第6話





 せい君と別れて、不本意ながらスーパーにやって来た。裏口にいる警備員さんに一礼して扉に入り、バックヤードを通ると事務所があった。


 事務所へ入ると、自分のデスクには仕事が山のように積んであり、大きなため息が漏れた。


 スーパーの仕事は基本的にマルチタスクだ。レジや品出しといった基本的な業務の他、商品発注や売り場作り、POP制作やシフト調整等々、一人で様々な仕事をしなければいけない。昼休み返上覚悟で働くことも多く、一息つく暇も無い。


 そしてやっと夜を迎える。なんとか今日中にしなければいけないタスクは終えられたが、今日も夜まで持ち越してしまった。仕事が遅すぎる自分にイラつく。


 「新山さん、そろそろ帰っていいよ」


 すると、デスク越しから店長に言われた。


 「あ、はい」

 「いやー、今日はありがとね~。わざわざ休みに出勤して」

 「あ、い、いえ………」


 『なぎが気持ちを伝えてくれたから、気付けたんだ』


 せい君の言葉を思い出す。


 私の気持ちを伝えることが大切…。その言葉を心の中で反芻する。


 「あ、あの……」

 「はい?」

 「あ、え、あの…ですね」

 

 喉がカピカピで、口が上手く回らない。でも。それでも。言うことにした。


 「きゅ、休日にいきなり、出勤の連絡はこっ…困るんです! わ、私にも予定がありますし、で、出られない時もあります…だ、だから、そ、その……」


 喉が。呂律が。喋ろうとするが上手く機能しない。冷や汗ばかり出て脳が働かず、目がぐるぐるする。


 やっぱり、慣れないことはするもんじゃない…。


 「そっかーごめんねー!」


 すると思いもよらない反応が返ってきた。


 「いやぁ言ってくれれば良かったのにー。新山さんっていつも二つ返事で承諾するから、気軽に頼んでましたよ。甘えちゃってた」

 「えと…」

 「今度から他の人にも頼むことにしますよ。それじゃあ、お疲れ様です」

 「…あ、ありがとうございます」


 あっさりと店長が納得してくれた。また怒られるかと思ってたのに。簡単に自分の気持ちを伝えられた。


 意外に考えすぎているだけで物事はずっとシンプルで、平気なのかもしれない。


 物怖じすることはない。怖がっていたら大事なものを見逃す。そんなことをせい君に教えられた気がした。

 




 ───


 

 

 店長に挨拶しスーパーを出ると、外はすっかり暗くなっており、時計は夜の8時を回っていた。今夜は月明かりもなく、いつもより暗い闇路。目の前すらよく見えず、段差もけつまずきそうになった。


 なんだか帰るのが億劫になってしまうが、そうは言ってられない。足踏みしてるともっと暗く、もっと危険なことになるから。


 「ん?」


 すると何処からか音がした。ガサガサと、獣が草木をはねのけて移動するような音。


 何かが近くにいる。


 野生の動物だろう。そう思った瞬間、人間の言葉が聞こえた。そんな気がした。


 「たぶんせい君だなー…迎えに来てくれたとかー…」


 あっけらかんとした様子で一人手に言う。足音が近づいてきた。のそのそとした重い足音。少し不審に思ったが気にせず、クルリと背後を振り向く。


 「よぉ…店員さん」


 立っていたのは小太りのおじさんだった。ふんふんと鼻息荒く、よだれを垂らし、何日も身体を洗ってないような異臭をまとっていた。

 

 「…ぁ」







 この人、昨日のクレーマー客だ。


  


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