第9話








 「やっぱりお酒だ~」


 ビールの入っているジョッキをドンと置き、口に泡を付けながらせい君は言い放った。ここは駅前の居酒屋。古ぼけた壁紙や小道具が至るところに置いてあり、赤提灯がピカピカと照らし出して、店内は昭和レトロな赴きを感じさせた。

 

 「お、おいしいねビールも」

 「なぎも酒飲むんだな」

 「う、うん…付き合いもあるしね。でも好んでは飲まないよ」


 すぐ酔うから。度が高過ぎると飲めないし、基本的に居酒屋以外で飲むことはない。


 「せ、せい君は結構飲むの? いっぱい飲みそうだよね」

 「ああ。あっちの世界で仲間たちとよく飲んでたな、酒樽で」

 「え。ふ、不良…」


 お酒は20になってから!


 「違うって! ちゃんと成人してから飲んでたよ。そこんとこは守ってた。まああっちの法律では16からいけるんだが…」


 せい君はお通しの枝豆をひょいと口に運んだ。


 「い、異世界にもお酒ってあるんだね」

 「そりゃな。討伐クエスト後はよく宴が催されてたし、税金も取られる。酒はどこでも必需品だな」


 確かにそうだ。酒は日々の苦労を忘れさせてくれる。酒のおかげで生きていける。社会人になればそんな声をよく聞いた。ある意味で生活の一端を担っているのかもしれない。


 「ど、どの世界も同じなんだね」

 「かもしれないな。まあ俺はやっぱり、異世界よりこっちの世界のが好きだ。飯も美味いし娯楽も多い。なんといってもドラゴンも盗賊も出ないから安心安全だしな」

 

 せい君は歩いている店員さんに声をかけると、空のジョッキを渡し、ビールのおかわりを頼んだ。


 「あとすげーのは技術だな」

 「ぎ、技術…?」 

 「スマホ、SNS、XR……少し金を出せば、あらゆる娯楽を楽しめて、世界中の人と繋がれて、便利な生活を送れる…。それはもうまるで魔法の世界だ! いやむしろ、誰もが享受できるという点で魔法の域を越えているかもな」


 そうなの…かな?


 「人工知能…AIってやつか、あれなんかもな。仕組みをネットで見たが、AIに学習さえすりゃもう何でもできるじゃないか。あと少しでターミネーターの世界に行けそうだ」


 確かに。技術の進化は著しく、私たちの生活はここ数年でかなり豊かになった。それが良い悪いどちらにしろ。この世界で普通に生きていたら気付きもしないが、改めて凄い時代に突入したんだと思った。


 でもターミネーターって行き着く先は破滅じゃあ…。


 「だから俺はさ…A…」

 

 せい君は何か言いかけようとしたが、止めた。そして持っていたスマホに目を向けて、真剣な面持ちに。


 「ど、どうしたの?」

 「ちょっとネットニュース見てた。最近ここらで起きてるだろ、連続殺人事件。あれがまたニュースになってたから読んでた」

 

 最近近くで頻繁に起きている連続殺人事件のことだ。被害者は6人にも及び、全員引っ掛かれたような跡が残っている。犯人は未だ捕まっておらず、メディアが騒ぎ立てて連日報道していた。

 

 「こ、怖いよね」

 「そうだなー…」

 

 私はこの前、お客に襲われかけたことを思い出した。実際は襲われてないけど、あの時は心臓をキュットと握られるような恐怖を味わった。もう二度とあんな経験したくない。


 「なぎ」


 ふいに言われた。


 「でこ、出してくれ」

 「…な、なんで!?」


 なんで!?


 「なぎに魔法かけるだけだ。俺がいなくても、あらゆる外敵から守る防御魔法」


 俺がいなくても…。 


 その言葉になんだかひっかかる。


 「そ、そんなに心配しなくても…」

 「念には念を。嫌か?」

 「い、嫌じゃないよ…嫌じゃないけど」


 前髪上げるのあまり好きじゃないんだよね。目が隠れるくらい伸ばしている前髪。今さら上げるのはなんだか恥ずかしい。

 

 「ふー…わ、分かった」

 「よし。目閉じてて」


 息を整え前髪を上げる。せい君と目があい、少し頬を赤くしつつも、言う通り視界を完全に閉じた。何も見えない。居酒屋のガヤガヤとした音をBGMに、暗闇の世界に浸った。


 「…うん、魔力を濃く…少しほっぺに触れるぞ」


 頬に温かな感触を感じる。どこか心地良い。暗闇の世界に光が灯ったようだった。


 

 『はは…かおまでよごれてんじゃん!』



 せい君の手の感触が昔の記憶を思い起こす。泥だらけの顔を優しく拭いてくれた、小さなせい君。

  


 あの時からもう既に、私は魔法をかけられていたのかもしれない。





 

 

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