第11話




 「…た、助けてーっ!」


 警官が地べたを這いずりながら、この場を去っていった。


 「…そいつ生きていたか! 鉄の箱ごと吹っ飛ばしたつもりだったが──そうか、セイヤ・チグサか、お前が生かしたか」


 目の前の光景が夢か現か分からない。絵本にでも出てくるような狼男がぺらぺらと人間の言葉を喋っている。


 狼男はかなりの巨体で、私の身長の倍近くあった。全身を覆う赤黒い毛が逆立ち、鋭い牙と爪がキラリと光っていた。深く突き刺さるような目は、見ているだけで動物園の猛獣施設にいるような、いやもっと異質な恐怖と緊張に身体が包まれるようだった。

 

 「…ウィ、ウィータ=モルス!」


 …ウィータ=モルス…!


 誰?


 「…あいつはウィータ=モルス。狼男ヴィスカビルという魔族だ。苛虐的な奴でイニティウム村の住民15人を食い散らかし、ギルドや冒険者たちに破壊の限りを尽くし、仲間の故郷もこいつに滅ぼされた……」

 

 めちゃめちゃ悪いやつじゃん。


 「おいおい……待て、そいつは違うぞ。フラギリスが龍泉の奥地にいるような話だ」


 なんて?


 「" 嘘 "って意味だ。あっちの世界でいう、いわゆる慣用句・ことわざだな。だから今の言葉はこっちでいうなら、嘘で固めた話…とかか」


 頭にクエスチョンマークを浮かべる私に、せい君が丁寧に教えてくれた。


 異世界の言葉か。そんなのわかる訳ない。



 「…だからよぉ、魔王軍で攻めたのも国営ギルドがヴァリス結界を閉じ、他の冒険者団に代替したからだ。その隙を突くのは『戰論せんろん』では定石中の定石。ギガス抜刀の理だ言うまでもない。そもそも魔力媒介にトゥモスしてなかった時点で穴はあった、大きなよぉ…だから結局死人やガーゴイルを使わせてたろうな」


 ちょっ…わからん。


 「冒険者団に落ち度は無かった。ギルドマスターの後胤的系統魔力をこういんまりょく使った結界故に、幹部クラスを揃えて練った高レベル表魔象ひょうましょうだ。誰にも壊せん。内部から破壊しない限りな。ギルドメンバーを食い散らかしやがって。それに魔痕トレースを辿れば、村で住民を15人喰ったことも明らかだぜ、カス狼」


 …だからわかんねーって!


 わかんない話がわかんない言葉と共に展開され続けている。もう付いていけない。


 「ぐははっ…!」


 狼男は牙を見せて笑った。


 「喰った住民は21だ! 妊婦やガキもいたからなっ…!」 


 せい君はその牙と同じような鋭さを持った目で狼男を睨んだ。


 とりあえず、あいつが本当に悪い奴だということだけは分かったよ。


 「睨むなよ……んなことどうだっていい。しょせん別格冒険者団のゴブリン儲けに過ぎない」

 「" 無駄 "だって言いたいのか…?」

 「…人間族は脆い。残念なことにそれはここでも変わらなかった」


 狼男は自分の爪をつまらなさそうに眺めた。

 

 「…やはり巷の殺人事件はお前の仕業か?」

 

 近所で起きている連続殺人事件。一連の事件は、被害者全員に引っ掻いたような傷痕があったことが特徴的だった。たしかにこの狼男がやった可能性は非常に高い。


 「こっちの人間族は切り心地だけは良かったぜ、サクッとイった。良い物を食っているんだな、みんな肉付きが良かった、ぐははっ!」


 事件のことを白状する狼男は、そのことを笑い話のようにゲラゲラと語った。

 

 「…なぜだ。なぜお前はこの世界にいる?」


 せい君は訊ねた。


 「ぐはは、魔王を倒し、ゲートに入った後、お前その閉扉を仲間たちに任せたろ?」


 ゲート。

 

 それは異世界とこの世界とを結ぶ、扉のこと。せい君がこの世界に帰ってこれたのもその扉を通ってきたからだと、この前話していた。


 「仲間が閉めている間に、隙を見て、こっそりゲートに入ったのか…。いやしい狼だ」

 「ぐはは、隙を見せた方が悪い」

 「…確かに。脇が甘かったことは認めるよ。あの時、魔王城でお前を完璧に始末するべきだったな」


 低い声でせい君は言った。


 「それでわざわざ尻を追って、別世界にまで来た理由は? 俺を殺しに来たか?」

 「♪」


 狼男は鼻歌交じりに髭をいじる。どこか楽しそうな様子を見せ、無邪気な子供のように思えた。


 「…分かってないなぁ」

 

 大きな爪で顔をポリポリとかいて、明後日の方向を見ている。


 「なあ、セイヤ・チグサ」


 するとせい君の方に向き直って、目を剃らさず、真っ直ぐとした目を持って。

 

 そして言った。


 




 


 「共に異世界へ帰ろう」


 

 













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