最終話
「かーっ! 負けたーっ!」
清々しさを含んだ声が夜の静寂に響く。魔法の鎖に繋がれた狼男が晴れやかな声と顔をさせて、ゲラゲラと笑っていた。
「なに笑ってんだよ」
「いやぁ嬉しくてな。気分は晴天を衝く獅子のようだ。いつもセイヤ・チグサに負けるとよ、なんだろうな、オレの腹ん中がキュンキュンとしてたまんねぇ訳よ、ぐはは!」
「気持ち悪ぃ」
せい君は舌を出し、ゲーと吐きそうな顔をさせた。
「でもお前の力の秘訣、ようやくわかった気がする」
冷静な声に変わった。
「この世界は文化・娯楽・技術、あらゆるものの進化が著しい。知識・知恵もかなり高水準のもので、目を見張る。お前はその叡知を魔法に引用していたんだな。そりゃあ強いわな。オレ達の常識を越えた知識で、魔法を扱うことができるんだからよぉ」
狼男の話をせい君は静かに聞いている。
「だからこそ気に食わん」
そう言った後に狼男は睨みつけた。
「力を持つ者はそれを行使できる居場所がある。今のお前はS級の実力があるのに、D級に甘んじる冒険者のようだ。身の丈が合わないと思わないのか!?」
「…傲慢だな」
「事実だ」
両者にらみ合いの時間が流れる。
「まあいい、やるならさっさとしろよ」
数秒の沈黙の後、狼男は顎をクイッと動かし、背後を見るように促した。狼男のすぐ後ろには空間の裂け目のような穴があった。それはゲートと呼ばれるものだった。
せい君曰く、ゲートは魔力同士の強い衝撃が原因で生まれるという。つまり先の戦いによりゲートがこの空間に出来てしまったのだ。
狼男の近くに寄り、鎖を手で掴むとせい君はゲートの方まで引っ張っていた。ゲートの中へ狼男を放り込むようだ。
「…セイヤ・チグサ、いつでもオレは待ってるぜ、ぐはは」
最後まで狼男はゲラゲラ笑いながら、ゲートの奥へと消えていった。
「…さてと」
一仕事終わらせたみたいに、せい君はパンパンと手をはらいながら、此方の方へ向き直った。その瞬間私は息を飲んだ。なぜなら、彼の姿が後ろのゲートと重なりまるで
「なぎ」
その奥へ消えていくように見えたから。
「…い、いかないで!」
自然と声が出ていた。せい君を追いかけるみたいに手を伸ばしていた。
「どうしたんだ?」
私の言葉にせい君はボール玉みたいに目を丸くしていた。当たり前の表情だった。今の私の言動はおかしい。けれど、言葉は止めどなく口から出ていった。
「わ、私もっと頑張るから…。もっともっと頑張るから。それでここが…この世界がせい君の居場所だって思えるくらい、私も手伝えることがあるなら何でもするから…! だからどうかいかないで…。どこにもいかないで…」
私の気持ちを嘘偽りなく吐露する。腹の底から絞り出した言葉の数々。情けない言葉の数々だった。
「ご、ごめんねこんなこと言って。勝手だよね。め、迷惑だよね。私なんかの気持ちを一方的に伝えて…気持ち悪いよね。もう忘れて…本当にごめんね」
分かっているんだよ。理解してるんだよ。
あの狼男が言ってた通りなんだって。
私は少し寂しいけれど、せい君にはもっと自由な世界がある。鳥は大空を羽ばたき、鳥籠から出る。私がもし鳥籠となってるなら、早く解放してあげないと。それがせい君のためなんだ。
「…なぎ!」
肩をガッと掴まえられる。
「……分からないのか!?」
虚をつかれた。せい君の顔が目の前にある。
「え…」
「まだ…分からないのか?」
「ど、どういう意味…?」
せい君の質問の意図が分からず、そのまま問い直した。
「なぎだからだろ!?」
「…え?」
「なぎがいるから、俺はこの世界がいいんだよ!!」
「そ、それって…」
「なぎが好きなんだよ!!」
へ。
へぇ~。
" 好き "ねぇ…。なんか久しぶりに聞いたな、その単語。
「す、好きって…どういう意味? 農耕具?」
「そりゃ鋤だろ」
「ゆ、油断大敵…」
「それは隙」
「さかn…」
「もういいわ! とにかく好きなんだよ、なぎが! だから俺は異世界にゃあ行く気もないし、お前と一緒にこの世界で暮らしたいんだよ!」
…好きってそういう意味!?
「な、なんで~…?」
顔が熱くなる。夜風に晒されているというのに、身体も火照り始めた。
「じ、自分で言うのもなんだけど、もっと良い子がいるよ、せい君には…」
「俺じゃあ駄目か?」
「駄目とかじゃなくて……わ、私って他の子みたいに愛想も気立ても良くないよ…? 可愛くもないし、口下手でどもりも酷い…なんで、わ、私なんかを…」
選ぶのか不思議で堪らない。
「…俺さ」
せい君の手が肩から離れる。なんだか切なそうな悲しそうな表情をさせて、言葉を続ける。
「…異世界での生活って結構キツかったんだ。知らない世界に身一つで放り出されてさ。魔法で安定した生活送るまでは、体力も精神もかなりまいってた」
せい君が弱音を吐いている。そんなところを初めて見た気がした。
「…でも時々夢を見た」
夢?
「暗い穴の中にずっといる夢。とても深い闇の中。そんな中でいつも声がしたんだ。俺を呼ぶ声が」
声…。
「その声は優しく、太陽のような温かさを持って、俺を励ましてくれていた。必死に俺の名を呼ぶその声が俺に元気を与えてくれた。そして、ある時気付いた。声の正体はなぎだった」
私…?
「寝たきりの俺に向こうから励ましてくれてたんじゃないか? 15年間欠かさず、ずっと」
そうだよ。
15年間病室に通って、目を覚まさないだろうに、馬鹿みたいに思われるのに、もう一度目を覚まして欲しくて、寝ているせい君に喋りかけていた。
必死に。必死に。
「そ、そんなの当たり前だよ…」
「その当たり前に俺は救われたんだ。お前に会いたくて、帰りたくて、必死に異世界で戦ってきたんだよ──」
せい君は私の肩に手をそっと触れた。
「俺はさ、そういう不器用ながらも人を想うその優しさに心惹かれたんだよ」
『よ、よつばのくろーばー、さがしてる』
「あの時から──」
その言葉が私の心を深く貫いた。涙が出そうになった。
「まあなぎは俺のこと嫌いなんだろうが」
「え、そ、そんなこと」
「だっていつも俺を避けてたじゃん。会えるのは昼飯時くらいで、一緒に帰ろうとしても一人そそくさと帰って…」
「違うよ! それはせい君に迷惑かかると思って、変な噂たったらいけないと思って、ただそれだけ!」
「本当か?」
「本当だよ! 私もせい君が好きなの!! 子供の頃から、いや、出会った時からずっと。頭が良いところ、誰にでも親しく接するところ、顔が良いところ…私がどもっていても、噛んでも、微笑んで聞いてくれてるあの時の優しい顔……せい君の全部が好きなんだよ!!」
止まらない。せい君の好きなところを挙げていくとブレーキが効かない。
「…ありがとな。というか今はどもってねぇじゃん」
「あ」
言葉を紡ぐのに必死でそんなこと何も意識していなかった。
「せい君のことだから、どもらなかったのかも」
「そ、そうなのか…?」
「うん! せい君が好き、めちゃくちゃ好き、大好きだよ! …ほらね! いっぱい喋れる!」
そう大声で言う。
やはりせい君のこととなると、滑らに言葉が出てくる。全くどもらなくなる。本当に不思議だ。
「そ、そうか…あ、ありが、うん、ま、まあ、そうだな……」
すると、せい君が手で顔を覆い隠している。顔中真っ赤にさせていて、視線を外している。彼には珍しい姿だった。
「今度はせい君の方がどもってるね」
なんだかおかしくなって、私はくすくすと笑った。
ファンファンファン…。
すると夜の静寂を切り裂くようにサイレンの音が何処からともなく聞こえてくる。
「パトカーか」
「みたいだね…たぶんさっきの逃げた警官じゃないかな?」
狼男との戦いの直前、現場から一目散に逃げた警察官のことだ。あの警察官が応援のパトカーを呼んだのだろう。警察官のことだ。彼が応援でパトカーを呼んだのだろう。
「だろうな、じゃあ俺らも逃げるか」
「え?」
せい君は腰を下ろし、私の背中と膝裏あたりに腕を回すと、高く空へとジャンプした。私をお姫様だっこする状態で、夜の大空へと舞い上がったのだ。
「ちょっ…大丈夫、逃げたりして?」
「別にいいだろー、今日くらい」
目の前には綺麗な夜景が広がっていた。ちらほらと点いている家の光が、星空と相まって、燦然と輝く一枚の絵画を眺めているようだった。
とても綺麗で、現実離れのしている景色。これがせい君のいつも見ている光景なんだ。それを今、同じ目線で私も眺めている。そう考えると、身体の奥がじわりと温かくなって、なんだか満たされた気持ちになった。
「…魔法って凄い」
「だろ?」
夜風が頬を撫でる。彼の腕の中に包まれていると、冷ややかに感じる風でもとても心地よく、いつまでも抱かれていたいと思った。
「せい君」
「ん?」
いつまでもずっと。
「帰ってきてくれてありがとう」
私の大事な人は異世界帰りの幼馴染。
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以上です。ここまで読んで頂きありがとうございました!
異世界帰りの幼馴染 雨漏り球団 @shinya3086
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