異世界帰りの幼馴染

雨漏り球団

第1話

 



 「えっ……」


 金曜の夜。明日は待望の休日だから、何をしようかと思案していたところに、一本の電話がかかってきた。


 電話からは耳を疑う、信じられない内容が告げられた。


 「う……そ」


 自然とそんな言葉が漏れた。電話の先から「嘘じゃないのよ」と、諭すような優しい声で返される。


 これは夢でも虚構でもない。現実だ。


 そう結論付けた瞬間、私は部屋を飛び出していた。靴を履くことも忘れ、脇目も振らなかった。


 つま先は病院を向いている。大きな怪我や病気があれば誰もが行く、街一番の大病院。


 そこに幼馴染はいた。


 病院に到着すると受付を済ませ、息を整えることなくすぐさま病室へ向かう。


 「せい君!!」


 だが、思い描いていた景色はそこになかった。


 「…あ、千種さんのご家族さん?」

 

 通りかかった看護士さんに声をかけられる。


 「あ、えと、せい君……いや、誠也くんは?」

 「それがですね…」


 いなくなった、と眉毛をピクピクさせながら看護士さんは言った。私は思わず同じことを復唱して聞き返す。


 「は、はい…目を離した隙に。何年も植物状態の患者が目を覚ます事例なんて初めてで、我々も動揺していて、院長先生を呼びに行ってましたから…」

 

 その間にいなくなっていた…という訳かな。


 「あ、あの、どこにいったか、とか?」

 「病院内にはどこにも。窓が全開でしたから、もしや外へとも。しかし飛び降りた形跡も無いですし、乗り物でも使わない限り外へ行くなんて不可能なんですが…」

 

 看護士の話を一通り聞いた後、ありがとうございました、と礼を告げ、病院を後にした。


 やっと目覚めた幼馴染は、また何処かへ行ってしまった。


 私は狼狽しながらも、幼馴染の行きそうな場所を考える。うーん、うーんと考える。


 すると熟考の果て、可能性のある場所が一つ頭に思い浮かんだ。


 「もしかして…」


 ぽつりと小さく呟いた後、その場所へと歩を進めることにした。


 目的の場所は中学校。私たちが通っていた母校だ。かつて通学路であった懐かしい道を迷いなく進んだ。


 15年前。


 その日は中学の卒業式があった。3年間の集大成。桜花爛漫の特別な日に、幼馴染は長い眠りへとついた。


 原因は理不尽な交通事故だった。卒業式に行く前、飲酒運転をしていた車に交差点で跳ねられ意識不明になった。そのことを卒業式後に聞かされ、べそべそ泣きながら帰ったのをよく覚えている。

 

 だからもしかすると…。


 そんなことを考えている内に、目的の場所にたどり着いた。中学校は少子化の煽りを受け、数年前に廃校したからか、閑散とした雰囲気を作り出していた。


 「うーん…」


 フェンス越しに校庭を見回す。でも誰もいない。ぐるりと一周してみても見当たらない。人がいる気配はわずかでもしない。


 あてが外れたかな…。


 あ。もしかして校内にいるとか。


 「…せい君なら」


 あり得る。

 

 校舎の方に目をやる。至るところに覆われたツタやひび割れた壁が、老い先短い老体のように思えた。


 「よぅしっ…!」


 そうやって意気込みを入れ、校舎の中に立ち入った。


 学校での思い出は一つだけある。屋上だ。幼馴染とよくそこで一緒にお昼ご飯を食べていた。私は内気な性格もあって、クラスに馴染めず、いつも一人ぼっちだった。だから昼休みになると、そそくさと教室を出ていき、屋上のゴミ置き場で昼ご飯を済ますことが多かった。


 まあその点、幼馴染は私と違って何でもできる、万能ボーイだったかな。


 まず成績で言うと、90点より下は見たことない。運動神経も抜群で、よく部活の助っ人に行ってたくらい。つまり文武両道。性格にも言及すると、優しくユーモアにあふれ、含蓄が深い。老若男女問わず好かれる人気者だった。 


 私の幼馴染はなんでもできた。逆にできないことがなかった。


 なのに昼休み、屋上でご飯を共にしてくれたのはどうしてだったんだろう。他の友達と食べれば楽しいのに。ボランティアか何かだったのかな。同情もあったのかな。


 でも、どんな理由であれ、私が学校で一人じゃなかったのは彼のおかげだった。それだけは確かだ。


 「…せい君」


 階段を上る。扉を開く。屋上に来た。


 しかし、屋上は見るも無惨な様相を露にした。雨露で濁りきった地面。錆びたフェンス。散乱したゴミ。飛び散ったガラス。あの頃の面影は全く感じられなかった。


 少しだけ胸がグーっと痛くなる。


 「…ここもいないか」


 結局、屋上にもいなかった。


 諦めて引き返そうとした、その時、ピキッというひび割れの音が耳に届いた。かと思えば今度は、がらがらと音を響かせ、足元が崩れ去っていく。


 あ。


 ここは廃校だ。立ち入ってはならない。そこにはちゃんとした理由がある。


 私ってほんと馬鹿だな。


 自分自身に呆れと呪いを抱きながらゆっくりと視界をシャットダウンさせていった。










 「危ない!」









 

 何かおかしい。

 

 まだ地面に着かない。何も感じない。痛みすら。妙な浮遊感だけは感じるのに。


 何が起こったのか。

 

 恐る恐る、視界のシャッターを開けていく。すると、あるわけが無い、上空からの街並みが目の前に広がっていた。


 「え、あ、え、どええええぇぇ!!!?」


 どういうこと!?


 なにこれえ!?


 さっき私、中学校の屋上にいたはずだよね!?それで地面が崩れて、たったいま死を覚悟していたよ!?


 ここ空ぁっ!?


 「おい! じっとしてろ!」

 

 不思議な気持ちだ。こんな空の上で声がする。夏に聴こえるセミのように力強く、秋に聴こえる鈴虫のような柔らかさを持った、そんな温かい声色。


 遠い昔に何度も聞いた覚えのある声だ。


 いや、これって…現実じゃね?


 「せい君!!??」

 「…だから、じっとしててよ」 

 

 声のした方を向くと、幼馴染が私を抱きかかえながら夜空に浮いていた。まるで羽でも付いているかのように。私は驚きのあまり落ちそうになってしまう。


 「やっとこっちに戻って来れて、なぎの家に急いで駆け付けりゃあ留守だったなんてな」

 「え、な、えぇ、あ、えっ!?」

 「それでいざ索敵魔法で居場所を探ってみりゃあ、お前はなんでか壊れかけの学校にいて、しかも死にかけてるときた」

 「え?え?」

 「びっくりしたー。俺の浮遊+風魔法がなければ、とっくにお陀仏だったんだぞ。もちろん、神官に学んだ治癒もあるから、多少の怪我はカバーできるけどさ」


 え、えぇ…。

 

 魔法…?

 

 何を言っているの、この幼馴染は。長い年月寝てたから、寝ぼけてるのか。そうに決まってる。


 とか思いたかったけど、空飛んでんだよなぁ。幼馴染に抱かれて、見慣れた街を上から見下ろしてんだよなぁ。この状況リアルガチなんだよなぁ。


 魔法ってなんなの…。



 「ぁ…えっと、とりあえず…おかえり?」


 「ただいま!」


 



 なんでもできる幼馴染が、もっとなんでもできるようになって帰ってきた。



 








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