第23話 黒影、顕現す
結界の光が、街の破壊された一角を鋭く照らし出す。
護符から広がる青白い光が、空気を震わせながらゆらりと揺れた。
――静寂。だが、ただの静けさじゃない。
まるで何かが地の底でうごめいているような、“息を潜めた恐怖”が辺りを支配していた。
筒木は結界の中心に立ったまま、鋭い灰色の瞳で瘴気の渦をじっと見据える。
「……奴の“本体”が、そろそろ出てくるはずだ」
低く呟かれたその声は、張り詰めた空気に溶けて消えた。
俺は無意識に喉を鳴らし、拳を握りしめる。
額を流れる汗が、冷たい風に当たって一瞬ヒヤリとした。
「リリム、カグラ、気を抜くな。これは……ただの“瘴気”じゃない」
筒木の瞳がわずかに細まり、すべてを見透かすような視線が黒影を刺す。
リリムは魔力弾を構えたまま、小刻みに肩を上下させた。
その目はいつものおちゃらけた瞳じゃない――鋭く、真剣そのものだ。
「……悠人、絶対後ろ下がっててね……!」
リリムの声が震えて聞こえる。
カグラも黙ったまま、肩にかけた護符入れをギュッと握りしめ、紙符を扇状に広げて構えた。
その時だった。
ズズ……ズズズズッ……!
足元がかすかに揺れた。
まるで街そのものがうめいているような、嫌な重低音が地面の下から響き渡る。
「……来る!」
筒木が短く叫んだ、その瞬間――
――ビキビキビキッ!!
結界の中心が、ありえないほど大きく歪んだ。
そこに、黒い瘴気が猛烈な勢いで渦を巻き始める。
まるで“空間”そのものが裂けていくような錯覚を覚えた。
「うそだろ……なんだ、あれ……!」
声が震えて出る。
見てはいけないものを見ている気がするのに、視線が勝手に吸い寄せられていく。
瘴気の渦がどんどん濃くなり――
その中から、ゆっくりと“それ”は現れた。
黒いローブをまとい、体中から黒煙のような瘴気を絶え間なく噴き出している。
フードの奥は深い闇で、輪郭すらはっきり見えない。
ただ、その輪郭の“奥”から、かすかに赤黒い光がちらちらと瞬いていた。
――圧倒的な“存在感”。
俺は息を呑んだ。
全身の血が冷たくなり、膝がガクガクと震える。
目を逸らしたいのに、どうしても視線が外せなかった。
「……名乗るまでもないか」
その“声”が響いた瞬間、空気がズシンと一段重くなる。
瓦礫の上の小石が、カラリと転がり落ちた。
結界がキリキリときしみ、護符が耐えきれず一枚――二枚――とパチパチと音を立てて燃え尽きた。
「……やば……これ、相当やばい奴よ……!」
カグラが低く唸り、背筋をぞわっと震わせる。
リリムも、唇をきゅっと噛みしめ、魔力弾を両手で握りしめた。
「筒木……これ、本当にただの瘴気の主じゃない……!」
その言葉に、筒木は短く答えた。
「……ああ。恐らく“災厄クラス”だ」
ぞわっ……と全身の毛が逆立つ。
「そんな……ここで出てきていいレベルじゃ……!」
リリムが声を失いかけながらも、踏みとどまるように俺の前に立ちはだかる。
「悠人、絶対に近づいちゃだめだからね……!」
俺は黙って頷いたが――
自分の胸の奥が、ざわざわと奇妙に疼いているのを感じていた。
恐怖。
間違いなく、恐怖だ。
だけどその奥に、妙な“既視感”がじわりと広がっていく。
(……これ……俺……どこかで……?)
言葉にならない感覚が、頭の奥で鈍く響いていた。
「来るぞ――!」
筒木の叫びと同時に、“それ”がゆっくりと腕を持ち上げた。
腕の周囲で、黒い魔力が渦を巻く。
まるで空間ごと絞り込むように、螺旋がぐるぐるとうねり――
次の瞬間、爆発的な衝撃が街中を包み込んだ。
(つづく)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます