第2章 光なき王国

第1節 珊瑚の城と影の王女

光が、ない――そう思った。

閉じ込められた部屋は、淡い藍色の石でできていた。壁も床も、そして天井さえも、光を吸い込むような色をしていて、わたしの影すら、はっきりとは見えない。ただ、水の気配だけが、絶えず満ちていた。どこか遠くで、水琴窟のような音が響いている。

「ここは“観察区”。正式な裁定が下るまで、外には出られない」

言ったのは、銀の衣を纏った神官だった。目を合わせようともしないその態度に、わたしは言葉を返せなかった。何を聞いても、何を言っても、

「記録されていない者には答えられない」

の一点張り。

 “名を持っても、契約されていなければ、存在しない”

その理屈が、こんなにも冷たく突き刺さるなんて思わなかった。小さく息を吐いて、部屋の隅に腰を下ろす。あの泉の中で見た“鍵”。

わたしの中にあったそれは、誰かが残したものなのか、それとも――

そのときだった。

静かに、しかし確かな足音が近づいてきた。鍵のかかった扉の向こうで、低く機械的な解錠音が鳴る。

扉が開き、そこに立っていたのは――

「あなたが、“記録されない少女”?」

凛とした声だった。その人は、深紅のドレスを身にまとっていた。落ち着いた瞳と、真っ直ぐな背筋。けれどその瞳の奥には、ふとした瞬間にこぼれ落ちそうな孤独の色がにじんでいた。それは、誰にも寄りかからずに生きてきた人のまなざしだった。

「私は、リュミエラ・ネフィレ。……この国の王家の血を引く者」

王家の、ひと……?けれど、その装いは王族というには簡素すぎる。

そして何より、その背後に付き従う者の姿が、どこにもなかった。

「今は“幽閉中の身”だけどね。……あなたに、少しだけ興味があるの」

リュミエラはわたしを見下ろし、ひとつ問いを投げた。

「ねえ。“名”をもらって、うれしかった?」

不意を突かれて、何も言えなくなる。でも、その問いは――胸の奥に、ずっと沈んでいた気持ちをすくい上げてきた。

「……はい。なんとなく、ですけど……“ここにいる”って、そう思えたから」

リュミエラは微かに目を細め、なぜかうれしそうな表情を浮かべた。

「それなら、もうすぐ“あなたの物語”が始まるわ。――この、光なき王国でね」

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