♠︎愛と恋♡
西暦 1830 6.21
翌朝。
いつものように、メイ・ヒューが
だが今日は違う。
昨夜キシュに叩かれた頭が、まだズキズキと痛む。あれが"ただの日記”であるはずがない。
おそらく人間が持っているのも珍しい聖遺物だ。
キシュは何者で何が目的なのか、ゲヴァニエルはにやにやしながらローブを着直し、ダイニングに向かった。
だが、少し歩いてゲヴァニエルはヒヤリとした、
俺の嫌いなマンドラゴラ特有の匂いが微かにする。メイ・ヒューめ。俺があれが苦手と分かっていながら、わざと使わせたんだな。
ゲヴァニエルがダイニングテーブルに座ったタイミングでキシュとメイ・ヒューがゲヴァニエルに料理を運んできたので、ゲヴァニエルはキシュに堂々と言った。
「俺の花嫁殿は嫁でなく、
俺のメイドになりたいのか?」
とため息をつき、ゲヴァニエルの前に盆を置いたキシュの腕を掴んだ。
「メイ・ヒュー。
花嫁殿の朝食も持ってきてやれ。」
メイ・ヒューが居なくなり、キシュがとても気まずそうにゲヴァニエルから目をそらし、そっと訊いた。
「やはり、怒っていますか。
「そうじゃのう…聖遺物で叩かれたからのう。
花嫁殿にはまた本で殴った場所に口付けをして頂きたいのだが。」
とからかうようにゲヴァニエルは言って見せたが、キシュはゲヴァニエルの軽口を真に受けて、真剣な声で
「どこが痛みますか?」と訊いた。
ここ。とゲヴァニエルが指をさすとキシュはそこにキスしょうとした。
するとゲヴァニエルが椅子から立ち上がり、
キシュの唇に軽くキスをした。
「昨日のお返しだ。」
メイ・ヒューがキシュの分の食事を持ってきたので、キシュも先程の口付けにたじろぎながらも、
席に着いて同じ
「スープは花嫁殿が作ってくれたのかね?」
「はい。初めて使う野菜でしたけど、
マンドラゴラが踊り大根と似ていたので、
じゃがいもと合わせてポタージュにしてみました。」
「お口に合うといいのですが。」
そうキシュは恐る恐る自分の作ったスープを啜った不味くはない…だが。
ゲヴァニエルも腹を括りスープを口に入れた。
マンドラゴラから苦味も酸味も無く、寧ろ特有の甘さが蜂蜜と重なり後からじゃがいもと鳥の出汁が追いかけてくる。甘さと旨みが重なり最後に塩気が味を締め意外なほど飲みやすい。
「まあ、不味くはないな。」
「俺はマンドラゴラが嫌いだが、
これなら飲める。」
その一言にキシュは目を輝かせて、
いつでも作ります。と笑顔で言った。
朝餉を食べながらキシュは先程のキスといい気恥しさもありながら、スープをゲヴァニエルに気に入ってもらった事といいキシュは上機嫌にだった。
だが、ゲヴァニエルはキシュの嬉しそうに笑うその顔が、何故か少し癪に障る。…まったく、もっとこう、顔を赤らめて俺を見られないくらいに照れてくれたらいいのに。と考えいた。
「あ、あの。ゲヴァニエル様。」
「どうした?花嫁殿。」
「これはなんですか?」
「この四角い固形の脂のようなものです。」
「バターだ。知らないのか。」
「分かりません。
このバターとは美味しいのでしょうか?」
「試しにそのパンに
乗せて食べるといい。」
「はぁ…俺を真似ればいい。」
そう言われてキシュは見よう見まねで
パンにバターを塗り、恐る恐る口に運んだ。
「わぁ…牛乳を脂にしたみたいです。
…美味しい。」
キシュは素直に笑った。
「味でわかるだろう?
牛乳を分離させて脂にしたものだ。」
キシュが黙々とパンを食べていると
ゲヴァニエルはため息をついてこう言った。
「…なぁ、花嫁殿。
君は一体どこからここまで来たんだ。」
パンをかじりながらゲヴァニエルが言った。
キシュは手を止める。
「君の言葉遣い、仕草は
まるで農民や貧民のものじゃない。
けれど、バターも知らぬ貴族がいるか?」
ゲヴァニエルは食事を終え、
ゆっくりと席を立つ。
キシュは一瞬、身を引いた。
「もし、君が悪魔祓いであるならば、
魔界や地獄までは追ってこれないし、
わざわざ来る必要はない。」
「だが、聖遺物を手に俺の縄張りに来た理由を
そろそろ聞かせて貰おうか。」
ゲヴァニエルは背後からキシュの肩に手を置き、喉元に指先を這わせた。
「俺は合理主義者でね。
君が敵なら今ここで食って朝飯にしてやる。
嫁として来たっていうなら──
何故、花嫁殿は聖遺物を持ってここに来た?」
ゲヴァニエルはそっとキシュの喉を
指で撫でながらそう言った。
「今のところ1番可能性が高いのは
天使共に愛されて産まれ育った聖女。」
「もし、そうならば天使共も無様だな。
まさに恩を仇で返されるように
我が花嫁殿は天使ではなく俺を選んだのだから。」
皮肉めいた笑みを浮かべるゲヴァニエルに
キシュはしばらく俯いて押し黙った後、
ゲヴァニエルの手を振り払って、
キシュは悔しさに唇を噛みしめ、立ち上がって腕を振り上げた。だが、それはゲヴァニエルの手に掴まれてしまった。
「俺が憎いか?だがお前が俺を選んだんだぞ?
まったくもって、恐ろしい花嫁だ。
なのに、自分が何者かは頑なに明かさない。」
ゲヴァニエルはキシュの腕を掴んでそのまま
自分の胸にキシュを抱き寄せた。
今回ばかりはキシュは嫌がってキシュなりに
もがいた。
「…離して、ください。」
キシュは必死に身をよじりながら
ゲヴァニエルに本気で言った。
「断る。俺は君が嫌いじゃないんだ。
俺のためにスープを作り、キスまでしてくれる
花嫁を誰が嫌いになれる?」
キシュが悲しげに何かを言いかけて、
キシュの睫毛が震え、唇がかすかに動いた。
「ああ、いつも我が花嫁殿は
俺からの抱擁を嫌がるのだな。」
「もう君を護る天使共はここには居ない。
それどころか、
天使共でさえ、ここには来れないのだぞ?」
「君はそれをどこまで分かっているんだ。」
キシュはゲヴァニエルの真剣なエメラルドの瞳に見つめられ、もがく手を止めてキシュもまたゲヴァニエルを真剣に見つめ返した。
「ゲヴァニエル様。
私はゲヴァニエル様がここに居ることを
許して下さらなければ、
私に帰る場所など無いのです。」
「…それはどういうことか。
聞かせておくれ花嫁殿。」
「失礼いたします。」
とメイ・ヒューがダイニングに入って来たので、
ゲヴァニエルはメイ・ヒューに舌打ちをして、
キシュを離した。
キシュはゲヴァニエルの腕から解放されたと同時に食べかけの朝餉に目もくれず自分の部屋に帰って行ってしまった。
「メイ・ヒュー。
俺が子供の頃からそうだったが、
お前は性格が悪いな。」
「はて?何のことでしょうか。」
日記が先か、花嫁殿が口を割るのが先か…。
…つづく。
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