第6話 手伝って貰えないかしら?
キク婆ちゃんは、俺が「《成熟》」をかけた日から急激に老け込み、2ケ月も経たず息を引き取った。
一度自身の死を見つめ死期を悟っていたキク婆ちゃんは、「《成熟》」によって猛烈な勢いで体を蝕ばませたのだろう。
病院に運ばれた直後の検査で、無くなったとされていた癌が見つかっており、無いと判断された診察結果が誤りだったとされたそうだ。
ただキク婆ちゃんは事前に手術拒否の意向を病院に示しており、結果は変わらなかったとされていた。
キク婆ちゃんの遺産はまだ死亡扱いになっていないサヤカさんの旦那さんに相続された。そして1月後に旦那さんが失踪して7年目となり旦那さんが死亡扱いになってサヤカさんに相続された。
現金的なものはあまりなく、不動産的なものばかりだったそうだけど、田んぼだけでも相当な広さがあった。
「私だけでは田んぼはともかく花卉類のハウスは管理しきれないわね……」
「どうするんですか?」
「そのまま閉めるしか無いわ」
お隣さんは俺の家のすぐ近くまで続く広大な田んぼも持っていた。大型の耕運機や田植え機などがあるため、キク婆ちゃんとサヤカさんの2人で維持できていた。
花卉類のハウスも、キク婆ちゃんは俺が手伝ってくれているお陰様で続けられていると言っていたものだった。
「それなら俺に譲って貰えませんか?野菜用のハウスにしますから」
「アカネが怒りそうね?」
「何故です?」
「アカネが学校辞めて花卉ハウスをやると言ってるのよ……」
「無理ですよ。それに高校ぐらいは卒業させた方がいいですよ?」
アカネはしばらく学校に行けなくなるほど塞ぎ込んでいた。
その間俺とサヤカさんは花卉類のハウスの出荷を続けていた。
けれど新たな苗は仕入れなかった。
そのため花卉類のハウスの中は閑散としてしまっている。
「私もそう言ったんだけど、お
「サヤカさんはアカネに出来ると思いますか?」
キク婆ちゃんがアカネに手伝えと言っている所も見たことが無かった。
アカネには自由に生きて欲しいと思っていたのだと思う。
「厳しいわね……、お
「遺言があったんですか……」
「遺産目録と、私には「続けなくて良い」、アカネには「好きに生きなさい」」と一言づつ書かれたものが……」
「キク婆ちゃんらしいですね……」
サヤカさんの旦那さんを失踪させた1周忌をこえたあたりから、キク婆ちゃんは自身の息子を俺の前であんクデナシと言い始めた。
俺とサユリさんの仲が一時的なものではなく定期的なものになったのもそのあたりだ。
すぐに勘づいていて後押ししてくれていたのだろう。
「でも私は続けるわ」
「えぇ、手伝いますよ」
ただキク婆ちゃんは、時々俺をアカネが中学生になった頃から、アカネの婿になる可能性を探っていた時があった。
けれど俺の本命はずっとサヤカさんだった。
「タロウさんがいるから心強いわ」
「俺にとっても大事な場所ですから」
ここからは予想となるけれど、キク婆ちゃんは医者から余命宣告を受けた時に、サヤカさんに継がせるタイミングで死ぬことを天命だと思ってしまったのだと思う。
癌が無くなったと知ったあと、もう一度俺にアカネに気があるのか聞いてきたのは、その最後の確認だったのだろう。
そこで俺にアカネの婿になる気があったら、キク婆ちゃんは俺に「余命通りに殺してくれ」というようなお願いをせずに、今も元気に生きていたのだと思う。
「アカネを説得するのを手伝って貰えなしかしら?大学まで通ったタロウさんの言葉なら通じるかもしれないわ」
「えぇ、いいですよ」
キク婆ちゃんが亡くなったあと、アカネが俺の家に上がり込む事は無くなったし、畑にいる俺の所にも来なくなった。
偶然すれ違った時は挨拶し合うけれどそれだけだった。
距離を置かれているような気はしている。
だからといってこちらからも距離を取る意味は特に無かった。
「他に何か手伝う事はありますか?」
「いえ、他には無いわ」
サヤカさんの見た目は若返えり始めていた。
しっかりとしなければと思う事で精神年齢が下がったのだと思う。
とても清らかで逞しい人なんだと思っている。
「サヤカさんがしっかりしてれば大丈夫ですよ」
「えぇ」
サヤカさんは今まで、誰かの言う通りにやるという生き方ばかりだった。
農閑期にキク婆ちゃんが実家の法事に出かけた日、まだ若い体を持て余していたサヤカさんが自身を慰めている所を目撃してしまい、その妖艶で背徳的な姿に俺がサヤカさんに迫って関係が始まった。
サヤカさんは旦那が戻って来るまでの肉欲解消という名目でキク婆ちゃんが病院や老人会や自治会の催しで出かける日に俺を受け入れるようになり、半年後には3日に1回程度愛し合う仲になった。
それから2年目にアカネが中学校に入ったあたりで、サヤカさんは旦那が戻って来ても離婚すると言い出し、5年目に旦那はもう死んでいるからアカネが家を出たら俺と結婚したいと言うようになった。
「私は駄目な女だわ」
「何がです?」
サヤカさんに駄目な部分は無いと思うけど。
「あの子のためにと思いつつ、アカネが学校に行ってくれたほうが、タロウさんとこういう時間が作りやすいと思ってる自分もいるの」
「もう不倫では無いし、隠さなくて良いと思いますよ?」
母親としての愛情より、肉欲を取ってしまったと取れるような言動だけど、サユリさんは母親としての義務を疎かにしている訳ではない。
アカネの弁当を作り、家事をして、畑や田んぼも見て、3日に1度の残り時間に俺に抱かれに来るだけなのだ。
若返ったという事は、自分が主体でも続けられそうだという自信の表れがついてきたからだ。
自身を本気で駄目だと思っている女は、意気消沈して一気に老化してしまう筈だからだ。
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