第2話 凄く良い感じさぁ

 沼地の水草や葦や茅などと鹿や猪などの害獣を混ぜものに手を翳すと、俺は闇魔法を唱えた。


「《圧壊》」


「《腐敗》」


 腐敗といっても細菌による発酵現象とは違う、似たような作用を起こす闇魔法だ。

 ただ有機物を分解して肥料にする分には同じ事だ。後はこれを混ぜて均質にしたあと畑の土がフカフカのいい土に維持される。

 わざわざ高い無農薬有機堆肥を買ってくる必要が俺には全く無く安く済んでいる。


 ただ、アリバイ工作で、有機肥料を少量仕入れている。

 俺は、「うちと同じような野菜が作れますよ」と広告をつけてそれをネットで転売している。


「《病呪》」


 ハウスに戻って野菜達にも闇魔法をかけていく。本来は食べたものに病のような症状を起こす呪いを付与する闇魔法だ。これで虫も害獣も食べた瞬間に苦しんで死んでいく。

 この世界の生き物は魔法に対する抵抗が弱い。少し腹痛起こす程度の「《病呪》」で面白いように病害虫が死んでしまうのだ。

 これを朝解除し夕方にかけておく、これで完全無農薬野菜の完成だ。

 ちなみに堆肥にした鹿や猪は解呪前に食べたために死んだものだ。


 野菜泥棒もこれで死んでいたことがある。サヤカさんの旦那だ。

 ご近所トラブルや警察沙汰は面倒なので、闇魔法の「《異空》」に収めて、山の椎茸の原木栽培をしている場所の近くで「《圧壊》」し「《腐敗》」させて失踪してもらった。

 あと3カ月で7年が過ぎるので失踪が死亡扱いとなり、サヤカさんは正式に未亡人となるわけだ。


 さて、何となく分かったと思うけれど俺は魔法が使える。前世で闇魔法使いをしていたからだ。

 こちらに比べて身近に人の生き死にがある世界だったから、隣人が俺の仕掛けで死んでいてもあまり動揺する事も無く対処出来た。

 こっちの世界に多少染まっていて、動揺が皆無では無かったけれど、だからといって呆然としたり110番するほど動揺はしなかった。


 だって俺の畑の野菜を盗んでた奴が不審者したら誰がどう考えても俺が第一容疑者だよな?

 例え俺が犯人では無いと判断されても不信感は残ってしまう。


 闇魔法は前世では不遇魔法と言われていた。何故なら人は闇を恐れる。そのため闇に抵抗してしまい魔法抵抗力があるものに効果が非常に薄くなるからだ。


 それでも俺は世界有数の闇魔法使いとして活躍していた。

 効きにくくても魔法抵抗力を圧倒的に上回る力を込めればちゃんと効くからだ。


 闇魔法に対して光魔法は厚遇魔法言われていた。人は光を好むからだ。

 魔法も「《祝福》」「《成長》」「《回復》」など生き物に良い効果をもたらすものなので、魔法抵抗があっても受け入れてしまいやすくかかりが良かった。


 ちなみに俺も少しだけ光魔法使える。こっちの生き物は魔法抵抗力が皆無であるため効果がかなりあった。今ではどっちが得意だったのか分からなくなるほどだ。

 例えば「《祝福》」を自分に使ったら宝くじで1等に当選した。「《成長》」を家に住み着いていたネズミ達に使ったら1日で寿命が尽きて全て死に絶えていた。

 昨日は「《回復》」をギックリ腰のキク婆ちゃんにお見舞いがてら使ったら翌朝にはシャキンとして畑に向かっていた。


 この世界に転生した時は、この魔法の力をどう使おうかと色々考えた。うまく使えば世界征服も可能だと思ったからだ。


 けれどそれはやめようとすぐに思った。前世では強大な力を持ち覇をとなえようとした人の末路は悲惨な事が大半だったからだ。

 一部の歴史の成功者の裏には膨大な数の落語者がいる。目立つ杭として周囲に叩かれ悲惨な末路になる。

 強運を手にして成功者になったものも、足元を掬われる事を恐れ親しいものにも疑心暗鬼になり孤独のまま死んでいた。

 俺は、そんな生き方をしたいとは全く思わなかったのだ。


 そもそもこの世界には、ボタン1つで都市を焼き尽くすような兵器が大量にあった。あんな恐ろしい兵器に、ちょっとした魔法程度でどうにかなったりはしなかった。

 例えば、単発の銃を撃たれた程度なら「《祝福》」を使えば当たらないかもしれない。けれど、機関銃のようなものを連射されれば多分当たってしまう。

 ましてや核兵器のような無差別兵器を俺の上に落とされたら、蒸発するしか無いだろう。

 ちょっと個人売買収入の確定申告の記載ミスがあっただけで税務署から督促状が来たり、ごく少数の個人にしか引っ越し先を伝えていないのに国営放送局から契約の案内が来たり、紳士服や家電屋のダイレクトメールが来るような高度に発達した情報化社会で、美味しい思いもしながらも身バレしない陰の実力者など出来る気がしなかった。


 だから俺は魔法の力は目立たない程度に使い、のんびり生きようと決めた。

 農業大学に進学し、そのあと宝くじで手に入れた泡銭あぶくぜにで田舎の山付き農地付きの一軒家を買ってリフォームをして、野菜用のビニールハウスを建て、農機具を揃え、そこで農家として暮らし始めたのだ。


 まさか2年目の早朝、俺の畑のトマトが積まれたお隣さんの軽トラの脇に、喉を掻き毟って死んでいるお隣さんの旦那と、齧られたトマトが転がってるとは思わなかったけどな。

 自分で食べても腹痛程度だから、他の人も大丈夫だと踏んだのだけど、まさかこうなるとは……。

 どうやら俺は闇魔法に対する抵抗力は前世と同じ程度あるらしく勘違いをしていたのだ。


 いや害獣よりたちの悪い野菜泥棒を退治したという事で良いんだけどさ。けれど俺の畑の脇で山の獣が良く死んでいたら関連性が疑われるよな?

 だから俺は誰よりも早起きして畑に出るようになっていた。


 ちなみに軽トラは「《異空》」に入れておいたあと、隣の旦那のスマホの着信履歴から盗んだトマトの引き散り相手を割り出して、そいつに闇魔法の「《不運》」をかけたあと、近くの公園に放置しておいた。


 そいつは警察に捕まり、振り込め詐欺とか闇バイトとか色々犯罪に手を染めてらしく、隣の亭主失踪についも重要参考人扱いされていた。

 そのため、私服の警官が写真を持って聞き込みをしていた時期があり、光魔法の「《親和》」と闇魔法の「《軽率》」を使い事情を聞くことも出来た。


「そこさぁ、凄くいい感じさぁ」


「この前ほぐしたばかりなのに、もう鉄板入ってるみたいに固くなってるよ」


 配送を頼んでいた業者に荷物をあずけたあと、キク婆ちゃんとサヤカさんのカーネーションの出荷のための梱包作業を手伝い、一段落した所でお隣さんのお昼ご相伴に預かった。

 お礼にキク婆ちゃんの肩を揉んでいると、サヤカさんが配送センターにカーネーションの配達を頼むためトラックで向かった。


「タロウちゃんさぁ」


「何?キク婆ちゃん。揉むの強かった?」


「サヤカとはいつ結婚するさぁ?」


「えっ?」


 キク婆ちゃんには俺とサヤカさんの関係はバレているとは知っていたけれど、今更聞いてくるとは思わなかった。


「あんロクデナシが神隠しにあってもうすぐで7年になるさぁ」


「キク婆ちゃん……」


 キク婆ちゃんは死んだ息子を「あんロクデナシ」呼ばわりする。

 まぁ、酒に女にギャンブルで、亡くなったサクゾウ爺さんの遺産を相当食いつぶしたみたいだし、農作業をしてる所は見たことが無いのに野菜泥棒だけはしてるような人だから、その通りなんだろうけど、キク婆ちゃんの実子だよね?


「サヤカさんとはアカネが家を出たら一緒になろうって話しているんだよ」


「あん子もタロウちゃんが好きみたいだから出ていくか分からんさぁ」


 俺は子供には興味が無いですよ。


「俺はもう30超えだし、サヤカさんはともかく、アカネとは釣り合わないよ」


「私ぁ16で28の爺さんに嫁いださぁ」


「一回り差ですか」


「あんロクデナシも35の時に18のサヤカと結婚したさぁ」


「やっぱ親子ほど離れてたんですねぇ」


 確かにサヤカさんの旦那さん、最初はサヤカさんのお父さんかと思ったんだよね。

 だからサヤカさんをちょっとエロい目で見てしまい、それを恨まれたのかもしれないけど、野菜泥棒される謂れはないよな。


「こん田舎に嫁いで来る物好きは少ないさぁ」


「キク婆ちゃんもサヤカさんももの好きだったんだ」


「私ぁこの村の出だし借金のカタで嫁になったさぁ」


「借金のカタ?」


 何だ?人身売買されたのか?


「親が爺さんに結構な借金してたのさぁ。結婚すりゃあ親ん借金をチャラにしちゃると言われて嫁いださぁ」


 そんな経緯だったのか。

 でもキク婆ちゃん、寝たきりになったサクゾウ爺さんを甲斐甲斐しく世話していたよな。


「サヤカさんは?」


「あんロクデナシに騙されたのさぁ。爺さんのお陰で金だきゃああったさぁ。青年実業家と騙くらかしてサヤカを孕ませたのさぁ」


 結婚詐欺……、とは違うけど似たようなもんか。


「ふーん……、それにしてはサヤカさん逃げなかったんだねぇ」


「まだ18でスレて無かっただけさぁ。都会だったらあんロクデナシを捨てて別ん男の所に逃げていたさぁ」


「なるほど、そうかもしれませんねぇ」


 ここは本当に田舎で情報が遅いからな。畑仕事と育児に追われていたら、他の道の事を考える余裕は無かったかもしれない。


「キク婆ちゃんは逃げようと思わなかったの?」


「爺さんもあんロクデナシと同じで遊び人ではあったさぁ。でも働き者でもあったしそんなに苦労は無かったさぁ」


「そうなんだ……」


 俺が知ってるサクゾウ爺さんは、会話もままならない状態だったから、働き者だったと言われても分からなかったなぁ。

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