とか恥ずかしすぎると思ったが、成績悪くて退学させられましたより、自己都合で辞めましたの方が格好付くな」


「えぇ、私もタロウさんに、アカネが高校辞めないように説得をお願いしたけど、明日にでも退学手続きしてくるわ」


「あぁそれが良い」


 アカネは俺達の様子の変化から、涙を止めてポカーンとしたあと、真っ赤になってプルプルし始めた。


「お母さんもタロウ君も何なわけっ!?傷心の私を慰めるんじゃないの!?」


「傷心しようが作物は成長を止めてくれないんだよ」


「そうよ?お義母様かあさまが作ったお花を最後まで責任を持って出荷するのが私たちの供養だったの。アカネがメソメソしている間、私とタロウさんはそれをやったのよ?」


 だから集落のみんなも、サヤカさんがキク婆ちゃんが病院に入った日や、通夜や葬式の日に畑仕事を続けている事に何も文句は言わなかったんだ。

 言われた通りに座って線香あげて、残りは落ち込んでいれば良かったアカネとは違ったんだよ。

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