第22話 静寂を撃ち抜く者

 破壊された街の中心部。

 黒い瘴気の塊は微動だにせず、まるで俺たちをじっと観察しているように見えた。


 「悠人、後ろ下がって!」

 リリムが叫び、すぐさま魔力を込めた。


 ビリビリと赤黒い光がほとばしり、リリムの手から放たれた魔力弾が黒い影めがけて一直線に飛んでいく――


 ――その瞬間。


 ズドン!! 


 何かが空気を裂くような音が響き、リリムの魔力弾が空中で粉々に砕け散った。


「……なっ!?」


 驚きで声を上げるリリム。

 俺も思わず顔を上げる。

 視線の先、黒い影が微動だにせずにいる一方、空間の“別の場所”から――


 「やれやれ、勝手に始めるとは礼儀がなってないな」


 その声は、冷たく、鋭く響いた。


 高架橋の上。

 そこに立っていたのは、一人の男。


 黒いスーツに、きっちりと整えられた髪型。

 鋭い灰色の瞳が、まっすぐこちらを見下ろしている。


「……誰だ?」


 カグラが紙符を構えたまま、低く問う。


 男はゆっくりと階段を降りてきた。

 足音だけが、崩壊した街に妙に響く。


「筒木――天界直属の監視官だ。今は……ただの観察者、と言っておこうか」


 淡々とした口調。

 しかし、その手にはすでに護符が挟まれており、ピリピリと結界の気配が立ち上っていた。


「天界……監視官……?」


 思わず声が上ずる。

 俺は汗ばむ手のひらを握りしめ、目を細めて筒木を見た。


 筒木は高架橋の階段をゆっくりと降りながら、ちらりとこちらを一瞥する。

 その灰色の瞳は冷たく無感情で――まるで俺を“人間”として見ていないような眼差しだった。


「“器”……なるほど、思ったよりも悪くない目をしている」


 低く響いたその一言に、心臓がズクンと脈打つ。

 胸の奥が、なぜか無性にざわついた。


「おい……お前、何者なんだよ。本当に味方なのか?」


 声が自然と鋭くなる。

 訓練を積んできたせいか、今は不思議と怖さよりも“疑問”が先に立っていた。


 筒木は立ち止まり、ゆっくりと目を細める。

 その表情は冷ややかで、しかしどこか芝居がかった余裕さえ漂っている。


「味方……そうだな。あえて言うなら、“必要な時だけの味方”だ」


 その曖昧な答えが、ますます胸の奥をざわつかせた。


 リリムが俺の横にスッと立ち、眉をひそめる。


「……ぜんっぜん信用ならない感じなんだけど」


 まさにそれが、俺の心の声そのものだった。


 だが、その瞬間。

 


 ――ズウッ……!



 黒い影が、まるで重い岩がずれるような音を立てて一歩、前進する。

 瘴気がモワッと濃密になり、空気が一気に重たく変わった。


 ビルの割れたガラスが、微かにカタカタと鳴り、足元の瓦礫がキリキリと小さな音を立てる。

 息を吸い込むだけで、肺がざらつくような不快感が広がる。


 リリムが肩をぴくりと震わせ、「くっ……!」と歯を食いしばった。


「……ちっ、今は戯言を言ってる場合じゃなさそうだな」


 筒木が低く呟き、迷いなく右手を振り上げる。

 その手には、すでに数枚の護符が挟まれていた。


 スッ――と風を切り裂く音。

 次の瞬間、筒木が護符を鋭く放つ。


 護符は空中でふわりと舞い上がり、瞬く間に青白い光を放ち始める。

 まるで見えない糸が空を縫うように広がり、無数の線が交差して――



 ビキィッ!



 結界が張り巡らされ、透明な壁が空間を覆い尽くした。

 その瞬間、瘴気がガツンと押し返されるように弾け、空気が一瞬クリアになる。


「カグラ、足止めは任せろ。お前たちは守りを優先しろ」


 筒木の声は鋭く、絶対的な威圧感があった。

 灰色の瞳がわずかに細まり、すべてを見透かすように黒い影を睨み据えている。


 カグラが一瞬だけ驚いたような顔をしたが、すぐに鋭い眼光で応えた。


「了解……本気でやるわよ!」


 ピリピリと空間全体が再び張り詰める。

 黒い影は、微かに嗤うように体を揺らした。


「さあ――始めようか。“本物”の戦いを」


 筒木がゆっくりと呟き、結界が一気に輝きを増した。


 その光が戦場を白く照らし出す中――戦いの幕が、再び切って落とされた。


 


(つづく)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る