第3話






 次の日。最寄りのスーパー。ここが私の職場だ。憂鬱だが、今日はシフトが入っていたので出勤しなければならなかった。今は事務所で朝のミーティングが開かれている。

 

 「レジ部から報告です。今日はバイトの子が3名病欠になりましたので、可能であれば応援お願いしたいです」


 他の社員は誰も手を挙げようとしない。長い沈黙が続き、気が付くと周りの社員は皆一様に此方を見ていた気がした。無言の圧力が半端ない。


 「…あ、わ、私出ます」


 声を震わせながらも、私は手を挙げた。


 うぅ…断れなかった。いつも私は貧乏くじをひかされる。また残業だ。


 …でもいいもん。今日が終われば、明日はお休み。明日はせい君と一緒に出掛ける約束をしているんだ。15年ぶりだからせい君が困らないよう、街を案内してあげるんだから。


 「い…、い、いらっしゃいませー!」


 レジに入り、てきぱきと仕事をする。かごに商品を詰め込み、精算し、お釣りを渡すだけの単純作業。今日はポイント2倍デーだからお客も多く、レジも大忙しだった。今はようやく客も落ち着いてきたので、ホッと息をつける。


 「よ。お疲れさま~」


 すると、せい君が店にやって来た。ジュースをカウンター台に置き、フリフリと手を振っている。理屈は分からないが、心が踊った。


 「ど、どうしたの? こ、こんなところで?」

 「いやー、家にいても暇だからな。なぎの仕事姿を見に来ただけだ。ただの野次馬。ただの暇潰し。でも…」


 …へぇーと声を漏らしつつ、じろじろと私を見る幼馴染。な、なにしてるのこの人。変態が香る。


 「制服姿も似合ってるな」


 へ。


 「なぎの仕事姿って新鮮で良い。その青い三角頭巾もなぎっぽい。なぎは青がよく映えるな」

 「…あ、え、ちょっ、なんすか?」


 恥ずかしくなって、フヘヘ、と気持ちの悪い声を漏らしてしまう。可愛げが無さすぎて自分でも驚いている。


 もっと女の子らしい、素直な反応をしたかったが、そんなもの私には程遠かった。


 でもなんで急にこんな歴戦のナンパ師みたいな物言いを……あ


 「ね、ねえ…もしかして、なにか用?」

 「ああ!」


 案の定のサムズアップ。やっぱり、誉められていたのには理由があった。


 「ちょっと今財布見たら持ち合わせ無くてな、ツケといてくれないか…?」

 

 せい君は掌を合わせるポーズをする。金のことだったんかい。まあ帰ってきたばかりで、せい君もお金無いしね。


 でもうーん。うちは個人経営じゃないから、ツケとかは無いんだけど。


 「……わ、私の手持ちから出しとくよ」

 「ありがとう! 助かった! すぐ返すから」

 「い、いつでもいいよ」


 100倍返しだからね!

 

 「ところで、なぎは今日って遅いのか?」

 「あ、きょ、たぶん遅いよ…」 

 「そっか。残業か。じゃあまた明日?」

 「う、うん、ごめんね」

 「なぎが謝ることじゃないでしょ」


 そうやって少しばかり談笑をした後、せい君は店を出ていった。知り合いが職場に来たことなんて初めての経験ですごくドキドキした。


 あーまた仕事に戻らきゃ。そう思うとまた憂鬱になるよ。


 「新山にいやまさ~ん。誰っすか、あの人ぉ?」


 レジにいるバイトの子が私に話し掛ける。ちなみに新山は私の名字だ。


 「あ、あの人は幼馴染…です」

 「へぇ、ただのヒモ彼氏かと思いました」

  

 ヒモって…。言い方に少しムッとする。彼氏って響きは心地いいけど。


 「何してる人なんすか?」

 「え…。い、今はなにもしてませんけど」

 「やっぱりヒモだ」


 ちがーう!


 そんなことはない。せい君のことを分かってない。せい君の良いところを一時間くらいプレゼンしてやろうか。


 「…おい!」


 するとお客が威圧的な物言いでレジに来る。お客は50手前くらいの小太りのおじさんだった。

 

 「さっさとしろや、ボケ!」

 「は、あ、はい! も、申し訳ございません…!」 

 「ボーッとしやがってよぉ…! そんなんでいいと思ってんのかよ、ボケェ…」


 確か、このおじさんは有名なクレーマーだ。ちょっとの間違いでも、否、もし無かったとしても自分の機嫌を損なうことあらば、店員を大声でガン詰めし、説教をする典型的なクレーマー親父。この前なんか、閉店後1時間も居座り、店員全員に土下座も強要してくる始末だった。


 「おい!」


 クレーマーは声を張り上げ、レジカウンター越しに私の手をグイっと引っ張ってきた。

 

 「おい! 聞いてんのかよ、カス!女!」

 「あ、す、すいません…」

 「お客様のたいおーがなってねぇな、おらぁ!! カス!ボケ!」

 「っ痛たた…!」


 手首を捻られる。力が強く、振りほどけない。周りのお客や店員は止める訳でもなく、ただ遠くで見ているだけだった。助けを呼んで欲しいけど、みんな怖いもんね…。私も怖いよ…。


 ダメだ。ちょっと泣きそう。


 「おい。おっさん。静かにしろよ、見苦しい」


 すると強い口調で、クレーマーに声をかける誰か。声の方を向くと、それはせい君だった。いつのまにか戻ってきていたみたい。


 「なんだてめ…ぇっ!! あ…れ?」


 せい君に食って掛かろうとしたおじさんだったが、突然、しぼんだ風船みたいに、よろよろと床に倒れる。


 「大丈夫か?」

 「うっせぇ、ハゲ!!」

 「俺、まだハゲてねぇけど」

 「黙っ…れ!」

 

 ハーハーと、苦しそうに息を切らす。


 「ちょっとやり過ぎたか」

 「せ、せい君、なにをしたの?」

 「魔法で平衡感覚を奪った。低級の変化魔法をこいつの身体に喰らわせ、神経回路をちょっちイジっただけだ。薄く練り上げた魔力だから、そこまで人体に影響もないだろうが」

 「くそっ…ぼけっ…がっはぁ…はぁ!」


 クレーマーはフルマラソンを走ってきたくらい息をするのも辛そうだった。影響めちゃくちゃありそうなんですけど。

 

 「じゃあ出るぞーっと」


 首根っこを掴み、クレーマーを子犬みたいに、そんな可愛いものではないけど、ずるずると引きずって店から出ていった。せい君のおかげで事なきを得た。


 「…に、新山さん、大丈夫でした…?」

 「は、はい」


 後ろから、怯えた様子でバイトの子が忍び寄ってきた。


 「…あの人只のヒモ男じゃなかったんすね…」

 「ま、まあ魔法を使えるみたいですから」

 「は?」



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