第2話





 「こおらぁ!病室抜け出して、何考えてんだ、ごらああ!!」


 千種誠也ちぐさせいや(せい君)との再開後、私たちは病院に、勝手に抜け出したことを謝りに行った。病院に着くと彼のお母さんが仁王立ちで待機していて、案の定、大きな雷が落とされた。


 「誠也はほんっとにっ!!?!なぎさちゃんにも迷惑かけてよお!!」


 引き続き、お母さんの怒号が病院中に轟く。迷惑なのはお母さんの方だと突っ込みたくなるが、勢いが凄すぎて間に入る余地なんて無かった。


 でも、この光景を眺めていると、子供の頃に戻ったようで私は懐かしい思いに駆られた。せい君の方も怒られているというのに、てれてれと嬉しそうな様子を覗かせ、同じ思いのようだった。


 「あの…お母さん、もうそれくらいで、これから診察もありますから」


 見かねた看護士さんがお母さんを諌めようと間に入る。

 

 「そうだそうだ、診察があるんだぞ」 

 「お前ぇ反省しとあるんかああぁああああああ◯▽□°♤♡◯▽□°♤♡!!!!!!」


 お、お母さんの後ろに鬼神が見えます。怖いです。


 「…っも」


 すると鬼神が…違った、お母さんが床に膝を付け、せい君に向かい合う。


 「…もうっ…本当に心配してたのよ…! 二度ともう離れないでよっ……」


 肩を震わせ、ぼろぼろと涙を流す。くしゃくしゃな顔になりながら、お母さんはせい君を抱き寄せた。


 「……ごめん、もうしないよ、ごめんよ…母さん」

 

 せい君の方もギュッと抱き返した。


 良かった。なんとか仲直りしたみたいだった。


 これにて一件落着。みんな終わり。ハッピーエンド。





 「と、とはいかないから…!」

  

 せい君のお母さんと別れた後、ファミレスに私たちは集まった。この店は中学時代によく二人で来た思い出の場所だ。


 「すっげー。うおー。これが携帯?」


 一方、せい君の方はスマホに興味津々。私のスマホを360度舐め回すように眺めていた。


 「き、気になることは山ほどあるよ!」

 「うっすいなー。これ一個でワンセグにも、ウォークマンにもなるんだもんなー」

 「そ、空飛んでたり、風がビュンビュンだったり、あれは何!? ま、魔法って言ってたけど」

 「うおっ! 触れたら動いたぞ。DSの下画面みたいな仕組みか?」

 「聞いてよ千種くん!!」 


 平行線すぎる会話に声を荒げる。私の声に店員さんがビックリしていた。幸い他に客はいなかったが、我に帰ってみると、恥ずかしくなって顔を赤くする。

 

 「ぉ…驚いた…なぎのそんな大声初めて聞いた…。あとなんで俺の名字を?」


 せい君も驚いていた。


 「あ、ご、ごめんなさい」

 「いやいや、こっちこそ集中するよ。なぎの聞きたいことって?」

 「…ま、魔法って何?」

 「これ」


 テーブルに置いてあるフォークやナイフが宙に浮く。それらはせい君の指の動きと連動している風だった。


 「か、簡潔な回答ありがとう」

 「いぇい」


 せい君は笑顔でピースをキめる。

 

 でもどうしてそんなの使えるのだろう。魔法なんて漫画やアニメの世界でしか見たことないし、聞いたことない。


 「どうして魔法使えるのか、って顔をしているな?」

 「あ、え、えっと…」


 よ、読まれてた。そんなに私って顔に出てるのかな。


 「魔法はエルゴスムって異世界で学んだ代物だ。あっちの世界じゃあ普通だった。まさかこっちに戻っても、まだ使えるなんて考えの外だったが」


 異世界…。にわかには信じがたいが、目の前の現実は嘘をつかない。


 車に跳ねられて長い間眠ってたけど、その間、せい君の意識だけ、異世界に行ってたみたいなことかな。


 「俺は魔法適性があって、ちょっと魔導書を読んだだけで幾つもの魔法を扱えたんだよ。それで魔法でラス渓谷、イニティウム村の決戦を乗り越えた」

 「よ、よかったね…」

  

 まあそれはよく知らんのだけど。というか分からない。専門用語多すぎるよ。あとカタカナ無理なんだよね、学校の勉強で世界史が一番苦手だった。


 「スダンデカ竜を捕獲、そこで活躍したのが金鎖魔法で、それはギガスにも適用できてな。簡略化シンプライズ詠唱破棄エヴァルクションも考案して魔力の発展に貢献できた。魔王軍にも流布したのが悪手だったがな、特に側近の狼男ヴィルカシスが強くて。他には──」

 「も、もう分かった」

 「なんだよ、こっから盛り上がるのに~」


 だから固有名詞が多すぎてよく分かんないんだよ…。設定だけ作り込まれた打ち切り漫画を読んでる気分になったよ。   

 

 「ところで今はなにしてるんだ?」


 せい君に訊ねられる。

 

 「わ、私? い、今はスーパーの社員をしてるよ、一応だけど」

 「スーパー!? 凄いじゃん!」

 「い、いや凄くない…。い、いつも失敗ばかりで店長さんにため息吐かれてるし、どもりも酷いから、接客も苦労してる…」

 「だからこそ凄いんだって。人見知りのなぎがスーパーでなー。そうかー。そうだよな。15年だもんな。なぎも変わるよな」

 「か、変わってるのかな…」 

   

 自分ではよく分からない。

 

 毎日陰キャ極めてるから、自分を振り返ることなんてしてこなかった。けど、客観的にはそう見えてるのかな。せい君の目にはそう見えるのかな。もしそうなら、ちょっと嬉しいな。


 「十分。それに比べりゃ、俺はあの頃のまんまだ。15年。図体だけデカくなって中身は中学生のまま」


 …ははは、と笑って言い放つが、目の奥はどこか遠いところ見つめてる、そんな風に思えた。

 

 「せ、せい君…あ」


 私が口を開こうと時、横から店員さんの声が。「お待たせしました~」と軽快な調子で、私たちの頼んだ料理を運んできてくれた。せい君はボンゴレパスタ、私は包み焼きハンバーグだった。


 「あ、た、食べよう…? ひ、久しぶりでしょ、こっちのご飯」


 私がフォークとナイフを取ろうとすると、魔法でそれらを浮かせ、私の方へ寄せてくれた。


 「ああ、そうだな」


 そう言って、せい君自信もフォークを手にした。

 

 「うぉー懐かしい! やっぱ飯はこっちのがうめぇな」

   

 料理を食べるなり、さっきと同じ興奮した様子に変わり、顔をほころばせた。


 やっぱりせい君は笑顔が一番似合う。






 

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