第13話
「くぁっ…はっ…!!」
せい君は道路の上に血を吐き出す。灰色のコンクリが赤黒い血の色で染め上げられる。
「…龍に聖剣だな」
攻撃する手を止めた狼男は、そう言いながら相好を崩した。
「勝って当然って……言いたいのかっ」
せい君は血だらけの手で口を抑える。
「ああ。そうだ。お前は異世界にいる故に魔力と威力減少。回復できる手段もなく、打つ手無し。一方オレの方は血で魔力フル回復&精度も増している。龍に聖剣。オレの勝ちは確定的に明らか、だ」
「黙……くっ…ごぱぁっ…」
せい君の手の間から血を大量に吐き出す。それと同時に、コンクリの上に腹這いになった。地面を見つめ、息切れを起こしている。私の頭の中に満身創痍という単語が浮かんでは消えた。
「セイヤ・チグサ、お前は天才だ。幾多の魔法を操る天才。何体の魔族を打ち取り、魔王にも勝った」
「はぁ………はぁ」
せい君は更に息を切らす。
「オレは楽しかった。お前との戦い。血と命の削り合いこそが生きる悦びだったんだ」
狼男が一歩踏み出す。
「…残念だ」
私の身体が咄嗟に動いた。せい君と狼男の間に割って入り、庇うようなポーズをしていた。
「…なんだお前」
狼男が冷たい目で私を見る。
「わ、私が……守る…」
足が震える。止めようと努力を試みるが、震えは収まらなかった。
「…し、死にてぇのか!」
後ろからせい君の叫び声が聞こえる。怒号のような強い物言いだけど、動揺しているのか声に震えも混じっていた。
「ぼ、防御魔法がある…」
「そんなの今のウィータ=モルスに効かねぇよ…! 死にたくねぇなら下がってろ!」
「…も、もう既に死んでたのよ」
私は唾を飲み込む。
「は?」
「わ、私はずっと一人だった。と、友達もいないし、頼れる人も…いない。ネガティブで不器用で暗くて口下手で…悪いところを見つける方が早い」
だから私の人生、苦労することも多かった。普通の人ができることが出来ず、普通の人生に憧れを抱くことも多かった。
せい君がいなくなってからも、傷つき、落ち込み、恥をかき、怒られ、騙され、辛い毎日を送った。
何度自分の命を自ら絶とうかと考えたか分からない。
それでも私は生きている。こうして生きている。
それは──
『…なぎ』
あの時のキラキラがあったから──
「こうして今いるのもせい君のおかげだ! だから今度は私が恩返しする番!」
「…な、なぎ」
「命を賭してでもせい君を守る!!!」
目の前の狼男に私は精一杯の啖呵を切った。覚悟が足の震えを止めていた。
すると、狼男はパチパチと手を叩き始めた。小馬鹿にするように、茶化すように。
「かーっ! 無能力のクセに物怖じしない姿勢。ご立派。偉いねぇ!」
「あ、ありがとうございます…」
いやなんで私、お礼を言ってるんだよ。
「そうか、このメスがセイヤ・チグサの言ってた大切な人間族か…」
狼男は目を細める。
「じゃあ望み通り命を賭けさせよう。このメスに手をかけない代わりに、セイヤ・チグサ、オレの言うことを聞け」
それって…。
「つまり…俺が向こう異世界に帰れば、なぎの命を助けてくれる…と?」
せい君が膝を付かせて言う。
「そうだ。それでメスも生き残り、お前は昔の仲間たちとも再開できる。またあっちで楽しい冒険ができるぞ」
狼男は諭すような優しい物言いだった。
確かにそうだ。
少し、私が寂しい思いをするだけだ。それだけで、せい君の命は助かり、ハッピーエンドを迎えるんだ。
「…確かにそうだな」
目に翳りをちらつかせ、せい君は呟いた。
「…仲間たちはみんな良い奴だった。こんな
「そうだろ!そうだろ!」
狼男の語気が嬉々とした調子を含む。
「…魔族との戦いにもあいつらが欠かせなかった。お前との決戦もかなり苦労した…」
「よく覚えてるな!ありがとう! オレがお前に感銘を受けた時だ。あの時はお前の仲間はオレに手も足も出なかったが、全員ボロボロの中でお前だけは最後まで立って抗っていたんだ…!」
「ああ…そうだったな…だから…」
せい君の目に光が宿る。
「だから今も俺は立ち上がるんだよ!!」
ドンと立ち上がると同時に、せい君は私を押し退け、右手を前に突き出した。その手からは台風のような衝撃を帯びた風が舞い、狼男に向かっていった。
「っ!?」
狼男は狼狽した表情をさせながらも咄嗟に爪で弾いて防ごうとした。がしかし、そのとてつもない威力に狼男の爪はボロボロと砕け散った。力に打ち負けた爪を不思議そうに狼男は見つめた。
「どういうことだ…?」
「…魔力も完全に元通りだな。なぎが時間を稼いでくれたおかげだ」
私は特に何もしてないんだけど…。
でも不思議なことに、さっきの状況が嘘だったかと思える程、彼の身体は元通りに。無傷の様相を呈していた。
「回復手段は…?」
狼男が呟く。すると淡いピンク色の蝶がせい君の周りを舞っているのに気が付く。
「それは妖精…なんで異世界に」
妖精って…魔力を回復してくれる異世界の生物だったよね。
「魔法のおかげかな。まずは変化魔法で妖精の姿を貌作り再現。電気魔法を利用した神経細胞を多数に重ねたところに魔力を通し、そして魔法を根本から学習させた…まあ…AIの仕組みを真似たんだよ」
「ど、どういうことだ!?」
「名付けるなら人工妖精」
人工妖精。そういえばせい君はAIがどうとか言っていた。要するに、AIの技術を魔法に応用したということだろうか。
「妖精を自ら作ったということかありえない!?」
「俺は天才なんだろ?」
「そうじゃない! 妖精を作り出すということは無から有を作り出すことに等しい! 絶対にありえない!」
「…天才ってのはなんでもできるから天才と呼ばれるんじゃない。人ができないことをするから天才なんだよ」
狼男は汗をだらだらと流し、悔しそうに歯を食い縛った。
「…じゃあな、ウィータ=モルス」
せい君の周りを木枯しのような風が包んでいく。集まる風はだんだん多く、どんどん激しさを増していく。そしてせい君は風の中に右手をかざすと、今度は右手の中に風は集まっていった。まるで小さな箱に大きな荷物をギュッと圧縮するように。
だが、その光景を大人しく眺めている狼男ではなかった。足に力を入れ、急いでせい君の前へ駆けていった。炎を帯びた狼男の爪がせい君に襲い掛かる。
がしかし、せい君の攻撃の方が早く、激しく、強かった。狼男のその攻撃は無為に終わり、爪がベキベキと剥がれ、身体中から血を吹き出しながら、地面の上に倒れた。鮮やかで無残だった。
「龍に聖剣だな」
せい君が勝った。
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